防波堤の上は少し風が強くて、しかも少し寒かった。
ちらりと横目で見てみると、いつもの涼しい顔をして、仙道くんはじっと水平線を眺めている。「帰ろうよ」と何回言ったか分からないけれど、その度に「うん」とか「そうだね」とか気のない返事ばかりが返ってきた。
「ねー、ってば。聞いてんの?」
「うん、聞いてるよ」
「じゃあ帰ろうよって。いつまでここにいるの」
「そうだね」
「だから・・・・仙道くんってば」
諦めて、私は海の方へ足を投げ出す。落ちそうな気がしてやめていたけれど、体育座りでいるのも疲れてしまった。遠くに見える船がゆっくりと、進んでいる。肌寒い風は相変わらず、遠慮もなく私達を吹き抜けていた。
今日、仙道くんに会ったのは本当に偶然だった。家に帰ろうと思っていつもの道を歩いてたら、コンビニのガラス越しに、急に呼び止められたのだ。コンコンと音がするので振り向いたら、そこに、見慣れた仙道くんがにこにこ笑って立っていた。それから気付いたらここまでつれてこられて、私はブーツを履いたまま、隣りに座っている。
割と久しぶりに会ったのに、仙道くんはマイペースで強引で、よく分からない。
「・・・・・・・いつまでこうしてんのよ」
「分かんない。気が済むまでかな」
「越野くん、心配してんじゃないの」
「してないよ、あいつらは。俺がいない間にさ、キャプテンの座の奪い合いが始まってんだってさ」
「いやそれ笑いどころじゃないよね?」
「いや、それが結構おもしろいらしくて、オレ達楽しませてもらってますわーって言ってたよ」
「でも魚住くん、気になって修行あんまできないんだって、聞いたよ」
「誰に聞いたの?」
「魚住くん本人に聞いたよ」
「ふーん」
仙道くんは言いながら、後ろに手をついた。投げ出しっぱなしの長い足を軽くばたつかせている。視線を感じたので振り向いたら、同じ位のタイミングで名前が呼ばれた。
「俺とは会ってくんないのに、魚住さんとは会うんだ」
いつもの笑みを浮かべているのに、拗ねたような言い方をしている。
「会ったって言っても、偶然だよ。駅で会ったの」
「俺とは駅でも会わないじゃん」
「・・・・・・・それは私のせいじゃないじゃん?」
仙道くんの大きな手が、こちらに伸びてきた。その手は私の頭を、触れるか触れないか位で、撫でるような動作をしている。なんだか恥ずかしくなって目をそらしたら、手はやっと頭に乗って、撫でてきた。
「寂しかったんだけどな、俺」
「・・・・それも私のせいじゃないよね」
「俺のせいでもないよ」
「・・・・・・・・・・・いつでも連絡しろっつってんのに、してこない仙道くんが悪いんだよ」
頭を撫でていた手が降りてきて、私の手を掴んだ。久しぶりに繋いだ手はやっぱり大きくて、骨張った男の子の手を、している。
「うん、ごめんね」
「元気ないから会ってくれって、魚住くんに頼まれちゃったじゃん」
連絡しないのもしてこないのも、自分達が悪いのに。
「・・・謝っておく。魚住さんに」
「うん。あと、お礼も言っておいて」
「分かった」
「あと、明日からはちゃんと、練習に出るんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・うん」
「なにその間」
仙道くんは声に出して笑って、もう一度、私の名前を呼んだ。
「じゃあ、明日も会いにきてくれる?」
「・・・・・・・・・・あぁ、うん」
「そっちこそ何それ」
「じゃあ、ちゃんと、練習でなさい」
「分かった」
「え、今度ははやいね」
「うん。だから会いにきてね」
「・・・・が、頑張る。はやく終わるよう頑張る」
「うん、よろしく」
久しぶりに会ったのに、仙道くんはマイペースで強引で、年下なのに、なんだか負けてしまう。
大きな手を握り返すと、にっこり笑った顔が少しだけ近づいてきて、すぐに離れた。肌寒い風が吹き抜けるのに、仙道くんの手のひらも唇も、とても暖かかった。





鈍色の季節








お互いに会いたいと思うのに、お互いに意地を張ってしまう。
2008/10/1