青空と緑の山々に囲まれた広大な敷地に三和酒類株式会社の醸造場がある。透明感のある美しい玄関ロビーに入ると揃いのユニフォームを着た社員の方々がサッと席を立ち、皆にこやかに迎えて下さる。洗練された心地よい空間だ。副社長下田雅彦氏(60)は発酵工学の優れた技術者であるとともに、豊かな感性とハイセンスな発想力で新たな“酒”の文化を創造し牽引し続けるアーティストのようだ。

○良き理解者が人を育てる

麦焼酎「いいちこ」はあまりにも有名だ。

優れた技術で開発された中身はもちろんのことフラスコ型のボトルをはじめ、芸術品のような容器も斬新な広告もリーズナブルな焼酎のイメージを美しく、オシャレに変えた。大学卒業後に酒造メーカーに就職したが当時、技術立県を進める大分県が優秀な人材を求めていたときにUターンした。三和酒類では若くして初代研究開発室長として活躍する「当時の社長であった故和田昇氏をはじめ会社が研究に対して理解し、応援し自由な環境を与えてくれた。その分、次から次へと課題も出されたが何としても解決していかなければならなかったことが結果につながった」と話す。人材育成においてコーチングが機能するためには3つの前提がある。①相手の無限の可能性を信じること②相手の得意な分野、到達したことを認めること③相手のやり方を尊重し任せること。下田氏はまさに、そういう上司と出会い自身の能力を最大限に発揮したと言える。そして今、若い研究者たちを育てるトップリーダーの立場として心がけていることをたずねた。「研究というのは“運”まかせの世界でもある。何億、何十億分の一の確率で出会える微生物。人間の考えではコントロールできないところがおもしろいし価値がある。だから小さな成功体験を積み重ね、できた自分をその都度ほめて、自分に自信を積み重ねていくことが大事だと言っています。」

 ○チャンスは必ずある

 チームプレイであるとはいえ研究という仕事は根気のいる孤独なものだ。若き研究者たちには「チャンスは必ず来ると伝えている。与えられた課題に対して真摯に全力を尽くし、くさらずに準備をしなさいと」仕事のおもしろさを感じるのは3年が1つの単位。1年目で多くのことを学び理解する。2年目で自分なりのアレンジやチャレンジをしてやっとスタートラインに立つ。3年目からが本当の研究。これは全ての仕事にも共通する。1年目に現場の課題を探り情報収集する。2年目にその中から面白そうな種(課題)をいくつか見つけて絞り込む。そこからいろいろなアイディアが生まれ成功につながる、と言う。明確な時間軸を持ち計画的に着実に課題解決を図る研究者としての思考だ。

○感性を研ぎ澄ませて待つ

 技術者、研究者、そして経営陣。多くの仕事をこなす氏だが、様々な課題をどう乗り越えているのかを聞いた。「行き詰まったときには地元の宇佐神宮に詣っておみくじを引くんです。それを身につけていて、そこに書かれている前向きなことばを読み返す。そうか、これでいいんだ、って気持ちを切り替えているんです」と穏やかな笑顔で語った。

 単に神頼みをしているわけではない。それは自身の中にある信念との対話だ。たゆまぬ努力と論理的思考に裏付けられた強く確かな“乗り越える力”を持っているのだ。

下田氏の話の中には“運”ということばがしばしば出てくる。幸運やチャンスはただじっと待つだけでは訪れない。常に心を研ぎ澄ませ、世の中の流れを感じとることによって自らつかむことができる。

自宅のベランダに出て美しい景色と季節の風を感じながら大好きなお酒とよきパートナーである奥様、家族と過ごす時間が何より幸せだという。そんな豊かな時間が幸運と出会うためのエネルギーとなっているようだ。