八剣八幡神社、源頼朝『お手植えの蘇鉄』木更津市 NO185 | 房総ENJOY-LIFE、

八剣八幡神社、源頼朝『お手植えの蘇鉄』木更津市 NO185

NO185

木更津駅を出てすぐの場所に
八剣八幡神社がありました

今回、木更津市を歩いて見ようと
言う事で徒歩で回ったのですが

最初に寄ったのがこの神社でした
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拝殿の鳳凰の彫刻は
誰の作かはわかりませんでしたが

本殿の隣にあった三社神社の龍は
後藤正光、高橋忠明 と
かすかに読めました

制作年月日は残念ながら
薄れて読み取る事が
出来ません
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しかし、凄い彫刻ですね
驚いちゃいましたよ!!
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この二枚の彫刻、館山市の
海南鉈切神社にあった
『天の岩戸開きの場面』
の彫刻に良く似ています

鉈切神社の彫刻も
後藤一門の後藤庄三郎忠明の
作品でしたね

そして境内にある大きな蘇鉄!!
源頼朝、手植えの蘇鉄

この説明は神社の説明を
そのままお伝えします
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大正15年、当時の木更津銀行頭取
露崎銀平氏が森家から
譲り受け奉納された物

森家は屋号を『相駒』といい
君津市草牛の山中にあり

その山道を馬に乗り
鹿野山まで登る人
又は下って来た人も
この家の前で休憩し

馬同士が顔を合わせる事から
この場所を『相駒』と呼ぶようになった

頼朝もここで兵馬の疲れを癒し
北上する際に森家に御礼として

蘇鉄を植えたと言われてる

また頼朝と八剣八幡神社との関わりは深く

鎌倉幕府を創始した頼朝は
保元、平治の乱で大敗した源家再興の為

治承4年(1180年)
安房国平北郡猟島(現在の鋸南町)
に渡り房総で兵を募った

豪族 千葉常胤、上総介広常等の協力を仰ぎ
次々と関東の諸豪族を配下に収め

平家討伐の根拠地とした
頼朝はここ木更津を通過の折り

八剣八幡神社に戦勝祈願に訪れ
その後、神領を奉納したと伝えられる

この事蹟を知る露崎氏が
代々大切に育てて来た森家の蘇鉄を譲り受け

この神社に奉納したそうです

現在は立派な大樹となり
多くの人に知られています

お付き合いありがとうございました
m(_ _)m