去年、切込隊長BLOGで書いたものを再録。いろいろと後日談もあるのだが、そっちはあまり面白くないので書かなかった。『美人投票入門』という書籍を出版したときに収録したが、そのとき行った修正前のもの。

--
 先日、アメリカから太っちょが来たので晩飯を一緒に喰った。

 前に、私は彼に変な銘柄を奨めて大損させたことがある(照)。

 なもんで、東京のフォーシーズンズホテル丸の内に泊まっているから飯を喰おう、と誘われたら地元でもある私が飯代を出すのは仕方のないことだと思っていた。どうせダイニングといってもせいぜい2万かそこらであろう、どうせ会社の経費で落とすし、こういうときぐらい仁義として払ってやってもいいだろう、いいに違いない、と自分で自分を説得しながら、ホテルのある東京駅に向かった。

 ひとつ、私が計算違いをしていたのは、アメリカンデブは一人ではなかったのである。

 私が損をさせたブライアン(仮称)というデブは、いわゆるこってりデブであり、腹回りから腰にかけて分厚い脂肪が溜まっているタイプである。しかし、彼の周囲には彼と同泊しているというジョナサン(仮称)というデブと、ブライアンの子供であるニッキーとケイ(いずれも仮称)というデブと四人でフォーシーズンズのロビーのソファーを占領していた。

 親がデブなら子供もデブというのは遺伝子や食習慣で分からなくもないが、よりによってその同泊しているビジネスパートナーまでデブを選ばなくても良いのではないか。

 かくして、アメリカンデブに会いに逝ったら、そこには4アメリカンデブズという複数形に進化していたのが非常に厄介であり、その後のお金の流出について強い懸念を抱き始めた。

 他のホテルに移ってダイニングルームを取り全員落ち着いたとき、その懸念は恐怖に変わりつつあった。食前に出される白ワインを、注がれるや否や10秒というオーダーで飲み干しやがるのである。「白ワインってのはな、食事前の談笑を楽しむためにちっとずつ飲むものなんだよ」と抗議したが「そんなことをするのは暇なフランス人ぐらいのものだ」と口々に返され、「これだからアメリカ人は」と大げさに言ったところ「そういうことを言うとまた占領するぞ」と笑って言われた。まあ、私も韓国人と商売上口論になると「お前、つまらん注文つけるとまた日韓併合するぞ」ということがあるので、このあたりの考え方は似たようなものなのかも知れない。

 口論には歴史を踏まえたお国柄というのが結構あって、ドイツ人と仲良くする時は「次やる時はイタリア入れるのやめようぜ」とか「次は勝つぞ」とか「ポーランドはドイツの領土貯金みたいなもんだ」とか都合の良いことを言い、ドイツ人と喧嘩する時は「お前は俺のビッグブラザー(宗主国)ではない」とか「スウェーデン人に逃げられた癖に(戦争でもEU統合でもスウェーデン人にドイツは逃げられた)」とか都合の悪いことを言う。

 どこの文化圏の国の連中と話をする時にも、分かる範囲でその国の歴史の都合の良し悪しを利用して仲良くしようとしたり口喧嘩したりするものなのである。なお、イスラームの一部や中国人の一部や韓国人の全部は洒落が全く通用しないので工夫したほうが良い。かなり昔の話になるが、中国人ビジネスマンに「台湾と満州は中国国旗の立った日本の領土」と言ったら、殴り合いの喧嘩に発展したことがあったので注意されたい。

 そんな感じで仲良くアメリカンデブズと飯を喰い終わってデザートが出る前後になって、デブが口々に「足りない」と言い出した。私は満腹だ。普通にフルコース喰って、腹がくちない日本人はそういない。しかし、彼らは物足りないという。ノットイナフだという。ソーハングリーだという。死ね。

 おまけに、赤ワインを何本も空けていた。ま、ホストである私が全部頼んでいるので(私がお金を出すのだから当然だ)、掲載されている中でももっとも安価なワインを上から順に頼んでいるだけなのだが、それでもたっぷり三万円分は飲んでいる。ふざけんなと思ったが、まあここは接待である。保険屋が取り付け騒ぎで殺到した客をさばくのにジュースをたらふく飲ませて帰すようなものだ。解約されて大損するよりは、手ごろな飲み食いをさせて腹いっぱいになれば満足するというわけだ。

 それでも彼らの食いっぷりは常軌を逸している。何とかデザートでやり過ごそうと思ったが、デブズが経営する会社の日本法人の近くに肉屋(ブッチャー)が焼いて提供するBBQを開店しているからそこへ連れて行けラル(私のこと)という。最初、何のことだか分からなかった。話をよく聞いてみると、ビッチな韓国人でないほうの、和風のブッチャーが良いという。ことここに及んで、彼らは焼肉、あるいはすきやき、もしくはしゃぶしゃぶを喰いたいという趣旨のことだと理解した瞬間、抱いていた恐怖は諦観に変わった。まだ喰うのか。

 仕方がないので、タクシーを二台呼んでもらい、二台に分乗した。日本人が五人なら、一台のタクシーで充分だろうが、何せ搭載する人物が人物である。変に偏って乗られて、タクシーに横転でもされたら目も当てられない。引火したらしばらく燃えてそうだし。

 果たして、彼らの期待していた和風肉屋は既にラストオーダーの時刻を回っていた。そうすると、普通に焼肉屋に入るしかない。幸い赤坂は土地勘があるので手ごろな価格の焼肉屋に入った。が、やっぱりというか、デブズは普通の四人卓に座らせて収まるような体格をしていない。仕方なく、特設網焼き席を作ってもらった。何か好きな肉はあるかと聞くと、「肉は好きだが、肉の何が好きかと聞かれると返答に困る」という返事だった。私の英語力が足りなかったのかも知れない。焼肉においてはカルビ、ロース、リブ、ホルモンなど様々な部位を個別に頼むのだが、何か好きな肉はあるだろうか?と問い直したら、「どれも牛肉であることには変わりないだろう。だったら頼むべきものはただひとつ、肉だ」という。

 諦めてカルビを6人前頼んだ。

 肉が到着すると、焼ける間もなく片っ端から消えてく。しかも、デブズはタレをがんがんにかけて喰う。しかも、手が汚れると紙製の前掛けでバンバン拭く。次々と肉をビールと共に口の中に放り込んでは、まるで牛が親の仇でもあるかのようにどんどん注文していくのである。

 ここで更なる問題が勃発する。いま喰っている肉を提供している焼肉屋の近くには、彼らが資本を出している会社の日本法人が本社ビルを構えているのである。当然、怖れていたように「そういえばケビン(仮称)が日本支社だったな。今すぐコールしろ!!」といった指令が飛ぶのである。とはいえ、もう23時を楽勝で回っている。もう帰宅しているに違いない、帰宅していてくれ、と思ったら普通に会社にいた。これだから保険屋は嫌いだ。何と言うか、デブは仲間を呼ぶ。まるでwizardryでいえば瀕死のパーティーに遭遇したグレーターデーモンが仲間を呼ぶようなものだ。しかし、助かったのはケビンは明日中に終わらせる仕事があるので行けないとのことだったので、デブ増援は避けられた。

 ちと小便で中座してしまった間に彼らは勝手に頼んだらしく、大皿に山盛りの肉が運ばれてきて泣きそうになった。周囲の客が分からないのをいいことに「俺のちんこは世界一(My Dick is No.1)」とか歌っているのである。もはや品性という単語がもっとも似つかわしくない集団である。どうやら頼み方も「何か肉を持って来い」だったらしく、盛り合わせで登場していた。

 いきなり終了のゴングが鳴ったのは「ラストオーダーです」というおずおずとした声が、たどたどしい日本語を駆使する店員の口から発せられた時だった。正直助かったと思った。デブズは腹をパンパン叩いて「あー喰った喰った」「少しは満足だ」としか言わない。会計をして、金額を見て顔がひきつりそうになったが、ここは堪忍である。タクシー乗り場まで送る途中、彼らは自販機の前に仁王立ちになり、何をするのかと思ったら、人数分のダイエットコークを買った。あんだけ喰って飲んで騒いで、ダイエットコークなのかよ! いまさら1カロリーかよ! 既に腹の中は高カロリー高脂肪なんだよ!

 赤坂の道の真ん中で横に並んで歩く一行の手にはダイエットコーク。タクシーでの別れ際に「兄弟。次はオリンズでいいもん喰わしてやるよ。最高の奴をな」と強く肩を叩かれた。いつもはまずいと感じてやまなかったダイエットコークが、ちょっとだけ、おいしく感じた瞬間だった。