曲直瀬道三は毛利元就の嫡男の毛利輝元に、
養生法の大切なことを120首の俳諧としてしたため、
『養生俳諧』を献上しました。
俳諧連歌は、室町時代に和歌の連歌の表現を滑稽・洒脱にした、
より気軽に楽しみやすい文芸ですが、
道三は医学の世界にこの俳諧連歌を取り入れました。
『養生俳諧』には、養生の知恵だけでなく、
私たち臨床家にとっても、診断上、
非常に参考になる内容が含まれています。
また、掛詞や比喩、ときには皮肉や警句をきかせており、
道三の教養の深さと共に、ゆとりの精神が全編に垣間見られます。
ここで、5月下旬に梅雨に入ったということで、
梅雨の養生にちなんだ俳諧を一つご紹介します。
【痰ノ因】
酒美食 胸の滞気の 痰飲は
やまひかぶりの 炎にてしれ
訳)
酒や美食が過ぎると、胸(腹)部に滞った痰飲は、
色々な病の引き金になりますよ!
解説)
“痰飲”とは、簡単に言うと、
何らかの原因で水液代謝が悪くなることにより、
エネルギーとして機能しない、
滞った液状の老廃物のことを言います。
形状はサラサラしたものからドロドロしたものまで様々です。
また、全身の各所に現れ、
滞る部位によって名称や出る症状が異なります。
この痰飲は、様々な要因で生じえますが、
飲酒
お肉や揚げ物など脂濃い食べ物
甘い食べ物
冷飲食
小麦や激辛系など消化に負担のかかる食べ物
などを過度に摂取するという、
誤った食事の仕方により生じる傾向があります。
“やまひかぶり”はやまいだれの異称で、炎をプラスすると、
「痰」の字となり、炎があちこちに移って行く姿を模して、
痰飲から色々な病が起こりますよ、と暗示しています。
つまり、美食過食の戒めを詠った俳諧なのです。
ただでさえ湿度が高くなるこの梅雨どきに、
美食過食によって身体の中まで湿気が増えると、
身体の重だるさ、
むくみ
軟便
お腹が張る
といった症状が現れやすくなります。
この痰飲を発生させないための養生法の俳諧を創作しましたので、
僭越ながら詠みます。
湿さばく セッセと汗かき 腹八分
つゆ知らざれば 痰のオアシス
訳と解説)
内湿が生じたら、
それをさばくには、適度な運動で汗をよくかいたり、
腹八分の食事を摂ることが大切です。
梅雨時にそのことを全く知らなければ、
身体の中は痰飲が溜まりやすくなりますよ。
修辞法としては、
湿を“さばく”と渇きの象徴の“砂漠”、
“つゆ”知らずと梅雨
をそれぞれ掛けています。
また、
本来、砂漠で水がわき出ている所をオアシスと称しますが、
湿のさばき方を知らないと、
皮肉にも体内は痰飲のオアシスに成りえることを
忠告しています。
実は、私自身喘息持ちなので、
この俳諧は自分自身への戒めでもあります