早朝の大濠公園(福岡市中央区)。この企画で初めて女性と対談させていただく相手は今年9月にブラジルのリオデジャネイロで開催される第15回夏季パラリンピックに出場を目指している視覚障がいマラソンランナーの道下美里氏(39)だ。

伴走者とともにランニングを終えて近づいてきた彼女のキュートな笑顔と144㎝という小柄ながらに鍛え上げた子鹿のような身体、常に明るく前向きな人生観、全てに虜にされてしまった。

○走ることと出会いと可能性

 中学校在住に右目の視力を失いその後短大鱈を卒業し調理師の免許を取得したが、左目の視力も0.01以下となった。「走るきっかけはダイエット。盲学校の給食がとっても美味しくて。」運動不足解消にと久しぶりに学校のグラウンドを走ったとき、風を切る爽快感が忘れられなかったと言う。

「マラソンの魅力は人に出会って、そのたびに自分の可能性が広がっていくこと。そこで自分の役割を見つけると、また楽しくて」。そんな彼女もはじめは中距離でパラリンピックを目指していた。足のけがが原因で一度は挫折するが長距離を走ることも自分に向いていると教えてくれた監督との出会いが再び走ることへの意欲を湧かせてくれたと言う。「いろいろな人に出会って、機会をいただいて、そのたびにチャレンジするとまた新たな出会いがある。今まで自分の可能性って自分で決めつけていたんですけど、その枠を自分で取り払ったらまた、どんどん可能性が広がっていく」たくさんの人や出来事との出会いを一つ一つ人生のエネルギーにして自分の可能性に変えていく彼女は実に強く、美しい。

○意識すれば人は変われる

同席していた伴走者に道下氏の魅力をたずねてみた。「とにかく一途。こうと決めたことはとことんやるという芯の強さは彼女の実力につながっているでしょうね。それと笑顔を絶やさないことですね。いつも笑っている」確かに彼女の笑顔はとびきりステキだ。「あえて笑顔は意識してきたんです。目が不自由な人のイメージって私の中では笑顔じゃなかった。だから、いつも笑顔でいようと。気づいたら“いつも笑顔だね”って周りから言われていました。いつのまにか自然に体中が笑顔になってしまったんですね。そのとき、意識すれば人は変われるって思ったんです。」

意識を変えれば行動が変わり、行動が変われば未来が変わる。彼女の未来は常に明るく輝いている。

○ゴールを目指すパートナーシップ

コーチングの理論で組織マネジメントを語るとき「年齢や立場、役割は違っても一つのゴールを目指すとき人は人として対等なパートナーとなる」というパートナーシップを意識する。彼女が目指すゴールには常に伴走者がいる。道下氏に、マラソンを続けていて辛い、やめたい、と思ったことはないのかとたずねると「きついと思ったことはあってもやめたいと思ったことはないです。ちょっと疲れて調子悪いなと思った日も伴走者と約束をして来てもらっているでしょ。そういういろいろな方たちと一緒に走っているのです。」

そのことばの奥には伴走者をはじめ仲間たちとの信頼関係を大切にし、共にゴールを目指す彼女の姿勢がみえる。とりわけ50cmのロープでつながっている伴走者たちとの信頼関係は重要だ。息があわなければ彼女も力を発揮できないだろう。「伴走者の条件として走力は絶対だがそれ以上に“おもいやり”。伴走者としてのコンディションはもちろんのこと私のレース中の給水やタイムのこと、自分以外のことをたくさんしなくてはならない。走っているときだけではなく日頃から皆が私のことをわかってくれています」そう語る彼女もまた周囲に対し、思いやりにあふれていた。

撮影のために横に並んでもらうと「石けんの香りがする」と笑顔でつぶやいた。