アン・ソンギが演じる韓国現代史 | ごんたのつれづれ旅日記

ごんたのつれづれ旅日記

このブログへようこそお出で下さいました。
バスや鉄道を主体にした紀行を『のりもの風土記』として地域別、年代別にまとめ始めています。
話の脱線も多いのですが、乗り物の脱線・脱輪ではないので御容赦いただきまして、御一緒に紙上旅行に出かけませんか。

韓国の俳優アン・ソンギ(安聖基)を初めて知ったのは、『シルミド』という映画でした。

いわゆる韓流スターじゃないですよ。
1952年生まれのオジさんですから。


『シルミド』は、実在の「実尾島684部隊」を素材に、32年間隠匿されてきた真実と、南北分断と国家の思惑の犠牲となった684部隊の3年間の実話を描いた、2003年公開の映画です。
韓国では観客動員数1000万人を越えたそうです。

1968年1月21日、朴正煕大統領を殺害するため、北朝鮮の特殊部隊が青瓦台(大統領官邸)まで侵入するという事件が起こりました。
朴政権と中央情報部は、報復措置として極秘の部隊を創設します。
死刑囚や無期囚などの社会底辺の人々を抱き込み、作戦が成功したら全ての刑罰の取消しを約束したのです。
1968年4月に創設され、684部隊と呼ばれた彼らの目標は、金日成首席を殺してくることでした。
4か月後、海沿いに北への侵入を試みますが、上部からの中止命令が出されました。
国際情勢が南北和解に向かい、中央情報部長が更迭されるなど、急激な変化が起こっていたのです。
旧時代の遺物となってしまった684部隊を除去しろという命令が下されます。
しかし、人間兵器として過酷な訓練で鍛えられた684部隊に、教育兵は返り討ちにされ、脱走した訓練兵は仁川に上陸、バスを奪取してソウルへ向かいました。
鎮圧軍と交戦した挙げ句、大方洞の柳韓洋行の前で全員自爆という最期を選択したのです。


DVDでしたが、圧倒されて何度も繰り返し鑑賞したものです。

主役の訓練兵を演じる若手俳優も良かったのですが、訓練隊長の軍人を演じた俳優が、もの凄く存在感がありました。
台詞まわしも流暢で洗練されていて、おや?韓国語って案外いいじゃん、と聞き惚れました。

それがアン・ソンギでした。

調べてみると、デビューから現在まで映画だけに専念している韓国映画界の重鎮で、数々の話題作や問題作と歴史を共に歩んできた俳優でした。

フランスの映画祭で「アン・ソンギ週間」が催される程、国際的な名声も高く、アジアを代表する名優とも言われます。

子役として70本あまりの映画に出演しましたが、映画と学校の両立が困難となり、1959年にいったん引退。
外国語大学ベトナム語学科に進学、士官候補生を志願したものの、ベトナム戦争が終わり、1978年に『兵士と娘たち』で再デビューしたのです。
イ・ジャンホ監督の『風吹く良き日』(1980)での演技が絶賛され、彼の名声は不動のものになったと言います。

台本を慎重に選び、計算され尽くした演技と徹底した事前準備、天賦的才能、役作りへのたゆまぬ努力と集中力は、数多くの映画祭の受賞として評価されています。

ある映画(おそらく「南部軍」)でパルチザンを演じていた彼は、撮影中の知人の結婚式に、髭ぼうぼう、髪は伸び放題で、ボロボロの軍服姿で現れたと言います。
撮影が終わるまでは、ボロ服に染み付いた主人公の思いの痕跡を消してはならない、その分身として過ごさなければならない、という信念からでした。

だからと言って、彼は、我が儘でお堅い役者ではないようです。
常に人への気配りを怠らず、誰とでも気さくに接して、決して感情を露にしたり怒ったりしないと聞いています。
アンチのいない俳優としても有名です。
韓国の国民は、親しみと尊敬をこめて、アン・ソンギに「国民俳優」の称号を贈っているのです。


僕は数年前から、アン・ソンギのDVDを集め始めました。

僕が韓国映画を初めて観たのは『シュリ』でした。
南北に分断された国ならではの息詰まるストーリー展開と、引き裂かれた悲恋に、胸が詰まりました。

次に観た『JSA』は、38度線警備の南北兵士の心暖まる交流と悲劇に圧倒され、『ユリョン』では、韓国初の原潜というフィクションでありながらも、大国の狭間で虐げられた歴史を歩んできた民族の怨念を感じました。

『八月のクリスマス』『二重スパイ』『殺人の追憶』……と、一時期、韓国映画にハマりました。

同じ民族同士の戦争と分断、軍事政権による圧政と、日本とは比べものにならないくらい波乱に満ちた歴史を歩んできた韓国が産み出す映画は、表現は直接的で、少しばかり青臭い印象もありますが、どれも熱気と迫力を感じます。

アン・ソンギの出演作も例外ではありません。

『シルミド』と同じ系譜で民族内対立を描いた1994年公開の『太白山脈』は、朝鮮戦争前夜の最も混乱した時期に、左翼と右翼の勢力に交互に支配される全羅南道の田舎町ポルギョの住民の悲劇を描いています。
アン・ソンギは中立を保とうとする地元の教師役でしたが、同じ民族で、単なるイデオロギーの違いからいがみ合い、憎しみ合う歴史の哀しみを体現していました。


2001年公開の『黒水仙』は、最初、現代のソウルで起きた殺人事件を描いていきますが、事件を追ううちに、朝鮮戦争中の捕虜収容所をめぐる壮大な人間ドラマが浮かび上がってきます。
アン・ソンギ演じる地元の小作人の男は、北の女性スパイを愛したがために、事件に巻き込まれて逮捕されますが、決して言い訳せず、非転向長期囚として50年間も収容されてしまうのです。
そして、衝撃のラスト。
「誰もその人に触るんじゃない!」
怒りとやるせなさに満ちたアン・ソンギの台詞は、流行語になったそうです。

事件は遠く日本にも及び、宮崎県でロケが行われました。
高千穂峽で始まった追っかけっこが、あれよあれよと照葉吊り橋を渡り、最後は海沿いのサボテン公園で終わったのには爆笑しました。

だって刑事も容疑者も、走ってるんですよ!


南北分断の悲劇だけでなく、印象的だったのが、1992年公開の『ホワイトバッジ』でした。
朴正煕大統領が暗殺された1979年の韓国。
アン・ソンギはべトナム戦争から帰還したハン・ギジュの役で、作家としてベトナム戦の小説を書いていますが、ベトナムの後遺症に苛まれ、妻と離婚、息子とも別々に暮らしています。
酒と無力感で日々を過ごす彼の元に、元部下のピョン・ジンスが度々現れるようになり、ハン・ギジュは、ベトナム戦の悪夢に捕われていくのです。
ベトナムの回顧シーンが、『プラトーン』などのアメリカ映画にも負けない迫力で、戦争の悲惨さと残虐性を伝えていました。
ベトナム戦争のショックから立ち直れない兵士の描写は『ディア・ハンター』を彷彿とさせます。
そして、衝撃的なラスト・シーンへ。

韓国軍がベトナムに派兵していたのは知っていました。
1965~1972年の7年間で、最高時5万人、のべ40万人にも及び、4400人余の戦死者も出ているのです。
その見返りに、韓国は莫大な財政支援をアメリカから受けることができたと聞いています。
大国に翻弄された韓国の悲劇の1つです。


歴史に翻弄される人々の物語ばかりではありません。

1984年公開の『鯨とり』。
片思いに失敗して挫折を感じ、家出した学生と、乞食の親分(アン・ソンギ)が、失語症の売春婦を、売春宿の主人たちに追われながら、故郷の離島まで送り届けるロードムービーです。
旅の果てに、売春婦が言葉を取り戻し、懐かしい母親の懐に抱かれるシーンは泣けました。
鯨とりとは、大きな目的を目指すことを意味するそうです。



老母の死により、家族の不和や葛藤が噴出しながらも和解していく様を描いた『祝祭』は、1996年の作品です。
韓国の伝統的な葬式の様子がよくわかって飽きない映画でした。
伊丹十三監督の『お葬式』に似ていますが、人間ドラマは、こちらもじっくりと描かれています。
波乱に満ちた葬儀が終わり、一緒に記念撮影をする家族のシーンは、ほのぼのと心が暖まりました。
死を新しい生への出発と考えると、死も「祝」となるんですね。


同じ年の『パク・ボンゴン家出事件』は、歌手の夢を抱いた主婦が家出して、彼女を探す私立探偵と恋に落ちるロマンス・コメディーです。
感想は、ふうん、韓国の人は、こういうギャグで笑うんだ──でした(笑)。
アン・ソンギのコミカルな演技を観られたのは収穫でしたけど。

『NOWHERE~情け容赦なし~』は、それまで主役ばかりを張っていたアン・ソンギが脇役に回った初めての映画でした。
しかも冷酷な殺し屋役なのです。
雨が降りしきる釜山の名所「40階段」での彼の鮮やかな殺し屋ぶりには、背筋が凍りました。
その後の見事な変装や神出鬼没の悪役ぶりには、痺れまくりです。
主役のパク・チュンフンは、『チルスとマンス』『ツーカップス』『ラジオスター』などでも共演している、息の合った俳優です。
ラストの2人の格闘シーンは、凄まじい迫力でした。
ちなみに、アン・ソンギ演じる殺し屋の情婦役で、『冬のソナタ』のチェ・ジウが出てました。


チェ・ジウは『パク・ボンゴン家出事件』にもチョイ役で出てますけどね。
こちらは、チェ・ジウのファンは観ない方がいいかも(笑)。

『NOWHERE~情け容赦なし~』が公開された1999年は、『シュリ』が公開されて、韓国映画が大ブレイクした年でした。

人気スター死亡事件をモチーフとした2000年の『真実ゲーム』。
コンサート会場内で人気歌手が殺された事件で、犯人として逮捕された女子高生を取り調べるのが、アン・ソンギ演じる検事です。
女子高生を演じたハ・ジウォンの目力が凄まじくて、アン・ソンギが翻弄されているのが新鮮でした。
相手がアン・ソンギだからこそ、ハ・ジウォンが輝いた印象です。
彼女とは、後に『第7鉱区』でも共演しています。
『真実ゲーム』最後のどんでん返しには、息をのみました。


同年の『キリマンジャロ』は、社会の底辺で生きるヤクザな男たちの群衆劇でした。
どうしようもなく不器用で、メンツに拘りながら追いつめられて生きていく田舎のチンピラの親分を、アン・ソンギは人間味たっぷりに演じていました。
男の悲哀を描いたストーリーは、限りなくやるせなく、切なく感じます。
救いようのないこのようなストーリーは、僕が最も苦手なジャンルなのですが、それだけに、今でも強い印象に残っています。



若い大統領が娘の担任の女性教師とロマンスを繰り広げる、韓国版『大統領の恋人』とも言うべき『ピアノを弾く大統領』。
チェ・ジウとの共演で、大統領を演じるアン・ソンギの暖かくて誠実な人柄が魅力的でした。
きちんと、国民に目を向けた政策を行っている大統領役でしたから、不人気を隣国叩きでかわそうとするどこやらの大統領とは大違い、彼がホンモノの韓国大統領だったら日韓関係も……、と、これは脱線ですね(汗)
心がホカホカと暖まる映画で、どのシーンも微笑ましく、本家より好きになりました。
2002年の佳作です。


2006年公開の『ラジオスター』は、全盛期を過ぎたロックスターとマネージャーの友情を心温かく描いた感動作です。
コミカルなアン・ソンギの演技は絶好調で、こちらも見終わってから幸せな気分に浸れます。
ラスト・シーンのアン・ソンギ、何度見てもいいのですよ、これが。
テーマ曲の『雨とあなた』も良かったなあ。


2009年の『不器用な2人の恋』は、自分の世界に閉じこもった中年男と娘のように若い女性の恋愛物語です。
ラストをまとめきれなかったような脚本に、若干の難ありでしたが、アン・ソンギの不器用なキャラは必見です。
この映画は、若手監督を育てるため、ほとんどギャラなしで出演したと聞いています。
韓国映画の発展のためなら、アン・ソンギは決して労を惜しまないのです。



他にも日本でDVD化されている映画は、時代劇『スキャンダル~永遠の帝国』、ホラー物『ソウル・ガーディアンズ』、恋愛物(?)の『美術館の隣の動物園』、伝説的な画家を描いた『酔画仙』、中国の大作に出演した『MUSA~武士~』、時代劇『アラハン』、時代劇『デュエリスト』、光州事件を描いた『光州5・18』、日本の漫画が原作の時代劇『墨攻』、日韓が戦争状態に陥る(笑)『韓半島』、刑事物『最高のパートナー』、韓国版タワーリング・インフェルノで消防署長役の『ザ・タワー』、マラソンのコーチ役を演じた『ペースメーカー』、深海の怪物に襲われる海底基地を描いた『第7鉱区』などがあります。
脇役も多いのですが、アン・ソンギが登場するだけで画面が引き締まるような存在感は、流石です。
たとえ数分間の出演だとしても、アン・ソンギを見たいがために、DVDに数千円を払うのは、僕は惜しいと思わないのです。


『光州5・18』や『最高のパートナー』は、DVDを購入したのですが、なかなか忙しくて、まだ未見です。
「韓半島」は、早送りしながら、アン・ソンギの出る場面や日韓の艦隊が対峙するとこだけチラ見しました。
日本向けのインタビューで、アン・ソンギは「(『韓半島』は)あまり深刻に受け止めず、娯楽作品として観ていただければ」などと話していましたが、まあ、この映画の問題点がわかっているからこその、やや苦しい発言と、お察ししました。
大丈夫、アン・ソンギさん、映画は日本人としてこの上なく不快でしたが、貴方の大統領役は、カッコ良かったですよ(笑)

時代劇は食わず嫌いなんですが、これも余裕があれば観たいものです。

でも、日本のDVDは、韓流にばかり目が行っちゃって、アン・ソンギの80~90年代の代表作をなかなか発売してくれません。

『祝祭』や『太白山脈』は中古DVDで1万円近くしました。
売り切れてる作品もあります。

僕は観たいのです!──

アン・ソンギの出世作『風吹く良き日』を。

アメリカで暮らす韓国人の野望を描いた『ディープ・ブルー・ナイト』を。

独裁政権下で虐げられた庶民を描いた『チルスとマンス』を。

朝鮮戦争のパルチザンの悲劇を描いた『南部軍』を。


韓国で最も成功したと言われる喜劇『トゥーカップス』を。


小栗康平監督が主役にアン・ソンギを抜擢し、役所広司と共演させた邦画『眠る男』を──。


1984年の『鯨とり』が、最近、DVDとして発売されたのは朗報でした。
これから、アン・ソンギの古い作品が出てくるかもしれませんよね。

戦争の惨禍に傷つき、分断と軍事政権下で呻吟してきた隣国の悲劇の歴史は、充分に理解出来ます。
その中で負けずに生き抜いて、繁栄を手にした隣人の優しさとたくましさは、尊敬に値するとも思っています。

アン・ソンギが演じ続けて来たのは、日韓併合、朝鮮戦争、南北分断、ベトナム参戦、シルミド事件、光州事件などといった激動期にあって、韓国社会が抱える様々な問題や矛盾に翻弄されながらも、ビシッと筋を通す反骨精神に溢れた人物でした。


最近は、久々に主役を務めた「折れた矢」で、検察や裁判所のメンツだけでミスリードされた裁判に立ち向かう男を、スカッとするような頼もしさと力強さで、見事に演じていました。
これぞ、久々に観た、アン・ソンギにしか演じられない役柄と、嬉しくなったものです。
実話に基づいているらしいのですが、いやいやいや、韓国の裁判、マズすぎだろ、と言うような問題作で、ハッピー・エンディングではありませんでしたが、アン・ソンギの演技に救われた思いでした。

これからも、社会を映す鏡のように、映画で韓国の現代史を語り続けてきた『国民俳優』の軌跡を、僕は、もっともっと追ってみたい、と思っているのです。

    
†ごんたのつれづれ旅日記†-ahn-sung-ki-best-korean-male-actors.jpg


↑よろしければclickをお願いします m(__)m