クソガキも逃がしたし、さて、そろそろカタつけようか。

不意に見上げた空は薄汚れた青。


「探したぜ、B」

振り返ると件のボスとやっかいそうな大人が立っていた。

「君の預ければ安全だと彼が言ったんでね」

預かってたモンなんて無いし。拾ったモンならあるけど?

「中は見ていないんだな?」

見るかよ、関わりたくないし。まあ、見なくても判るけどな。

「賢明な判断だ。実は彼より君を買っているんだ、一緒に来ないか、ブライアン」

大人の手が伸びてくる。肩に触れて名前を呼ばれる。


それだけで、アウト。


「そんなヤツと比べられても嬉しかねえし、袋の中身も大人の事情も知ったことかよ」


「くれてやるから、二度とその面見せんじゃねえ。俺にも、俺のツレにも」


「次会ったら、殺すよ?」


それだけ言い放つと腹にしまってあった紙袋を投げ捨てる。踵を返して歩き始めて舌打ち。

ああもう、多分余計なこと言ったし。

ヤバイなあと溜息を吐いた瞬間、背中に衝撃が走った。

「邪魔なんだよ、生きてられちゃ」

耳元で毒づかれて視線を向けると、真っ赤に染まったナイフとヤツの手が見えた。


「、、、、、っ」


邪魔ならキッチリ殺しやがれ。


「、、、痛いっつうの、、、、、」
なんとかフェンスにしがみついて歩き続けるけど、大して進まない。

せめてもっと巧く刺せよ、即死できないって下手すぎじゃね?

いつもなら一気に上れる廃ビルの屋上までずるずると這いつくばって上がる。肺に酸素が溜まらなくて意識が朦朧としてきた。ココまで来たんだからせめて空が見たい。


「あ、、、」


倒れ込んだ屋上で汚い青空を見上げた。


「、、、、あの青まで行けるってか?」


笑いがこみ上げる。

いいねえ、高いとこ好きだし。

静かに目を閉じる。


「新フレーバーのガム、食ってねえじゃん、、、、最悪」


高い所が好きだ。

塀でも木でも、フェンスでもイイ。

高い所に登るのが好きだ。


あの汚く濁った空の青に近い所が。





いつもの溜まり場。

いつものようにフェンスの上からくだらない話に参加して馬鹿笑いする。

「そーいやあ、あそこのスタンドのガムに新フレーバー並んでたな」

「相変わらず、新商品好きだな、B」

「この前のアイスは失敗だっつってたじゃん」

「試してみねーとわかんねー・・・?」

せっかく楽しんでたのに空気の読めねえ人影が近付いてきた。会いたくねえけど見慣れた野郎だ。

「B、気をつけた方がイイ」

フェンスにもたれてたツレが軽く顎をしゃくって合図してくる。

「ハイハイ」

多分、もう遅い。

近寄ってきたヤツは既にボコボコにされていて、まあ、それだけで面倒事があからさまだ。野郎のボスは成り上がり欲にまみれてっから余計なモンに手を出したに違いない。

「・・・たすけてくれよ、B」

「ガキのくせに大人の事情に首を突っ込むなよ」

最近、この辺をやばい連中がうろついてるのは知ってた。何が起きてるのかも薄々。これで筋が通ったんで、まあ俺的にはスッキリだな。

「ボスが拉致られたんだ。・・・殺される、匿ってくれよ!」

そう言って大袈裟に跪き、手にしていた紙袋を投げてくる。

「ガキはガキらしくママのところへ帰れば?」

フェンスから飛び降りて紙袋を拾い上げながら見下す。

「お家に帰ってママにしがみついてろ。二度と顔見せんなよ、次会ったら――」


「俺が殺すし」


慌てて逃げ出す野郎に興味は無くなった。紙袋の中身も持った感じで解ったし、さて、どうすっかねえ。

「罠だぜ、B」

まあね、そうだろ。問題はどこが仕掛けた罠かってとこ。

「・・・俺らも解散。お家へ帰って、布団被って寝とけ。カタが付くまで消えてろ」

ざわつくメンバーを睨んで黙らせ、釘を刺す。

「絶対顔見せんな。じゃなきゃ、オマエらも俺が殺すよ?」

モノ言いたげなメンバーたちも不承不承に捌けていく。

「B・・・」

最後に残ったツレが振り返る。心配されてもな、しゃーねーだろ、性分だし。

「後、頼むわ」

それだけ言って歩き出す。


宛てが在る訳じゃあねえけどね。

君の両肩に左右対称に痣がある。


これが刺青なら何か明確な意志があって彫られたモノで、

善いにしろ悪いにしろ意味があるように思うんだよね。


痣だって言うと悩んでしまう。


生まれつきの痣って可能性もあるし、

何らかの理由で負った傷の痕なのかも知れないし。


始めに何があるのか知りたくて訊いても返事はなくて。

友達に訊いてみようとすると慌てたように「有るよ」とだけ。

次に理由を訊いてみたら同じく黙りで。

結局、友達に訊いてみたらその友達にとってそれは話したくない事だった。

友達は本人に訊けば答えてくれるよ、と言ったけど、

相変わらずはぐらかされる。


でも友達にも同じ痣があるのか訊ねたら、君は即答で「無いよ」と答えた。

そして関係が有るのか無いのか、ポツポツと言葉を綴る。


「目印だよ」


「定住しないモノの印」


「その場に要らない物をその場から持ち出すモノ」


「形有るモノでも無いモノでも、要らない物を持ち出すモノ」


「厄災でも犯罪者の死体でも、外へ運び出すんだよ」




ネタ的には丁度イイ?、そう言って笑い、最後のこう呟いた。


「俺みたいに一所に長居ができないヤツには丁度良いんだよ?」







「助けて」


呼ばれる。


「助けて」


嫌だ。

助けられない。


僕の手は君を助けられない。

誰かを助けるようにはできていない。


僕の手は、誰かを苦しめる手だ。

人を傷つけ、貶める手だ。

君を殺す手、だ。


早く逃げなきゃ。

誰にも見つからないように、逃げなきゃ。

捕まらないように。


縋られないように。

「出て行け」


そう言われたらそうするしかない。

そもそもここは僕の居場所ではないわけだから。


けれど、ここはとても居心地が良かったから、

もう暫く居たかったな。