こんなに困りきっている顔を初めて見た、と思った。
思えば長年ほとんど一緒に過ごしてきた気がするが、こんなにも困っている姿を見るのはおそらく初めてだと言っていい、と思う。
いっつもしかめっ面してるか何考えてるのか分からない顔をしているもんだと思っていた。




ばらの花



と、そんなことを思いながら南は、頭を抱えている岸本を眺めている。
ストローをすするとズズズと音がして、鋭い視線に睨まれた。スマンと謝ったけれど、大きなため息を吐かれただけでその他に何の反応もない。そして何度目か分からない、「俺はどうすればええねん」という呟きが聞こえてきた。
「・・・・・・・・・・知らんがな」
そしてこちらも何度目になるか分からない返事をする。
「そらそうやけどな、南」
「もう一回、話すしかないやろ」
「それもそうや」
「そんで、もう一回、お前が謝ったれ。それしかないと思うで」
「どうすればええねん」
「謝れや」
「それ以外は知らん」と言う代わりに、もう一度ズズズと音を立てて最後の一口を飲み干す。今度は何の反応もなく、岸本はただ頭を抱えてうめき声をあげているばかりだ。
そもそもことの発端は岸本自身が悪いのだから、誤り倒すしかない。おそらく本人もそれが分かっているのだと思うが、昔からあまり素直に謝るのが苦手だったので、今回もそうなのだろうとも思う。難儀なやっちゃ、と心の中で、もう一人の幼なじみに同情した。
ちょうど昨日、あちらもあちらで同じように「知らんがな」と、南に繰り返し同じ台詞を吐かせたが、「ファミレスで頭を抱える男子高校生と友だち(オレ)」はまだ良いものの、「ファミレスで泣き続ける女子高生と友だち(オレ)」は我がことながらいたたまれなくてキツかった。
「(あれはもう勘弁して欲しわ)」
「なんか言うたか」
「なんも」
幼なじみふたりが付き合いだしたところで何の弊害もなく過ごしてきたが、まさかここにきてこんな(どうでもええ)大事件が勃発するとは思いもしなかった。
「なぁ、岸本」
「なんや」
「オレな、ずっと思っとってんけど」
岸本が顔をあげる。不機嫌そうに見えてとても困っている、複雑な表情の幼なじみは初めて見た。
「お前より、よっぽどアイツと話してんで、オレ」
「なんのや」
「今までもそうやけど、これから先の、進路とかその辺や。話す度にアイツ特に何も言わへんから、おかしい思てん」
「・・・・・・・・・・・・」
「そやからふたりで話つけとるもんやと思って、お前のことはいっさい、しゃべってへん」
「・・・・・・・・・・・・・そらそうや」
何を言っても困らせるだけでどうすればいいのか迷っている、とても女らしい表情の幼なじみも初めて見た。思い返せば何度か見かけたが、気にしない振りをしていたのだ。
「どないするつもりやったんや、お前」
「驚かせたかったんや」

アイツが好きなのはオレやなくてあっち、と

「・・・・タイミング悪すぎやろ」
「言うて推薦落ちたら、ダッサいだけやないか!分かるまで言えへんわんなこと!」
「お前、アイツの志望校知っとってソレはないわ」
ふと、これまでのことと自分が進路を伝えた時の話を思い出す。何も言わなかったのでおかしいと思ったが、自分が話すのも変な話でそのまま黙った。
ケンカすればええ、と少しだけ頭をよぎったのだ。
「アイツな、今から志望校かえて地元離れるってなったら、オカンオトンに何言われるか分からんって言うて、泣いとったで」
「は?」
「せっかく地元残るってオトンオカンが喜んでくれとるのにって」
「なんでお前がそんなん」
「やから、オレはお前より話しとるからや」

ケンカしてどうにかなったらその時は、と少しだけ頭をよぎった。

「・・・・おい、岸本」
「・・・・・・・・・なんや」
「お前な、黙っときたい思た気持ちも分かるけどな」
「おぉ」
「けどな、それやったらオレは言うえもええか」

あの時、ケンカしてどうにかなったらその時は、と少しだけよぎって。

「何を」
「分かっとるやろ。今更、知らへんかったとは言わせん」
「今、関係ないやろ」
「お前が謝らへんなら、それでもええわ。それでもええけど」
「ええけど・・・・・なんやねん」

ケンカしてどうにかなったらその時は、と少しだけよぎって、それはすぐに消えた。

「それではアイツが良くないんや、アイツが」

自分ではどうにもならないことはとっくに知っていた。だから大人しく、どうしようもない幼なじみの話を聞いて、どうにかしてやろうと思った。それはどちらのためでもあるし、自分のためでもあると思った。

「お前でないと、どうにもならんねん」

アイツが好きなんは目の前のこいつで、こいつもアイツが好きやって、オレも好きやって。全部とっくに知っとったから気にもせんかった。それでええ、と思とった。ただ少しでも入り込む余裕があるんやったら、とひとつも思わんかったことはない。
いっつも少しだけよぎって、すぐに消えた。

「・・・・・・・お前に言われんでも分かっとる」
「そらそうやな」

諦めでもなんでもなくてただ、別にこれでええんや、といつもすぐに消えた。

「南」
「おう、なんや」
「・・・・スマンかっ」
「オレに謝るなやキモい岸本」
「誰がキモイねん!」
「お前やお前!そもそもオレに謝るなや!今度はオレが泣いたろか!」
「お前が泣いたら余計にキモイわ!」
「お前オレの泣き顔見たことないやろ!めっちゃキレイやぞ!」
「知りたくもないわ!」

店員がわざとらしく通り過ぎたところで、あげかけた腰をふたりで下ろす。
いつものふてぶてしい表情を浮かべた幼なじみを見て、ニヤリと笑って見せる。気付いた岸本も一瞬バツの悪そうな表情で、すぐにいつもと同じ笑みを浮かべた。
これまで何度かふたりだけでケンカしてきたが、こじれずに修復してきた。今までと同じ。そしてきっとこれからも同じで、これでいいのだと自然と受け入れるものだ。
「岸本・・・・アイツのこと、頼むわ」
「お前に頼まれんでも分かっとる」
「なんかあったら覚悟しときや、今度は容赦せんで」
「今度はないわ」
「そうか」
携帯を取り出した岸本へ先に出るように促す。その気になったならすぐに仲直りしてもらった方がこちらとしても、安心できる。
もしも、ケンカしたならケンカしたでそれでいい。どうせすぐにもとに戻るのだ、今まで自分の知らないとことでケンカして修復してきたのだろう。きっとこれからも同じだ。
「あー・・・・・ほんまメンドクサ」
南は大きく腕を延ばして姿勢を正す。背筋が小さくポキポキ音を立てた。ふと見ると、困ったような顔を浮かべた幼なじみがガラス越しに見える。
そんな姿を見て、南はひとりごちた。今まで何度も思って、初めて口にした。



「それでええわ、オレもお前らも」











ケンカして困ったら、助けに行ったるから。お互いに。
2014/04/05
スラムダンクに続きがあったら、で見たら関東に進んでたから!岸本が!
仙道さんも好きだけど岸本が好きなんですよね!カリメロこんなに爽やかか?!

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