2011年02月07日(月)

江戸時代の夢 富くじの一等当選金額は?

テーマ:あれこれ

菅直人首相の伸子夫人が、20年かけてこんなになった日本を、1、2年で首相が変身させるなんて思わないでほしい・・・・ とつぶやいてましたね。


これは、1、2年で効果がでるわけないし、効果が出るまで何年かかるかなんて保証できない。 でも、このままつづけた方がいいですよ。短期でやめると返って損すしますよ。 って意味か?

詐欺師のクレーム対応のようだ・・・ 


そんなせちがない世の中ですが、宝くじさえ当たれば・・・と思うのは今も昔もあまり変わりがなかったようです。


さて、今回はそんな宝くじ(富くじ)のお話。


パパ覚


富くじは、現在の宝くじのようなものです。


富くじ発祥の年は1575年(天正3年)に始まる「富会」で、場所は大阪府箕面市箕面公園にある本山修験宗(修験道の一派)の寺院、瀧安寺(りゅうあんじ)とされています。


これがブームになったのが江戸時代。


人々は番号の書かれた富札を買い、抽選でその番号が当たれば賞金を手に入れられるという仕組みは今と変わりありません。


江戸時代には、富くじは民間でも行われており、幕府は民間の富くじを厳しく取り締まっていました。


しかし、享保年間(1716~1736年)に、寺社にだけは富くじを扱える許可を与えたのです。


これは幕府からの助成金を打ち切るかわりに、富くじの収益を寺社の修繕などに使わせるという目的があった為です。


そのなかでも谷中の感応寺や湯島天神、目黒不動尊は「江戸の三富」と呼ばれ、たいそうなにぎわいを見せたといいます。


さて、では今回のお話の本題、これほど人々を熱狂させた富くじの賞金は、いったいいくらだったのでしょうか?


もっとも一般的だったのは、一等賞金100両というものです。


現在のお金に換算すると、500万~600万円といったところですね。


二等は一等の半額の50両、三等はまたその半額……と続いていき、100等まで当たることになっていました。


一方、富くじ1枚の値段はというと、およそ500文(現在でいうと一万円ぐらい)でした。


これは庶民にとってはけっこうな高額で、おいそれとは買えません。


そこで、1人50文ずつを出し合って共同で1枚を購入することも多かっようです。


やがて富くじ熱はピートアップしていき、一等賞金が1000両というケースもあったようです。


時代を問わず、庶民はくじに一獲千金の夢を託したんですね。


さて、次回なんですが、今回の記事に1000両という単位がでてきました。


千両といえば、千両箱 千両箱といえば・・・ 越後谷おぬしも悪よのぅ・・・ (ん?ちがう?w


って脳内変換されてしまったので、この越後谷がお代官様に差し上げた お菓子(ワイロ)っていくらぐらい?なんてのはどうでしょう。


ではまた。

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2011年02月05日(土)

江戸時代の「不倫」の和解金をめぐる暗黙のルールとは?

テーマ:あれこれ


パパ覚


今回のネタは不倫の和解金についてです。


なぜ 今更↑なドラマを見ていたのかについては、触れない方向でお願いしますw


さてさて、不倫がばれたら大騒ぎになるのは、昔も今も同じです。


さしずめ現代なら泥沼の離婚裁判のあげく、高額な慰謝料を支払う羽目になるといったところでしょうか。


そういえば、島田伸介の所は最近、こういうネタの相談をしてないですな・・・


先述の記事にもあるように、江戸時代の倫理は現代よりずっと厳しく、不義密通にはそれはそれは厳しい処罰が待っていました。


姦通した男女はともに死罪。


逢引の現場を押さえた夫は、妻と間男を殺しても罪には問われないというものです。


法律上、浮気が原因の殺人は合法・・・・ あわわわ。


ですが、これはあくまでも法としての建前の話です。


町人たちは切った張ったのおおごとにするよりは、むしろ話し合いで解決することのほうを望みました。


間男は和解金を差し出すことで、命を助けてもらいました。


この和解金の金額には暗黙のルールがあったようです。


初期には 5両 だったともいわれていますがが、広く知られているのは 7両2分 です。 


この7両2分という微妙に半端な金額に決まった理由には諸説あります。


そのひとつがた岡忠相が姦通の謝罪金を大判1枚と決めたからというものです。


本来、大判1枚といえば 10両 の価値があったものの、実際には当時の大判には 7両2分 に相当する純金しか使われていなかった為、この金額が定着したというものです。


とはいえ、7両2分 でも簡単に出せる金額でありません。


不倫の代償はいつの時代でも高くつくということですね。


さて、次回は、またテレビを見ていてで恐縮なんですが、香取慎吾さんはどーしてあんなにロトに当たるんでしょう・・・ うらやましぃ・・・


桃太郎電鉄なんかでも、知ってる人も多いと思う 「 富くじ 」。


一等の当選金額は? なんてのはどうでしょうかね。


では、また。

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2011年02月03日(木)

江戸時代のお医者さんに支払う「診察料」の相場は?

テーマ:あれこれ

朝起きるのがつらい、寒い日が続いていますが皆様いかがお過ごしでしょうか?


一度、「ラクダ」 に手を出すともう・・・・ 手放せません。


さて、今回は医療費の話です。


パパ覚

健康保険なんてものがない時代は、自己負担10割が当然。


では、実際に医者にかかったときに支払う「診察料」ってのはどれぐらいだったんでしょうか?


江戸時代には、「医は仁術」という考え方があり、無償で患者を診察する赤ひげのような医者もいたようで人気のドラマのような医者は実在していました。 


しかし、医者も生活費は必要だし、診てもらった患者にも感謝の気持ちがあります。


そこで、「薬礼」という名の診察料を払うのが通例でした。


現在のように流通が発達した時代ではなかった時代です。


医者に支払う薬礼はけっして安いものではありませんでした。


医者には幕府に仕える 御典医、藩に仕える 藩医、そして 町医者などの種類がありました。


一般の町人であっても、お金さえ払えば御典医に診てもらうこともできましたが、御典医に往診を頼むと、1回の診察で4両もの大金が必要だったそうです。


しかも、御典医ともなれば何人かのお供を連れて来ます。


薬礼のほか、こうした供回りへの謝礼も支払わなければならなかったのです。


実際、町医者クラスでも1分~2分の薬礼が相場だったようです。


これは、現代のお金に換算すると、もおおよそ1万~2万円です。


また、遠くの医者に往診を頼めば、ここに駕寵代も 上乗せとなってきます。


しかも薬代は別料金で、3日分で1分、1週間分で2分か相場だっようです。


4分か1両に相当しますので、1回の診察と薬の処方で1両が飛んでいってしまうことも珍しくなかったようです。


では、こんな高額な薬礼など払えない庶民は、どうしていたのでしょうか。


彼らが頼ったのは、鍼灸治療やもみ療治、薬売りなどでした。


必殺シリーズ 念仏の鉄の表稼業みたいなやつですね。


また、薬売りといえば、室町時代の富山を想像しますが、江戸時代には委託事業の様相もあったようです。


薬の種類も結構豊富で、膏薬、せき薬、頭痛薬などさまざまな薬があり、価格もせいぜい16文~数十文程度だったようです。


さて、次回なんですが、先程見ていたドラマが不倫ネタだったので、江戸時代の「不倫」の和解金をめぐる暗黙のルールについてでも。


ではまた♪

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2011年02月01日(火)

江戸時代に吉原で遊ぶのに必要な予算は?

テーマ:あれこれ

先日まで任天堂の3DSのうわさでもちきりだったのに、27日にSONYがNGPを発表した途端一気に話題がそちらへ・・・・


個人が携帯端末を持ち歩く時代は、もうすぐそこに来ていそうです。


さてさて、今回はちょいと大人のネタでも。


パパ覚


江戸遊びの代名詞のひとつに幕府公認の遊郭「吉原」というのがありました。


先日サムライチャンプルというアニメを見たらそのシーンがあったのでネタにしてみたんですけどねw


そこには、特殊なお金のしきたリがありました。


現在知られている吉原といえば、「明暦の大火」の後に、浅草寺から1キロほど裏手に移転した新吉原のことです。


吉原ってなに? と、思っても決してパパに聞いちゃいけないぞ!(マテ


さて、私娼を相手にする岡場所は江戸にいくつもあったようですが、吉原はそれらとは別格で、唯一、幕府が公認した遊廓でした。


その吉原で、吉原らしい華やかな遊びを楽しみたいなら、大枚をはたかなければならない超高級な遊び場だったのです。


まず、吉原に向かう際に猪牙船や駕寵を使えば、それだけで200文や300文は飛んでしまいます。


なけなしの金をはたいて遊びに行く庶民は、もちろん徒歩・・・・。


郭に上かってからは遊女の格によって料金が異なりますが、たとえば花魁などの高級遊女を呼んだ場合だと、最上級の花魁の場合で、座敷に呼ぶ揚代だけで1両1分かかったようです。


さらに、花魁が座敷に来るまでには1~2時間待たされることも珍しくなく、その間、酒や料理を食べ、幇間や芸者衆の芸で間を持たせるのが通例でした。


当然のことながら、これは別料金です。


そして、ようやく花魁が登場しても、初回から床入りはできないのです。


最初は遠く離れて座り、お客の顔を見てくれることさえないといいます。


3回めでやっと馴染み客として認めてもらえますが、馴染金と称した祝儀をごっそりと持っていかれます。


苦労して何回も通っても、花魁に気に入ってもらえなければ振られしまい、すべてが水の泡なんだそうです。


一方、念願かなって床入りができた場合には、別途5両~10両もの祝儀を払います。


化政期の金額で 換算すると、これは約40万~80万円もの大金に相当します。


かなりの財力をもつお大尽様でもなければ、吉原で上級の遊女を相手にすることはできなかったということですね。


昔の方が安いイメージがあったんですが、まったく逆でかなりの費用がかかったようです。


さて、次回は・・・・


私も含め、花粉シーズン到来で、事前にお医者さんに行く方が増えているそうです。


そこで、健康保険なんて制度がなかった江戸時代、お医者さんに支払った「診察料」の相場は? でお会いしましょう。


ではでは♪

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