ステージ横に備え付けられた、時計の針の音がする。
ひんやりとして空気に肩をすくめながら、マフラーに顔を埋めてみた。少しだけ暖かくなった気がしたけれど、上履き越しにも分かる冷たい感触に、思わず体が震えてしまう。冷たくなっていく指先をポケットで感じながら、手袋を持ってくればよかったと、今更そんなことを思った。

誰もいない体育館を、ペタペタと乾いた音をさせながら、私は歩いている。




きみににた なつのまものに あいたかった



ちょうど真ん中まできてぐるりと見渡していると、重たい扉が開く音がした。すべりが悪くなっている。イテテ、とかなんとか、声がする。
「・・・・・あ、いたいた。何してんだよ、こんなとこで」
振り向くとちょうど、小暮くんが少しだけ開いた隙間から体を滑り込ませようとしていた。同じように律儀に制服なんか着ている。よろよろと入ってきて、また律儀に、ゆっくりと扉を閉めた。
ペタぺタと近づいてくる顔は私を見て、優しく苦笑する。
「意外とはやかったね」
「ちょうど出かけようとしてたところだった」
「邪魔してごめん」
「いいよ、行き先は同じだったから」
「そうなの?」
最後にここに立ったのはずいぶんと前のように思える。あの時は外にいると照り返すくらい眩しくて暑くて、よくここに逃げ込んだ。勉強してるのか、とかなんとか赤木くんに言われたり、三井くんに少しだけ警戒されたり。今ではここの方がひんやり冷えて、春らしくなってきた外が暖かくて、気持ちいい。
今日はまた真冬並みに冷え込んでいるけれど。
「で、何してんだよ。こんなとこでさ」
「んー・・・・・・なんとなく」
「うん」
「なんとなく、ここに来たくなった」
「なんだそれ」



私が初めてここへ来たのは、単なる興味本位だった。
クラスで隣の席になった平凡で普通なメガネ。仲良くなれそうだと思って声をかけたら、予想通りに丁寧で感じが良くて、高校に入って初めの隣がこの人で良かったと心から思った。下手にイケメンで周りに変な噂を流されることもない、下手に人気者で嫌な面倒ごとに巻き込まれることもない。なんて平和な高校生活!なんて、思っていた。
それなのに、ある日「実はバスケ部なんだよね」なんて言うから。



「なんか、卒業式で桜終わりそうだね」
「毎年、少しずつずれてきてるみたいだしな」
「お花見しなくちゃ」
「まだ卒業式も終わってないのに」
「だって、卒業式終わったらあっというまでしょ」
「なにが?」
「みーんな、引っ越しとかの準備で」



なんて言うから、見に行ってみた。単なる興味本位だった。
あれは夏が始まるちょっと前。少し暑いなって思い始めた、頃だった。

そこには、私の知ってる平凡で普通のメガネ少年はいなかった。



小暮くんが小さく笑って、ポケットに入れたままの私の手を出すように言うので、どっちの手を出せばいいのか分からなくて迷う。それに気付いたのかまた笑って、いいから両手出せってまた言った。ポケットで暖まっていた私の手は、冷えた空気に触れて少しだけ震えた。
「まだ時間はあるだろ」
「ないよ」
「そんなことないって」
「なくない。だって、3年間、ずっとはやかったし」
「そりゃ、今となって思えばあっと言う間だったけどさ」
大きい手に両手をすっぽり包まれる。筋肉質なスポーツマンの手だ。見た目だけじゃなくて、よくよく見てたらそんなことすぐに気付いたはずなのに、3年前は気付きもしなかった。
「小暮くん」
「うん」
「あっと言う間でした」
「あっと言う間だった」
「ここにいた、いつもと違う小暮くんが、好きでした」
小暮くんは小さく笑った。照れてるような、不思議な表情を浮かべている。
「でも、ここにいるみんなが知らない、いつもの小暮くんも好きでした」
「でした、って全部過去形か」
平凡で普通のメガネと、実は影で人気者な体育会系メガネ。
「それはここにいた小暮くんの話」
「うん」
「小暮くんが」



あれは夏が始まるちょっと前。
はここで君に似た「キミ」に恋をして、そして「キミ」に似た少年にとっくに恋をしていた。



「すき」
「ありがとう」
「あっという間だったから、言いそびれてた」
「そんなの、俺だって一緒だよ」



肌寒い体育館を手を繋いだまま踏み出したら、外では暖かな春の太陽が輝いている。お花見をいつにするかなんてそんな話をしながら、私達はいつもと同じ普通に下校するみたいに、靴箱までゆっくり歩いた。
卒業式は、もう来週だ。







僕だってとっくに、恋をしていたよ。
2014/04/05
あああ、もうまとまらない。
遅いけど卒業式ものを。スピッツの『夏の魔物』イメージ

にほんブログ村 小説ブログ 夢小説へ
にほんブログ村