上のブログで、
スポーツ嫌いは見たことがないほどのマイノリティではない(はずだ)。具体的に言うと1クラスに少なくとも数人はいるはずだ。
と書いたのだが、私の主観では説得力がない。はたしてスポーツ嫌いはどれくらいいるのだろうか。検索してみると以下の資料が見つかった。
笹川スポーツ財団 スポーツライフ・データ 運動・スポーツの好嫌度とイメージ
1600人に調査をして、「好き」「どちらかといえば好き」「どちらかといえば嫌い」「嫌い」の4択で、「嫌い」が5.6%、「どちらかといえば嫌い」が15.9%である。明確に嫌いな人が1/20、どちらかといえば嫌いまで含めると1/5である。「1クラスに数人」と書いた私の感覚はあながち間違っていないようだ。5%を存在しないように扱うのはどう考えてもおかしいだろう。少なくとも体育教師はこの手の統計をちゃんと読むべきではないか。
Twitterで「スポーツ嫌い」を検索すると「そんなことを言う人にはあったことがない」などというツイートが出てくる。存在を否定されると困るのでここに記しておく。
スポーツ嫌いが「私はスポーツ嫌いだ」とわざわざ言うことはほとんどない。特にスポーツ好きに対しては言わないように注意する。なぜならわざわざ言うメリットがないからだ。
メリットがあるとするならば「スポーツに誘ってこないようになる」「スポーツネタを振ってこなくなる」くらいしかない。しかし、誘われても「スケジュールが合わない」とかマイルドな(スポーツ嫌いを出さない)断り方はいくらでもある。スポーツネタを振られたとしても適当に相槌を打っておけば場の空気をおかしくすることはない。
一方で「私はスポーツが嫌いだ」と下手に言ってしまうと、
・根性なしだと思われる
・頭がおかしい人間だと思われる
・協調性がない人間だと思われる
などなどの(私に言わせれば偏見に基づく)デメリットを受ける可能性が多分にある。今までにスポーツ嫌いであることによって様々な被害を受けてきた人間がわざわざ言うわけがないのだ。スポーツ嫌いである私自身も、かなり親しい関係で、私のことを理解してくれる、否定的に扱わない、害を及ぼさないと確信できた人にしか自分がスポーツ嫌いであることは言わない。
スポーツ嫌いであることを言わないから、(スポーツ好きが)スポーツ嫌いの存在に気づかないのだ と言われるとぐうの音も出ないのだが、自分が害を受ける危険を犯してまでスポーツ嫌いの存在を啓蒙する気にはならない※1。だからこそ匿名で発言できるところでだけ、スポーツ嫌いがやたらに多いように見えるのだと理解すべきだ。
ここまで書いていて思ったが、これは「スポーツ嫌い」に限ったことではないのだろう。一般に公言しにくい、言うと被害(差別)を受けるような属性には共通して生じる話なのではないか。こう書いている私も他の属性に関しては比率を過小評価しているのかもしれない。
※1 そもそもスポーツ界に影響力があるわけでもない一般人に啓蒙したところで何も起こらない。
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