西新宿 バー ベンフィディック

西新宿の高層ビル群を目の前にひっそりと9階に佇むBarでございます。


テーマ:
鹿山です

今回は100年以上前のabsintheについて








当店のBenFiddichには100年以上昔の
禁制前のabsintheがたくさんある
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ファミコンのドラクエで
コツコツとレベル上げをして意味もなくレベル99まで到達して悦に入る少年時代

大人になっても好きなもの(absinthe)をコツコツと収集して
悦の領域に入るのは変わらないのだ


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そして、バラモス城付近に出現するはぐれメタルを倒してレベル99でバラモスやゾーマに対して圧倒的強さで勝利を収める

鹿山はコツコツ型だ









話しは戻り








先日行われた『酒育の会』でabsintheセミナーにおいて講師としてabsintheを語らせてもらった
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内容として

アブサンの歴史及び製造方法の実演

1 アブサンの歴史

2 現代アブサンの現地情報 
フランスアブサンの聖地 ポンタルリエからスイストラヴェール地方の現地レポート

3 ボタニカルブームからの観点による今後のアブサンの流れの考察

4 アブサンを使った古典カクテル&現代版のカクテルの実演

5 アブサン試飲アイテム

6 自家製アブサンの造り方、実演



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このセミナーにおいてのよくあった質問
さらにはBenFiddichのカウンターでの常日頃の
質問としてよく聞かれるのが
禁制前のabsintheと現代のabsintheはどう違うのかという事項











禁制前の基準としての年号は
1915年以前としておく









19世紀後期より


 absintheが禁止になった国々をざっくり列挙していくと

1898年にアフリカ コンゴで禁止

1905年ベルギー

1909年オランダ

1910年 スイス

1912年アメリカ

1913年イタリア

最後に

1915年フランス

 








最も流行していたフランスでのabsinthe禁制が最後なのは巨大産業となるabsintheの多額な税収を捨ててしまうという国の実情





周りの国々がabsinthe禁制になっていく中



フランス国内では必死にabsinthe禁制免除を訴える対抗勢力が存在




それはもちろん政治業界まで喰い込んだabsinthe愛好家であり、直接的でも間接的でもabsinthe産業に関わるもの達だ



ペルノ一やデュバル、エドワード、キューゼニアなどabsintheを作れるのは大手のみ(粗悪なabsintheの排除)という提案

もしくはさらなるabsintheの酒税への増税など

情状酌量措置を提案するが



当時ヨーロッパを圧巻している(後に繋がるアメリカ禁酒法)禁酒論者のabsintheに対するヒステリックな糾弾


それに拍車をかけて援護射撃するワイン業界によるロビー活動

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この当時の風刺画が解りやすい

他のアルコールがある中、特にabsintheが代表して
ギロチン台に登壇させられている









absinthe禁制の是非

フランス政府も最後の最後まで悩み抜く





が、





1914年 第一次世界大戦勃発という混乱期、及び贅沢は敵という風潮がトドメを刺してabsinthe及び華やかなベルエポック期の終焉となる

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話しは戻り

禁制前のabsintheと現代のabsintheはどう違うのかという事項









答えは
absintheという基本概念は大枠でいうと変わらない
ただ二者を比較するとこうだ



現代absinthe(absinthe解禁の2000年代以降)
ほぼ全ての造り手が当時のオマージュとしてのレシピ復刻として造っている

②当時の非absinthe生産国でも作られている

③国によっても異なるがabsintheの主成分における
ワームウッド、フェンネル、アニスなどの成分による薬事法上の基準値が国ごとに設けられる(これは大雑把で守られてない)




禁制前のabsinthe(1915年以前)

①粗悪なネゴシアンが蒸留所から買い入れたabsintheに工業用アルコールでカサ増しされ販売
これは芸術家や一般市民が飲んでいた下級absintheだ
(これに関しては別の時に記事として書きたい)
ブランド名の記載がないabsintheがある




②逆に出所がわかるブランド名が記載されている
absintheは高級absintheだ。
ペルノー、キューゼニア、ベルジェ、エドワード、デュバルなどだ

ブランド名記載の禁制前absintheに関してはいくつか飲んだが
抜群に旨い
良質なアニスはアフターがチョコレートのニュアンスがあり、そこにワームウッドが良質であるならば干し草のようなハーバル感が加わる
このアニスとワームウッドの絶妙なコンビネーションは禁制前のabsintheの特徴だ。
当時一世を風靡していたabsintheなだけに
各々が切磋琢磨した時代だけあり高級ラインナップは
旨い。
それは原料の良し悪しであるが、
需要が高ければ原料も良い。

ボタニカルである原料は保存期間が長ければ質が落ちる。
常に回転していれば原料の質は落ちない

日本に流通する乾燥ハーブ、スパイスの香りがたまに残念なのがあるが、これが原因だろう
消費者に落ちる前にどこかに長く留まっている

absintheの決め手であるニガヨモギも当時は現地で栽培して収穫しているのも強い
いまは他国からの輸入品が多い




③100年のボトルエイジングによる味わい



ボトルエイジングに関しては賛否があるが
鹿山は肯定派だ
何をもってのボトルエイジングなのかは色々と言いたい人はいるが大いに変わる

absintheは単体原料ではなく様々なボタニカルから成す。
この部分でも単体原料のアルコールよりは経年で味わいが顕著に変わる
更に100年の経年によりアルコールの揮発により
液面低下する。
禁制前のabsintheのアルコール設定は基本70度前後だ。
揮発することによりアルコール濃度が下がっても50度代はキープし、
むしろストレートで飲んでも旨い
そして現代においては700ミリボトルが多いが
1930年代以前のボトルはリッター瓶が基本の為
空間における液体アルコール残存量が大きく保存に向く。








以上がざっくりした違いだ







そして
今回 BenFiddichにおいて
紹介する禁制前のabsintheについて御紹介したい
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Cusenier社のabsintheだ。

ボトリングとしての時代は1911年〜1915年である

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この上の表記の『ELIXIR HYGIENIQUE』
が1911年〜1915年
それ以前は『ABSINTHE』という表記なのだ

1910年にはabsinthe発祥の地スイスでも禁制になった為、この1911年〜1915年では表記に対しても気を使われている。


それ以前の画像をネットより拝借した

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表記は『absinthe』だ


この
Cusenier社は日本でもお馴染みのリキュール総合蒸留所だ
今では多数のフルーツリキュールをフランスから世界中に送り出しているビックカンパニー


もとい、この蒸留所の創立は1868年
1870年代から
absintheとKirschを専門とする蒸留所としてスタートをした。



そしてこのCusenier社は
absinthe業界、いや酒類業界としては
初となる酸化熟成促進法(Oxygenee)という新技術を導入する

Cusenier(キューゼニア)蒸留所の酸化促進プロセスOxygeneeの記述だ

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鹿山が持っている

J.Fritsch の 1904年改訂版

『 Nouveau Traite de la Fabrication des Liqueurs』の古書

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この文献に記載の

Cusenier(キューゼニア)蒸留所の酸化促進プロセス(Oxygenee)の
記述

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各部の部品の説明
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原理的には

圧力ポンプを使い、スプレー菅からアブサンをブシャーっと噴射し、分子をバラバラにさせてからそこに酸素をブシャーっと送りこませる。

ものすごい勢いで酸素に触れ合う事で酸化が進み、熟成したようなまろやかな味わいになる。

この工程のOxygeneeはアブサンの高級銘柄の代名詞になる



なぜこの方法がとられたかは、二つ理由がある

①まだまだ科学が未発達だった19世紀アブサン最盛期において、アブサンはワームウッド(ニガヨモギ)によるツヨンの成分に幻覚作用を引き起こすといういわれがありその独自の酸素処理が潜在的に有害な性質を取り除けると主張し、行われた。


②当時、爆発的に人気のあったアブサンの生産が追いつかなくなり、早く出荷させる為にこのような方法がとられた。

(スピリッツ全般にいえることだが、蒸留したてのものは分子結合が終わってないので味わいが荒くしばらく寝かせないといけない為)

















今も昔も嗜好品というものに対して人々は様々な工夫をした

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禁制前のabsinthe達(1915年以前)












一つの時代と文化を創り上げたお酒だ













もちろん現代のabsintheも素晴らしい
これからも進化してゆく











しかし、禁制前のabsintheにはロマンがある











時間の針がその当時で止まっていて、鹿山が生きていない時代に確かにそこに存在した












鹿山はそこに嗜好品としての究極を感じれる














Cusenier absinthe OXYGENEE
1911年〜1915年
歴史を感じながら
是非BenFiddichのカウンターでお飲みになってください

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