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MLB Welcom Partyに参加して来ました。

会場はホテルニューオオタニ。

800人が集まるパーティーに招待していただきました。

イチローや川崎、岩隈もいました。

マグロの解体ショーや銀座久兵衛のお寿司など普段は決して口にできない食事もしました。

家族三人で参加しましたが、小さな子どもはうちの娘だけだったので、たくさんの方に声をかけてもらいました。

家族のイベントとして一生の思い出になると思います。

娘はまだ一歳なので記憶に残らないと思いますが、物心ついた頃に話そうと思います。

明日は、被災地の思い出を守ってきた多くの方々の代表選手としてマウンドに立ち、思い出が一点でも多く持ち主に返るように、一球に魂を込めて投げたいと思います。

ツーショット



練習相手にならず


思い切り投げてきます!


http://www.yomiuri.co.jp/feature/eq2011/news/etc/20120326-OYT8T00287.htm


MLB初戦に気仙沼・高井さん

$思い出は流れない写真救済プロジェクト 高井晋次@気仙沼シーベリー

MLB開幕戦の始球式で投手を務める高井晋次さん(22日、宮城県気仙沼市で)=稲垣政則撮影
 米大リーグ、アスレチックスとマリナーズによる公式戦「2012グループスMLB開幕戦」(28、29日・東京ドーム=読売新聞社など主催)の初戦の始球式で、震災で被災した宮城県気仙沼市のイチゴ農家高井晋次さん(38)が投手を務める。

 高井さんは東京都出身。31歳で都内のコンピューター会社を退職し、宮城県栗原市で2年間、イチゴ農家の修業を積んだ。独立後は気仙沼市で夏イチゴの栽培を手がけ、軌道に乗り始めた昨年、震災が発生。自宅は残ったが、畑は津波にのみこまれた。

 震災後に2週間ほど妻の紀子さん(34)と長女の実希ちゃん(1)と身を寄せた避難所で、泥だらけになった結婚式や家族旅行などの写真が回収されているのを目にして、写真洗浄のボランティアを開始。前職の経験も生かし、これまで約50万点を持ち主へ返した。

 今もイチゴ栽培を再開するめどは立っていないが、マリナーズには同い年のイチロー選手がおり、高井さんは「始球式でぜひ対戦したい」とにっこり。世界各地から受けた支援への感謝を胸に、「マウンドで元気な姿を見せたい」と張り切っている。

 始球式では高井さんのほか、石巻市で犠牲になった英語補助教員テーラー・アンダーソンさんの父アンディーさん、東京のNPO「ハンズオン東京」の保積菜穂さんも投手を務める。

(2012年3月26日 読売新聞)

今後の気仙沼での生き方

思い出は流れない写真救済プロジェクトが小さく生まれた日からもうすぐ1年が経つ。

2011年3月31日に写真を洗い始めた。

プロジェクト初期は、階上中避難所の活動だったので無給で働いていた。

やりがいは感じていたが、生活が成り立たない仕事は継続できないことが分かった。

私は、気仙沼復興協会に所属し写真救済部の責任者となってプロジェクトを進めることにした。

気仙沼復興協会は、震災で失業した方を雇用することにより、被災地気仙沼での生活を支えることを目的とし、復興事業を行っている。緊急雇用創出基金と支援金で成り立っている組織である。

私は、気仙沼復興協会に感謝している。

しかし、今月いっぱいで気仙沼復興協会を辞めることを決めた。

理由は、4月から農業の再建を始めるからだ。

営農開始を来年2013年4月と決めた。

来月2012年4月から2013年3月までは、再建計画に従った準備期間にする。

気仙沼復興協会の写真救済部に属しながら、農業再建を同時に進めることは私の能力では難しい。

農業再建に向かって進むために、気仙沼復興協会を辞めることにした。

しかし、思い出は流れない写真救済プロジェクトを辞めるわけではない。

プロジェクトは気仙沼復興協会の写真救済部のスタッフが継続する。

私は、その写真救済部の支援者の一人になりたいと思っている。

気仙沼で農業を行い生計を立て、気仙沼の思い出や写真とは地域活動として関わっていきたい。

再会の日

昨日3月24日は、再会の日になった。

KRA写真救済部の初期メンバーとの再会。

いちごを一緒に売っていた方との再会。

階上中避難所で一緒だった家族との再会。

再会の場は、月立展示場だった。

インスタントカメラで盛り上がる



チェキで伝えたいこと



先日、富士フイルムさんから頂いたチェキで試し撮りしました。

室内では基本フラッシュONにするのが良いみたいでした。

今度カドッコでイベントがあるのでそこで子どもたちに撮って貰うつもりです。

チェキで撮った写真は、その場でスキャンしデジタル化します。

思い出はアナログとデジタルの両方必要なことを伝える場にしたいと思います。

生まれたての組織で泣きながら成長する

私たちの写真救済活動は、マスコミにも取り上げられ認知度は上がっている。

良い評価も頂いている。

しかし、悪い評価も頂いている。

最近、スタッフの勤務態度が悪いというご意見をメールで頂いた。

私自身も同じような考えをもっており改善しようと取り組んでいたので、スタッフ全員にそのメールを読んでもらい、各自に考えてもらった。

そのメールを読みスタッフは、ショックを受けたり、うつむいていたり、やりきれない顔をしていた。

今朝のミーティングでは、厳しい意見(クレーム)こそ成長するチャンスなんだということを話した。

クレームに対して反省は大事だ。

しかしもっと大事なのは、クレームというマイナスをプラスに変えようという意欲が生まれることだ。

私たちは、1年も経っていない生まれたての組織にいる。

思うようにいかないのは当たり前だ。

生まれたての子どもを見ている私は、成長には多くの失敗が必要だということを知った。

さらに子どもは失敗を恐れない。

そもそも失敗とは思っていない。

思うようにいかないときは泣くだけだ。

私たちには、生まれたての子どものように、泣きながら成長すれば良い。

仕事が生まれている実感

今でも、瓦礫撤去中に見つかった写真(拾得写真)が週1回1カゴくらい届いています。

最近の特徴としては、依頼写真が増えたことです。

自分たちで見つけた写真があったけど汚れたまま手をつけられなかった方が、私たちの活動を知り預けていただいています。

先日は、アルバム約60冊を預かりました。

思い出は流れない写真救済プロジェクト 高井晋次@気仙沼シーベリー-1331614189182.jpg

濡れており劣化が進んでいるので、まずは全てのアルバムから写真をはがし乾燥させてから洗浄に入ります。

依頼写真の作業の流れは、次の通りです。

はがしまたは切り取り→洗浄→乾燥機による乾燥→スキャナーまたは接写によるデジタル化→アルバム作り→返却

作業自体は拾得写真と変わりませんが、写真洗浄を依頼された時、仕事が生まれていることを感じます。