相曽晴日について | 若宮桂のブログ・空と海がぶつかる場所
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今晩は、若宮です。

相曽晴日さんの西日本ライブツアー、遂に開始されましたね。
大阪公演は如何でしたか?

今夜は、長年、メジャーデビュー当時からもう29年も聴き続けている音楽家、相曽晴日さんについて記しておこうと思います。以前mixi日記で書いたものを加筆したものです。


相曽晴日(あいそ はるひ)さんは1982年にデビューした静岡県浜松市ご出身のシンガーソングライター。ちなみに本名(旧姓)です。

1982年というと、自分は中学生でラジオに大いにハマっていました。毎日毎日ラジオ、テレビよりもラジオ。そんなある日、「舞」という曲がラジオから聴こえてきました。
その曲をうたっておられたのは、相曽晴日という不思議な響きの名前の音楽家。次のシングル、「コーヒーハウスにて」も好きになり、それからずっとファンです
ファンとはいってもその頃はこづかいも少なく、一番好きなオフコースのアナログ盤を年に数枚買えたくらいであり、はるひさんの曲はラジオからエアチェックしたものを聴いていました。
(※当時、ラジオ等で流れている曲をカセットテープに録音する行為をエアチェックといってました。)
高校生の頃は、はるひさんがDJをされていたFMのマジカルハウスというラジオ番組を毎週欠かさず聴いていました。
ラジオの音楽番組も何度か出演されていましたね。当時のスタジオライブを録音したカセットテープが家に残っていますが、この番組の冒頭で確か演奏された「悲恋酒」を録り損なったのが未だ心残りです。

はるひさんの音源を最初に買ったのは、実に1989年になってCDプレーヤーを初めて購入してから。
SONYのLiberty-V525というコンポステレオにオプションのAD(アナログディスク)プレーヤーを附けたセットで、当時の自分としてはかなり頑張って買ったものでした。

90年代に入ると、はるひさんの音源獲得に明け暮れました。
新品で買えたのは、「TORICTRAC」「太陽のご馳走」「宇宙(ほし)の記憶」のCD3枚のみで、後は全部絶盤。
毎週の仕事の休みには中古レコード店巡りをして棚を漁り、レコードの即売会には何度も足を運び、他県のレコードショップには往復葉書で問い合わせしました。中古CDのワゴンセールを見つけると、友人と一緒に歩いていてもそっちのけで夢中になって漁ったものです。
とくに難儀したのは、意外にもアナログ盤ではなく「ハイヌーンハイムーン」のCD。
音源は、10年くらい掛かりましたけどほとんど全て集めることができました。

気がつくと、はるひさんは1988年を最後に新曲を発表しておられないようでした。
情報が全く入ってこない。90年代当時パソコン通信はまだまだ一般的ではなく、まるで目隠しをして生きているかのようでした。
彼女の名前を久しぶりに目にしたのは2001年の12月。今使っているノートパソコンのひとつ前、先代のノートパソコンを買って初めてインターネットに繋ぎ、一番最初に検索した先でのこと。
彼女は音信不通の間結婚、出産され、そしてちょうど10年以上振りの新アルバム発売直前でした。不思議な「縁」を感じました。
当時PC-98というパソコンをすでに持っていたとはいえ、ダイアルアップでの慣れないインターネットパソコン操作。短い入力に今となっては考えられないほど悪戦苦闘し、なんとか「月の子供」というタイトルの新アルバムを註文することができました。


この前年。とても落ち込む出来事がありました。

自分の人生で一番辛かった頃入手した「月の子供」。強い癒しの力がありました。
すでに入手済みだったはるひさんの音源をはじめとする数々の音楽とともに何度も再生し、その度に自分の折れそうな精神を支えてくれました。

そんなはるひさんに会ってみたいと思い、彼女のライブを観る為大阪市へ行ったのは2007年7月のこと。
その翌2008年11月にももう一度大阪市でのライブに行き、お話しすることもできました。

2010年9月、そして今年6月と、以後細々とではありますが定期的に大阪へ通うようになり、こうしたライブ遠征がきっかけで新たなファン同士の出会いもあり、今はとても充実しています。

今年はなんとまたお会いできますよ!楽しみですね。


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