登場する人物、団体、名称はすべて架空のものです。


この小説は


”Obsessed with you”との連動小説となっています。


初めてごらんになる方は


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俺は携帯のディズプレーをのぞく里奈の顔に


今まで見たことのない嫌悪の表情を見て




「どうした?」




と尋ねると、


里奈はディスプレーを見つめたまま




「もう・・・面倒くさいな・・・」





と俺の問いかけへの回答なのか


ただの独り言なのか


区別がつかないような小声でそう呟いた。




「・・・何かあったのか?」



俺はもう一度里奈に問いかけてみた。




「あ・・ごめん…。


うーん・・・


ちょっとね・・・会社の部下からだった。



前々から悩みを聞いてほしいって


頼まれているんだけれど・・・」




そう言いながら


里奈はパタンと携帯を閉じた。





「え?じゃ、かけ直してやれよ。


俺はかまわないからさ。」




俺が、里奈が手に持ったままの携帯に目をやって


顎で指図するようにそう促すと、


里奈は再び眉間にしわを寄せた。




「でも・・・せっかくの休日だし。。。


私は恭祐と一緒の時間を大切にしたいのよ」




そう言って里奈は口を尖らせたが


俺にはそれが電話をかけたくない


口実のように聞こえた。




「・・・そか・・・」



俺はそれ以上口出しすべきではないような雰囲気を感じて


そう短く頷いた。




すると里奈は


そんな俺に気づいたのか否か、


眉間に更に深く皺を寄せて




「だって・・あんまり話したくないのよ。


この娘と。



こんなこと言ったら悪いけれど…


すごく暗い子なの。」




と言わなくても良い


電話をかけられない本当の理由を


話し出した。




そして、それが彼女の愚痴のような気がして


俺は黙って聞いてやることにした。




「悪い子ではないんだけれど・・。


でも暗い上にすこし失敗が多いから、


周りの人間から少し嫌われていて、


部内でうまくやっていけていないのよ。




でもだからって


それってどうしようもないことでしょう?


子供じゃあるまいし。



しかも、この娘、派遣社員なのよ。


派遣社員だったら、


派遣元に相談すればいいと思わない?」





里奈はその部下の愚痴とも


悪愚痴ともつかない、


とめどもない話をしだし、


俺はそれを聞いて


ドキリとした。




2週間前までだったら


こんな話を聞いても何とも思わなかったのかもしれない。



でも、今、俺の頭の中で


里奈が説明しているその部下の姿が、


先週の俺のそれと重なっていた。




俺も…


学校で事件が起こって


校内中の鼻つまみ者になった。



たったの数日間の誤解だったけれど


誰かに助けを求めたいくらい


落ち込んだ。




「なぁ・・・


その子の相談に乗ってやったら?」




愚痴を言い続ける里奈に


俺は思わずそう言っていた。




昔から女性の愚痴を聞くときは


俺は必ず聞くことに徹するように


意識しているのだが、


今日はそれができなかった。




そんな今までと違う俺に


里奈は驚いたような顔を一瞬見せたが、


しかし、俺のその提案を


彼女は一蹴した。



「えぇ??無駄よ。


今の話聞いていたでしょう?


私が何かしたところで


彼女、何も変わらないわよ」




その彼女の言葉を聞いて、


そうか・・・といって


引っ込めば済む話なのかもしれないが


俺はさらに訴えてしまう。




「確かにいろいろ問題を起こすだろうけれど


彼女にだって


何か困っていることがあるんじゃないか?


だから、上司のお前に頼っているんだよ。



話を聞いてやって


彼女の背中をちょっと押してやるだけで


うまくいくかも知れないじゃないか」



珍しく引き下がらない俺に


里奈は一瞬たじろいだが



「なんで恭祐はこの部下の肩をそんなにもつわけ?


私だって昇進のチャンスがかかっているのよ。


いま変に係わって、問題に巻き込まれたくないの!!


もう・・・面倒くさいの!」




と半ば叫ぶように声を荒げ、



「ほんっと、


派遣社員のくせに、


うちの会社に合わないとかいうんだったら


やめちゃえばいいのよ!」




と吐き捨てるように言った。




里奈はそこまで言うと


我に返って


言ってはいけないことを口にしたとでも言うかのように


一瞬、目を斜め下で泳がせたが


すぐに顔をあげて




「ごめん。


やだなー、私としたことが・・・


ちょっと熱くなりすぎた…


って、もう・・・やだな・・・


彼女だって大人なんだから


自分で解決するって。」




と、先ほどの剣幕がまるで嘘だったかのように


にこにことした。




「そぅ・・・か・・・」



俺はそう答えるのがやっとだった。




そして、里奈の激しい雰囲気の


移り変わりに着いていこうと


必死に顔に笑みを浮かべようと頑張った・・・


が、無理だった。




むしろ、俺は今の里奈の完璧なまでの笑顔に


違和感を覚えていた。



そして頭の中には、


さっき里奈が吐き捨てるように叫んだ言葉が


渦巻いていて、容易に消すことができず、


むしろその言葉の濁流の中で


まるで自分が切り捨てられたような気持ちになっていた。




俺は…彼女に期待をしていたんだ。




「そうね。彼女がみんなと仲良くなれるように


応援しなきゃね」



とか



「彼女にも人知れず悩みがあるのかもしれないから


みんなの誤解を取り除けるように


私、がんばるわ」


とか


そんな風に言ってほしかったんだ。




そして、俺はそんな里奈の優しい言葉を聞いて


その部下を自分と重ね合わせて


慰められたかったんだ・・・。




そんな自分に気づいた瞬間、


あの時の感情がフラッシュバックのように戻ってきた。




たったの数日だったが


学校の中で猥褻教師のように扱われた俺。




誰も味方になんてなってくれなかったし


声をかけてくれる奴すらいなかった。



あれだけ周りに纏わりついていた生徒でさえも


踵を返したかのように、俺に背中を見せた。



俺は目の前に立って


不自然なほど笑みを浮かべる里奈が


そんな教員や生徒の一人のように見えてきた。




彼女がもし同僚だったら


多分、彼女に


『面倒くさい』、


『係わりたくない』


と思われるいたのかもしれない。




そんな妄想に打ちのめされそうになった


その時だった。


里奈がソファーの上に座る俺の隣にストンと腰を下ろして


その振動で俺は我に返った。



「っ・・・」


里奈の横顔がそこにあって


笑顔を浮かべている。



俺はその顔に恐怖感まで覚えた。




「もう・・・恭祐ったら


いつまでさっきのこと考え続けているの?


もう忘れて。



あっ、ねぇ、


この間リリースされたばかりのDVDがあるんだ!


一緒に見よう!!」




俺の感情を見て見ぬふりをするかのように


里奈はそう言って


彼女はソファー脇の小さなテーブルに


手に持っていた携帯を投げ出すと


代わりにリモコンを手に持つと


立ち上がって、テレビ下の


DVDデッキを触り始めた。





でも俺は・・・


その投げ出された携帯から


目を逸らすことができない。




里奈の部下のその子は


俺たちがこんな事をしている今も


あの時の俺みたいに悩んでいるのかもしれない。



その想像する彼女の部下が、


あの月曜日の夜に


悩んでいた自分の姿と重なる。




俺はとてもじゃないが


今、DVDなんかを観る気になれなかった。




「・・・・・・・・


ごめん、今日は帰るわ。」




俺はやっとのことで声を出した。




すると、こちらに背を向けて


屈みながらDVDデッキを触っていた里奈が


驚いたように振り返って立ち上がった。




「え??」



俺はソファーから立ち上がると


ベッドルームに入って


昨夜脱ぎ散らかした洋服を拾い上げて


急いで着がえた。




そんな俺の背後に里奈が困惑して


立っているのが分かる。





「ちょ・・・


恭祐?


何?


どうしたの?


さっきの、怒っちゃったの?



私が恭祐の言うこと、


聞かなかったから?」




「・・・」




「ねぇ、答えてよ。」




里奈が俺の応えを求めるが


俺もなんて答えていいのかわからず


黙って最後の靴下を足に通した。




そんな俺に里奈が必死で



「ごめんなさい!


謝るから!!


だから、行かないで!!」


と哀願する。




俺はその里奈の懇願を聞いて


靴下を履く手を止め、


里奈を見上げた。




里奈は半分泣きそうな、困ったような顔をしている。




「ごめん。違うんだ。


里奈が悪いんじゃない。


俺が…悪いんだ…」



俺がそう応えると


里奈は



「え?どういうこと?


分からない。」



と言った。




確かに・・・


俺の言っていることはわけが分からない。



でも、少なからず


彼女が悪いわけではないのは


確かだった。


俺に彼女の弱い部分を抱擁してやる余裕が


今はないんだ。





「ごめん・・・」




俺は、おろおろと立ち尽くす彼女に


そう謝ると、


玄関に並べてある靴を履き、


飛び出すようにして外に出た。




玄関を出る時、


里奈の



「恭祐!!」



と泣き声にも似た声が聞こえたが、


俺はその呼びかけに応じて


部屋に引き返して


彼女を抱きしめてやるだけの心の余裕がなく



俺は彼女の部屋を後にした。



続く

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