皆様大変ご無沙汰しております。管理人です。最近は表舞台に立つよりは裏で動くことのほうが多いと思っていましたが、そんな身分ではないとのご指摘が多く、またせっせと管理人日誌を書かせていただくことになりました。怠けていただけです。すみません。
この1年の不在中にもたくさんの絵本に出合わせていただきました。その中で、かっこいいと思った絵本。これからはコンスタントに紹介させていただきたいと思います。
『ベンのトランペット』 R.イザドラ 作・絵 谷川俊太郎訳
1つの参考評価として、この絵本は、アメリカで優れた絵本に贈られる賞であるコルデコット賞の次席作を79年に獲っています。最近の賞作品はあまり置いてはいませんが、70年代の作品は並べておいても充分雰囲気を生み出す本が多いので店には結構置いています。
表紙がレコードのジャケットのようなデザイン。トランペットを吹くまねをしている少年の影に帽子を被ったトランペット吹きの銀色の影が重なります。文字も銀色で、それは、トランペットから吹き出た音がそのまま文字になったように見えます。
表紙を開いて見返しには、真っ黒な地にギザギザの白の筋。その調子も一定でなく、細かで激しいリズムを刻んでいるようです。ギザギザはその後2ページに渡って続き、2ページ目に登場するシルクハットと杖をもった芸人風の黒い影によって、それが舞台で鳴り響いている音であることが予感させられます。
先ず最初のページ。灰色の建物の煌々と光るたくさんの窓。ストリートと呼ぶにふさわしい街角のビルの非常階段に座る1人の黒人の少年のシルエット。建物を照らすネオンは「ZIG ZAG JAZZ CLUB」の文字。
よる、ベンは ひじょうかいだんにすわって、 ジグザグ・ジャズ・クラブから きこえる おんがくに みみをすます。 いっしょに じぶんの トランペットを ふく ときには よふけまで ふいて、 あつくるしい よるの くうきの なかで ねむりこんでしまう。
色んな少年時代があるのでしょう。住む国や環境によって同時代でもまったく違う人生を送っていきます。勉強に追われて学校と塾と家を往復する子。6歳から親の手伝いで牛を引き立派な生活者の顔を持つ子。好きなサッカーを夜遅くまで練習する子。この子もそんな世界の子のうちの1人。光り輝くネオンに向かって1人でよふけまでトランペットを吹く子どもにとって、ここが彼の生まれ育った住み慣れた町で、その喧騒も彼のおだやかな日常の中にあるのでしょう。どんな毎日を送っているのでしょうか。これを読んでもらっている子どもさんもドキドキと不安の中でそれを想像すると思います。
次のページでは、帽子を被った下町風な少年が、学校の帰りに、例のジグザグジャズクラブでミュージシャンが練習するのを見ています。
次のページからはアップの細かな描写の絵が続きます。ピアニスト、サキソフォニスト、トロボニスト、そしてドラマー。どの絵も光と影で表現されている活き活きとしたタッチです。でも、その次のページには、白いジグザグをバックに白抜きの男が色んな角度でトランペットを吹いています。
だが ベンは なかでも トランペッターが とりわけ いかしていると おもう
子どもさんの感想の多くに「おもしろかった」というのがあります。彼らの中で「面白かった」はとても幅が広く、自分のあらゆる楽しい心を表現する言葉なのでしょう。心が沸き立ち感動し自分もこんな風にできればいいな・・・そんなときも子どもさんはおそらく「おもしろい」と表現するのではないでしょうか。感情のアウトプットの言葉を学ぶまで、使える言葉で精一杯の気持ちを語ろうとするものです。子どもさんの言葉はその裏に沢山の感情があるのだと想像して、一緒に楽しむ心の余裕を大人は持ちたいものです。
この少年も彼の環境の中で培った精一杯の賛美の言葉を使ってトランペッターのことを「いかしている」と思ったのでしょう。
道をトランペットを吹くまねをしながら歩くベン。空の上には摩天楼が続き、ストリートには、子どもが座って本を広げていたり、おばさんが玄関に座っていたり。次は内の仲。ベンはママとおばあちゃん、兄弟たちにもトランペットを吹きます。ソファーには赤ちゃんが粗末なタオルの上で座っています。杖をついたおばあさんが窓の外をじっと見ています。ブラウスを着たお母さんが気だるそうに新聞を読んでいます。日常のどこか貧しさが漂う風景。ソファーに立ち上がって1人見えないトランペットを吹き鳴らすベン。誰も関心はなさそうに見えます。
パパと パパのともだちにも
帽子を被ってくわえタバコでトランプに興じるベンのパパ。テーブルの上には賭けられている硬貨や札、お酒が注がれているグラス。煙を立ち上らせる灰皿の上のタバコ。その後で必死にトランペットを吹くベンの影。パパはトランプから目が離せません。
子どもさんから見ると大人はこういう風に見えるのかもしれません。ベンのパパだって「おまえの生活費をかせぐために賭けているんだ」と言い出すのかも。でもベンにはきっと伝わらないでしょう。ベンは恐らくこんな環境で大きくなって育ったのです。
ある日、戸口に座っていつものようにトランペットを吹いていると誰かが声をかけました。
「 いかすラッパじゃねえか。 」
それは、ジグザグジャズクラブのトランペッターでした。ベンはにっこりして彼がクラブへ行くその後姿を見守ります。
2ページ使われているその風景の3分の2は、蝶の羽の何百枚も積み重なった幾何学模様というのか、夢の絶頂の色を粉々にして切り貼りした絵柄というのか、とにかく不思議な模様が一杯に描かれています。その横には、シンプルな空間に街燈とリズムをとる帽子を被った後姿。ベンの沸点に達した興奮がこちらにも伝わってきます。
自分の世界を誰かに肯定してもらうこと。それは世代を問わず最高の励ましになります。子どもの遊びを同じように楽しんでくれる大人がいたら!・・・。必死で心を躍らせ遊んでいるその世界を優しく認めてくれる大人こそ、子どもは絶対の信頼を置くのでしょう。それを遊び心というのなら、まさに遊び心こそが大人と子どもをつなげる、現実と心のゆとりをつなげる架け橋です。
日々の暮らしの中でどれほど子の遊び心が共有できているかで、家族の絆は遊び心という隠し味で豊かに深まるのではないでしょうか。家族でなくても地域の大人との信頼関係がどれだけ子どもの人生を豊かにするのか。ベンはこの時本当に嬉しかったのでしょう。
あくる日、ミュージシャンの演奏を聞きながらベンがいつものように吹き始めました。
「おい おまえ なに やってんだ?」「なにやってる つもりだよう?」
駄菓子屋の前にいる少年たちが声をかけます。見開き2ページの間には真っ黒な道なのか闇なのか、黒い背景がべた塗りされていて、その左に見えない一生懸命トランペットを吹くベン。闇をはさんで右にベンを指差しておかしそうに笑う少年たち。
彼らもきっとこの町で育った仲間なのでしょう。服装もベンとよく似ています。
自分の世界を否定されたときの悔しさと絶望。それも同じ仲間たちから、ベンが一番大切にしていた世界をからかわれたら。
次のページには帽子を深く被ってなきながら歩くベン。それに覆いかぶさるように黒い闇、そして闇には行く筋もの真っ白な雨。いつまでも濡れていたい気持ちは誰もが一度は味わったことがあるのではないでしょうか。きっとベンは生涯最初の絶望を味わっていたでしょう。
戸口にすわってクラブのちかちかまたたくあかりを見つめるベン。ベンはいつまでも座ってただ見つめています。見開きページに描かれるのは、ピアノの鍵盤、明かりを放つ摩天楼、走るクラッシックカー、窓から見下ろす男、タバコを吸う影、妖しく躍る男女、小さく揺れるトランペットの男のシルエット・・・それが秩序を失った記憶のように角度も様々にバラバラに貼り付けられています。
バンドのひとたちの休み時間。壁にもたれてタバコを吸っている男たちバックに、帽子を斜めに被ったトランペッターがスーツのポケットに手を入れて近づいてきました。トランペッターは口元に笑みを浮かべています。
「ラッパはどこにあるんだい?」
「もってないよ。」
ベンは言い返します。
夢を自分から投げて大人に心を閉ざしてしまった子どもに、なんて声をかけてあげればいいでしょうか。優しくしようと思う子どもから拒否されたとき、大人もとても傷つきます。目下の者に優しくしてやるという威信を傷つけられた怒り、親切心を侮辱されたと思う気持ち、そして自分も持っている夢の世界を否定された絶望。本当はそこからはじめなければならないのに、そこでうろたえて終わる経験が私にも沢山あります。でもこんな時大人は、「わかってるんだぞ おまえさんの気持ちは 」とおおらかに応えるべきなのでしょう。子ども方こそもっと傷ついているのですから。大人の配慮に子どもは傷つけられた心を癒す場所を見つけるはずです。
トランペッターはベンの肩に腕をまわして言います。
「 クラブへ こいよ 」
次のページにはどんな風景が待っているのか。バーの長いすに座ったベン。その口元には本物のトランペットが置かれ、不器用そうに握るトランペットを少し高い椅子に座ったトランペッターが支えています。トランペッターは肩に優しく手を置きながらこう言いました。
「 いっしょに やってみようじゃねえか。 」
トランペッターもかつて同じようにしてトランペットを吹かせてもらったのかもしれません。彼は自分自身の姿をベンに見ていたのでしょう。頬っぺたを膨らませるベンの幸せそうな表情。一番大切なものや言葉で精神を共有することで初めて人は心を通わせることができます。ベンとトランペッターは、遊び心を鍵に本物のトランペットを通じてはっきりと精神を共有させたのだと思います。きっとお互いにとって生涯忘れられない日になったのでしょう。
日々の生活の中でも人は精神を共有することを忘れてはいけませんね。忙しいお父さんやお母さんも、ほんの一瞬だけでも何か言葉を共有してあげれば子どもさんももっと親の愛を感じてくれると思います。
私たちはそれを絵本を通じて行おうと思っているものたちです。心を共有することの要素が言葉です。だからお互いを支えあうために普段言えない言葉を絵本を通して語ってあげて欲しいと思います。
この絵本に描かれている遊び心を持った大人の像に、読んでもらった子どもさんはどういう気持ちを持つでしょうか。大人がこれを読むということは、その気持ちを肯定してあげているということです。
是非、身近なわんぱくな子どもさんに読んであげて欲しいと思います。
『ベンのトランペット』 あかね書房 本体価格 1400円
一度見たい方は是非、きんだあらんどまで遊びに来てください。




