福知山線を利用される方や、鉄道ファンにとっては、本日は鎮魂の碑を迎えた。


平成17年4月25日、107人の尊い命を奪ったJR史上最悪の事故となった、JR福知山線脱線事故からまる5年がたった。


この事故は、5年前、宝塚発同志社前行き快速列車が(当時は前4両が同志社前行きで、後ろの3両は京田辺どまりだった)、塚口から南に1キロの右カーブ区間で発生した。


先頭二両はマンションの駐車場に激突し、原型すらとどめない程大破し、とにかく見てられないくらい酷い損傷やったという。


しかも先頭車両が立体駐車場に衝突した為、ガソリンが漏れたので、バーナーやカッターが使えなくなり、救助作業には相当難航したと言われました。

そのためなんと三号車からスクラップすると言う荒作業で・二号車・先頭車を救助したそうです。



救助は阪神大震災の教訓が生かされていた為、消防や地元の方々は迅速な対応をし、なかでも、衝突したマンションの近くにある日本スピンドル製造の対応は迅速やったと言われている。


あと私は堤時代の西武鉄道とJR西日本は余裕のないダイヤ作りがこのような事故を招いたと私は思います。


私としてはこのような事故が、もう二度と起こらんようにしてもらいたいものですね。