登場する人物、団体、名称はすべて架空のものです。


この小説は


”Obsessed with you”との連動小説となっています。


初めてごらんになる方は


→ 小説インデックス をご覧ください。




ある金曜日の朝。


私はいつも通り、少し早目に登校して、


自分の席でボーっと朝を過ごしていた。



学校の最大イベント、文化祭が終わっちゃって


なんだかさみしい。


私は元々、あまり群れるタイプじゃないけれど、


あのイベントは楽しかったなぁ・・。



既に文化祭の痕跡さえない教室の中だったけれど


思い出として残る文化祭の余韻に浸りながら


すぐ横の窓の向こうにある


校庭の上に広がる青い空を見つめていた。




その時だった



「美桜、おはよ~!!」



背後から挨拶の声がかかる。




顔を見なくてもわかる、


その黄色い声の主は


城崎 亜由美




文化祭で一緒に小道具を担当してから


彼女との距離が縮まった。



おしゃべりが大好きな彼女と


口下手な私。



凸凹が合わさったみたいな私達で


周りは不思議そうだけれど


なぜかお互いに一緒にいて嫌じゃない。




彼女のそのハイテンションに


朝は少しうざく感じる時があるけれど・・・。





私はゆっくりと後ろを向いて


亜由美に


「おはよ」


と返した。




亜由美は自分の鞄も席に置かずに


手に持ったまま、


私の前の席にある、


まだ来ていない荒井さんの椅子を


ギィっと引いて


背もたれを抱えるようにして


またがるように座ると、


顔を私の顔に思いきり近づけて言った。



「ねぇ、美桜、聞いた?


桧山の話!!!」



桧山?


あの時々挙動不審な


英語の先生が何か?




私はあまり興味なさそうに



「うぅん」



と答えると




亜由美は


そうでしょ、そうでしょと言わんばかりに


嬉しそうに自分が得た情報をひけらかし始めた。



「桧山やばいらしいよ!


なんかね、生徒を侵したらしい!」



その言葉に私はドキリとした。


私も中学生の頃、押し倒されて怖い思いをしたから。


だから、そう言う話は人ごとじゃなかった。



「え???それってホント?」



私の表情が急に真剣になったのを見て


真由美は



「すごい、さすがの美桜も、


エッチな話には興味あるんだ!」




と更に顔を輝かせた



興味って言うか…


被害者の生徒は


大丈夫だったかなと思って・・」




「え?そっち?」



真由美は唇を尖らせた。


彼女の一番の関心事と


私のそれが合わなかったらしい。





「だってさ・・・


もしそれが本当に話だったら


被害者の女性はショックだったと思うんだ。すごく・・・。


でもそれ以前に、それって本当の話なの?」




私の訪ねたことが


真由美の話したい論点から大きく外れたらしく


逆に真由美の声がつまらなそうになる。




「知らないけど・・・。


なんか2年のあのめちゃめちゃ真面目そうな


秋川先輩が制服を乱しながら


LL教室から走って出てきたって話だよ。


で、その後桧山が出てきたって言うからさぁ。


もうそれって、間違いないでしょ?」




うん・・・。でも、


『暴行がその場で行われたかどうか』とか


『桧山先生が犯人だ』


って決めつけるにしては


あまりにも性急すぎるんじゃないかな?



たしかに噂するのは自由だけれど


レイプって相当大きな罪だから、


それだけ慎重にならないといけないんじゃない・・・??




私は良く聞く痴漢の冤罪の話なんかを


思い浮かべながら


話が話だけに、


現状、口伝えだけで聞いた話を


鵜呑みにする気にはなれなかった。




親から常々教えられている、


「噂話で人のことを裁いてはいけない」


というセリフを頭の中で復唱し始めた


その時だった



教室の扉がガラガラと開いて、


担任の久保田先生が入ってきた。


HRの時間だ。



真由美は言いたいことを言えずに


不完全燃焼したような顔をして


席から立ち上がると




「じゃ、続きはまた後でね」



と言いながら、鞄を持って


自分の席に戻って行った。




私は担任が立つ教壇の端の壁に貼ってある


時間割表を改めてみた。




今日は英語はない…



少しホッとした。




この日、休み時間になる度に


そこここで桧山先生の噂が飛び交っていた。




秋川先輩・・・大丈夫かな?


桧山先生が・・・もし犯人なら・・


私絶対許せない。



でも・・・今はまだ・・・。




そう思っていた時だった


廊下側の壁にあるすりガラスの窓の一つが


大きな音を立ててガラッと開いた。



教室の中がその大きな音で静かになった。


廊下から顔をのぞかせたのは・・


3Cの向井先輩だった



「九条!!」



私に手招きをする向井先輩。


教室の中が少しざわっとなる。



後夜祭の準備で仲良くなった私たちは


文化祭の後から学校中で


私たち2人が付き合っているんじゃないかって


噂されているのは知っていた。



生徒会員でお笑い芸人みたいな先輩は


学校の中でも大人気だから


噂になってもしょうがないんだけれど


私は、正直、居心地が悪い。




後夜祭の準備中、告白されて


文化祭終了後、答えを聞かせてほしいと


言われたけれど・・。


お断りしていた。


向井先輩は、すごくいい人だと思うけれど


男性的にどうこうっていう目では見られなくて・・・。



なのに・・向井先輩はこうやって時々


私に会いに来てくれる。



困ったな…。今日は何だろう??



私はゆっくりと席を立つと


後ろの扉から廊下に出た。




「九条、あのな、文化祭後記を書いた


広報を発行するんだけれど、


手伝ってくれないか?」




一緒に何かしたいということなのかな?


でも、ま、いいか・・・それくらい。



私は



「いいですよ」



と答えた。




「ありがと。


じゃ、来週月曜日の放課後、


校舎の屋上から写真撮るから、


屋上の扉前くらいで待ち合わせでいい?」



向井先輩が嬉しそうに言う



「わかりました」



私はそう答えて


向井先輩に軽く会釈すると


教室に戻った。



自分の席に戻るために


真由美の席の前を通った時に



「向井先輩、まだ美桜のこと


あきらめてないみたいだね」



といたずらっぽく声をかけてきて



私は


さぁとでも言うように


首を傾げて見せた。




でも、そんな私たちのことなんかより、


今は桧山と秋川先輩の話で持ちきりだった。




生徒同士の噂だから、

すぐにどこかに飛び火するだろうな。



真実が分かるまで、私はなるべく


中間の立場でいよう



そう決めた。




明日は土曜日。


秋川先輩のためにも


桧山先生のためにも


週末の間に


噂が少しでも小さくなっていればいいけれど。






週末が明けてみて・・・


噂は小さくなるどころか大きくなっていた。



もう、桧山先生をレイプ犯扱いする人まで現れて


まるであっという間に広がる


山火事を見ているようだった。



今日は・・・英語の授業がある…。


6時限目に…。


みんなどういう感じで授業を受けるんだろう?



その6時限目がやってきた。


5時限目の後の休み時間、


教室は異様な雰囲気に包まれていた。



ある人なんかは


2年生の先輩からの


伝令とやらを発表し始めた


桧山の授業をボイコットするようにと。


つまり、授業中、


先生と目も合わせなければ、


手もあげないということ。



桧山先生のことを


怖いと言い出す人までいて…。


なんかちょっとしたパニック。



あんなに桧山先生桧山先生と


くっついて回っていた人たちまで…


みんな扇動され過ぎだよ。





そのうち、6時限目を知らせるチャイムが鳴って


その途端、


教室中は水を撃ったように静まり返った。



そして・・・しばらくして


桧山先生が扉を開けて


教室に入ってきた。



桧山先生の顔は


心なしかやつれている。



本人の耳にもこの噂は届いているのかな?



この異様な雰囲気を存じていましたと言わんばかりの顔。



犯人かどうかは別にして、


桧山先生が少しかわいそうに感じた。




教壇に立った桧山先生。



「じゃ、今日は昨日の復習


Open your textbooks to page 46.」



いつもより小さめの声でそう言ったが、


教科書を開く生徒は数えるくらいしかいない。



みんな本当にボイコットする気なんだ。



桧山先生は


教科書を開かない生徒の様子に


目もくれずに私たちに背を向けると


黒板に



We can finish this work within a week.



と書いて向き直り、



「誰かこの文章を受動態に直してください。」


と力なく言った。


でも・・・誰も手をあげない。



なんで?


今はまだ噂話でしかないじゃない。



先生は、先生だけれど


今の先生はまるで


いじめられっ子に見える。



何故みんなそんなに確信をもって


この人が犯人だって


決めつけられるんだろう。


私たちの言動が


この人の人生を左右するかもしれないのに・・・



その時、桧山先生の辛そうな溜息が


ここまで聞こえてきた。



私は、耐えきれなくなって


普段はあまりあげない手を挙げた。



桧山先生は挙がった私の手を見つけると


驚いたように少し目を見開いた。



「・・じゃぁ・・・九条」



少し間があって


先生は私を指名した。



「This work can be finished within a week.」



私は必要なことだけ言ってすぐに座った。



「その通り」



そう言う先生の声は


さっきより少しだけ明るくなったように感じた。



その後、


先生が哀れに見えたのか


私の気持ちを汲んでくれたのか、


数人がきちんと授業に参加してくれて


私はほっとした。



こうして、酷く張り詰めたような空気の中で始まった


月曜日の最後の授業は


少し和らいだ雰囲気で終わった。





この授業の直後の放課後。



私は向井先輩と約束した


待ち合わせ場所、屋上前に来ていた。



先輩、まだ来ていないんだ・・。


私が早く来ちゃったのか・・・。


なんだかこれじゃ、


私が先輩との約束を心待ちにしていたみたい。



ちょっと気恥ずかしさを感じていた時だった。



普段はめったに誰も使わない、


屋上前の踊り場にある


女子トイレから


数名の声が聞こえてきた。



あまりにも静かな踊り場で


聞きたくなくても


会話が自然と耳に入ってくる。



「悠実、やばくない?


まじで、隠しておいた方がいいって。


大丈夫、そのうち噂なんて消えるって」



「かなぁ?」



「保健室の瑞穂さんにも


何も言わなかったんだよね?」



「うん・・・」



「それで良かったんだよ。


とにかく黙っておきな。


大丈夫だよ。


桧山先生もわかってくれるって。」




「でも・・・桧山先生、もう言っているかも。


わたしが勝手に制服を脱いだって」



「あぁ・・・そっか。。。


でも、その時はさ、


押し通しちゃえばいいじゃん。


あたしそんなことしてませんって。」



「そうだよ。


あの悠実の厳しいお母さん、


悠実が制服脱いで


教師挑発しようとしたなんて知ったら


何するかわからないよ。


とにかく黙っておきな。


なにもないって。


大丈夫だって。


最悪、桧山がほかの学校に変われば


済むことじゃん。


しかも、桧山、女にもてて


ちょっと調子づいてるんだしさ、


悠実にこんな恥ずかしい思いさせたんだし、


ここらで痛い思いさせておいた方が


いいんじゃない?」




この会話…


秋川悠実先輩と


その友達?


え?じゃ、なに?


桧山先生、悪くないんじゃん。


秋川先輩が


勝手に服脱ごうとしただけなんじゃん・・・。



しかも、この最悪な友人は


秋川先輩の体裁を保つために


何もしていない桧山先生を


犠牲にしてまで真実を隠そうとしているってことだ・・・。


それって本当の友達がやることか???




3人の会話から真実を聞いた私。


保身のために必死な人達と


今日の授業でみんなからひどい扱い受けても


生徒を守るためか何か、


兎に角、言い訳一つしようとしなかった桧山先生。



対照的。



これってあまりにも・・・ひどくない?



私は思わず、トイレに踏み込んだ



「今の話、ちゃんと誰かに


言わないといけないんじゃないんですか?」



3人の背後から急に声をかけた私。



全員の肩がびくっと震えたのが分かった。



3人は頭だけをこちらに向けると


その中の一人が「1年生か・・」とつぶやいた。



「悪いんですが、


今の話、全部聞いちゃいました。


誰かに報告してください。ホントの事!」



私がそう促すと


秋川先輩の友人2人は


私ににじり寄る様に近づいてきて



「てか、あんたには関係ないことでしょ?


なんなの?」



とはき捨てるように言った。



でも、ここで引き下がるわけにはいかない。


だって、人1人の一生が


この人たちの言動にかかっているんだから。




「性的な暴力って、


世間でどういう風に扱われるか、知っていますか?


もし公に


『桧山先生が秋川先輩に暴力を働いた』


なんていう話が流れたとしたら


学校の中だけじゃ納まりませんよ。


下手したら警察沙汰です。



しかも、桧山先生の一生を


あなたたちが台無しにするんです。


ほかの学校で勤めればいいなんて


そんな甘い話じゃなくなりますから。


わかってますか?


人の人生を左右することになるんですよ!!」



私がそこまで話すと


秋川先輩は困惑したような表情を見せ始めた。


しかし、対照的に秋川先輩を守るように両脇に立つ


先輩の一人が攻撃的に言った。



「ちょっと、あんた、


桧山のこと好きとか何か?


あれ?あんたさ、


もしかして、3年の向井先輩と付き合っているっていう


あの1年?


勘違いしてんじゃねーよ!!」



そこまで言うと


先輩は脅すように


私の襟をぐいっと掴んだ。



その時だった。




「悪い、俺も今の話、


途中から聞いてた」



振り返ると向井先輩が


女子トイレの入り口の隅の方に立っていた。



その途端、先輩は私の胸元を強く握っていた手を


急いで引っ込めた。



「俺も、九条の言う通りだと思う。


ほんとのこと、


ちゃんと言ったほうがいいと思うよ。


で、もし言えないようだったら、


九条と俺で今聞いたことを


誰かに報告しに行くよ。



そうなったら、秋川は


今の時点では何も非がなくても


真実を隠避したという行為で、


少なからず、責任を問われることになると思うよ。


友人の君たち2人もね。」



向井先輩がそう諭すと


秋川先輩は今にも泣きそうな顔で、


「今日、ちゃんと報告します」


と弱弱しい声で言って


他の2人を連れ、


逃げるようにトイレを出て行った。



3人の背中を見送って


ゆっくりとトイレを出ると



向井先生がニヤニヤとこちらを見ながら


「俺驚いたよ。


九条ってスゲー怖えーんだな。」


といたずらっぽく言った。



「そんなことないですけれど…


なんていうか、


ああいうのだけは


ちょっと許せなくて・・・。」



そう真剣に言う私に向井先輩が



「だな」


と言った…。




真実が分かった今・・・


私は桧山先生の切なそうな顔を思い出していた。



辛かったろうな・・。


学校中の全生徒から犯人扱いされて・・・・。



向井先輩と後記の準備をしている間・・・


桧山先生のあの憔悴しきった顔が


私の頭から離れなかった。



一連の作業が終わっても、


桧山先生の落胆した顔が


頭から離れず、


私の足は自然に職員室に向かっていた。


何ができるわけではないけれど


とにかく、桧山先生が大丈夫か


見に行きたかった。




廊下の向こうに職員室の出入り口が見えてきて・・・。



ちょうど桧山先生が出て来たのが見えた。


手にたくさんの資料が入った紙袋と鞄を持って・・・。



先生はうつむいて、私の横を通り過ぎて行った。


その顔はあまりにも痛々しくて・・・


私は声をかけられなかった。



多分、もうすぐ、もうすぐ


みんなに真相がわかるようになるから・・・


もう少しだから・・・。



私は桧山先生の背中を無言で見送った。






明けて翌日。


朝のHRで久保田先生が


桧山先生と秋川先輩の件で、


どちらにも非がないことを教えてくれて


私は秋川先輩が事実を話してくれたんだと


分かった。



これで、終わったんだ・・・


本当に本当に、良かった。。。。



桧山先生、これで少しはホッとできているかな・・・



窓から見える秋の空を眺めながら


私の心も落ち着きを取り戻していた。



続く


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