日曜は勝手にショートショート -5ページ目

【5】二度寝の女王

「ユキちゃん、もう七時。早く寝なさい。朝、ちゃんとごはん食べないと力出ないよ」
 母親の呼びかけに由紀は薄目を開けた。部屋の中には朝日が差し込み、明るくなっていた。雪は暖かいふとんからのっそりと出ると居間に行き、ソファに寝ころがった。そしてクッションを枕にすると再び眠りについた。
 「またぁ、二度寝して!」
 母親はあきれたように言った。
 由紀の二度寝は毎朝の恒例だった。朝起きたら一度ですっきり行動すればいいのだが、由紀はすぐにはエンジンがかからないようで、必ずもう一度寝てしまうのだ。
 だから父親は「二度寝の女王」と名付けた。
「まあ、ふて寝ではなく、二度寝だから、いいか。寝る子は育つと言うしな」
 ただ由紀は二度寝するからといって、そのせいで学校に遅刻するようなことはなかった。二度寝して起きてからの行動が素早く、ごはん、着がえ、洗面等、あっという間に準備して学校へ行くのだった。

 ピッ!………
 心臓が止まった。
「おばあちゃん!」
 孫の声に一度止まった心臓が動き、彼女は目を開けた。
「ありがとう」そう言うと、彼女は永眠した。
「さすが二度寝の女王」と息子がつぶやいた。
「さよなら、由紀おばあちゃん」

【4】チャット

K: 私は生まれた時から声が出せないの。
ポン: えー、マジ
ユー: それ、かわいそ。
タツ: じゃあ、人と話せないんだ。
K: うん、でも筆談てできるし。前はノート持ち歩いていて面倒くさかったけど、最近はタブレットもあるから。
ユー: ふーん、でもそんな機械にたよらなければいけないのってたいへんだ。
タツ: でも今じゃ、LINEもあるしね。寂しくないよね。
ポン: バーチャルな世界の友達じゃね。リアルな友達とバカ話するの、楽しいじゃん。
ユー: ポンはリアルな友達いるわけ?
ポン: いるに決まってるじゃん。
ユー: どーだか。
タツ: 手術でさ。声出せる手術ってあるんじゃない?
K: えーっと、あるのかな。でも声出せないのに慣れすぎて、別に声でなくてもいいや、ってのが今の気持ち

あ、いきなり落ちた。
サーバーメンテナンス?
チャットで人と話すの楽しいけど、こうなるとしゃべられないのと同じことだ。
本当に声が出なくてもいいや、って思っているかというと…。

【3】日記

 三日坊主という言葉があるけれど、私は日記を三日と続けられたことがない。
 来年こそはと、かわいい日記帳を買って一月一日に一年の決意を書くのだが、二日にはもう書くことがなくなり、邪魔くさくなって三日からは白いページが続くことになる。
 五年まとめて書く日記帳も買ってみたが、やはり続かなかった。
「誰かに見せようとか、見られる目を意識するとかせずに、思ったことをただ書けばいいよ」と近所の本屋のおばちゃんが教えてくれた。
「ほら、これ、鍵付きの日記」

 ○月○日 いい夢を見ていたら父に起こされた。まだ起きたくなかったので、ぐたぐだしていたら父がしつこく起こしに来た。もー、しっけえんだよ!
 ○月○日 前髪が長いと担任のハゲ健に注意された。ってか、お前自分に前髪ないからって注意するなよ。真夜は私より長いのになんで注意しない? ひいきじゃねぇ?

母におこづかいがなくて前借りを頼んだら
「もっと使い道考えて。無駄づかいだめよ」
「うっせぇ、マミなんか、もっともらってるし!」
母が驚いた顔で私を見つめている。
しまった、日記に書いている調子で母に文句を言ってしまった。
「なんちて」とごまかしたけど、母は黙ったまま。

 私は日記が私の意外なダークサイドを引き出すことに気づいて、書くのやめてしまった。
 でもまた書いてみても面白いかも。

社長の復讐

太田が再び社長の座に返り咲いた。
太田は体調を崩し、一時社長の座を降りたが、
その後を引き継いだ水野社長のあまりの無能さに
社員一同に呆れ果てられて、太田の復活となった。

太田は社長に帰り咲くなり、強権を発動した。
外国資本を積極的に受け入れ、
様々な業種に手を伸ばした。
株主にはいい顔を見せ、
社員に対してはブラック企業スレスレの対応をした。
太田派でなければ人にあらず、
と言われるほど絶対王権を築き上げたのだ。

その原動力は何だったのか。
太田は側近にこう漏らしたと言う。
体調を崩し、社長の座を降りるという屈辱を受けた。
それを笑った社員への復讐なのだ、と。
もしかしたら太田のやり方で会社はつぶれてしまうかもしれない。
しかし、それでも太田は満足なのだ。
体を壊した時に、彼の精神も壊れてしまったのだから。
それを止められない側近たちもまた壊れてしまっているにちがいない。


「これはうちの雑誌に載せられないな」
「どうしてですか」俺は編集長に詰め寄った。
「雑誌つぶしたくないしな」編集長は寂しそうに言った。
「あと、これ、載せる雑誌どこにもないよ。
今はそんな時代だし」

【2】ショートショート

 小説を書くのはむずかしい、とてもあんなに長いお話は書けない、
との私の言葉に、父は笑顔で言った。
「ショートショートを書けば?」
 ショートショートって何? と聞く前に、父はうれしそうにショートショートについて語り出した。
「ショートショートはもともとアメリカの雑誌に載せられていた短い話が元なんだ。
特にオチもない日常の一場面を切り取ったような短い話だった。
それが日本では星新一という作家が現れて進化させたんだ。短い話の終わりに意外なオチをつけた。星新一は千一編ものショートショートを書いた。
お父さんもマネして書いてみたけど、なかなか上手には書けなかった。簡単にマネできそうで書いてみるけど、とても星新一のようにはならない。
でも書いてみたら? 長編を書くよりも簡単だろうし。ためしにこの原稿用紙一枚分の話を作ってみたらどうだろう」
 長! 話長い。しかもわかりにくいし。
「ごめんごめん、つい語ってしまって。でもお前だとつい話してしまうんだ。いや、悪い意味ではなく」

 父の言うようにショートショートを書いてみた。
オチをつけるのはむずかしかったけど、書いてみるとどんどん書けた。
私の中にこんなにも書きたいことがたくさんあったなんて驚きだった。
一枚の原稿用紙を埋めるのはとても楽しい。
言いたいことをいっぱい書けるのはうれしい。
 だって私は声が出せない病気だから。