かつて「神の子」と地元住民に敬われたホワイトライオンを、僕は3年半前に南アフリカで見たことがある。ただし野生ではなく、ライオンパークという小規模サファリみたいな飼育下の個体だった(写真)。
野生ホワイトライオンはクルーガー国立公園にわずか10頭ほど
野生のホワイトライオンは、現在、南アフリカ、クルーガー国立公園で、ごくごく少数、10頭前後が見られるにすぎない。
このホワイトライオンは、遺伝子疾患によるアルビノではない。遺伝的だが、対立遺伝子のうち白い体毛(実際は透明の毛)の生える劣性遺伝子が2つホモになって生まれるのだ。
茶色の体毛の普通の野生ライオンでも、茶色の体毛になる遺伝子2本だけでなく、白い体毛の遺伝子もヘテロで持つ個体が稀にいる。後述するように、自然界で白い体毛は不利だから、自然淘汰され、結果、ヘテロの茶色体毛個体も数は少ない、と想像される。
その茶色と白の遺伝子のヘテロ個体は生まれるとやはり茶色になるけれど、潜在的には白い遺伝子を持っている。このヘテロ個体同士がたまたま交尾して、白い遺伝子2本のホモになると、ホワイトライオンが生まれる。この確率は、想像以上に小さいだろう。
NHK放映の2頭のうち1頭は妊娠中
この野生ホワイトライオンの姉妹の話は、12月4日と1月1日のNHKネイチャー番組の『ダーウィンが来た!』で放映された。12月4日の番組は、2009年に生まれたホワイトライオン姉妹の成長までの苦難の様子を2年間にわたって追った番組で、1月1日は5年後の成熟した姉妹の行方を追った。
結果的に姉妹の姿は確認できなかったが、姉妹のうちの1頭は妊娠しているというレンジャーの力強い言葉が紹介されていた。
姉妹の暮らした保護区とは別の保護区では、異なる個体の2頭のホワイトライオン姉妹が紹介されていた。
野生では「白」に強い淘汰圧働く
前述したように野生状態では、クルーガー国立公園でホワイトライオンは10頭程度しか生息していない。目だってしまって獲物を取り逃がすので、明らかに生存に不利だからだ。当然、自然淘汰で除かれる。そのため東アフリカでは確認されていない。
なぜか。東アフリカのサバンナは、草丈が低いので、狩りで忍び寄るのにホワイトライオンでは、もろに目立ってしまうからだ。
一方、南アフリカのクルーガー国立公園では、樹木もあって、捕食者のライオンにとって身を隠して獲物に接近しやすい環境がある(写真)。つまり目立ちやすい「白い体毛」のライオン個体でも、東アフリカほどは淘汰圧は強くない。
それでも捕食に有利でないことだけは確かだ。だから数は極小数だ。それどころか一時は、野生のホワイトライオンは絶滅していた。
1度は自然界から姿を消す
その神々しさ、希少性から、南アフリカにホワイトライオンのいることが、40年ほど前に書籍で紹介されると、争って捕獲された。捕獲されたホワイトライオンは、先進国のサーカスや動物園に売られ、また一部は高価で取引される剥製になった。
そうやって野生状態では姿を消したのだ。
ところが20世紀末に初めて2頭の仔ホワイトライオンの存在が知られた。ヘテロ個体に細々と受け継がれていた白い体毛の遺伝子が、再びホモとなってホワイトライオンが誕生したのだ。
現在、野生で10頭ほど、最大の見積もりでは13頭のホワイトライオンが生息している。
氷河期ヨーロッパで描かれたのはホワイトライオン
ホワイトライオンは、氷河時代の名残の個体、と考えられている。それだけに、アフリカで生き残っていたのは奇跡的だ。
前にも日記に書いたが、氷河時代、極寒のヨーロッパにもホラアナライオンが生息していた。
洞窟壁画や彫刻など旧石器芸術に見られるホラアナライオンは、現生ライオンと同一種であり、ツンドラ環境に適応して、すべての個体がホワイトライオンだったと見られる(写真=上からドイツ、ホーレンシュタイン=シュターデル洞窟出土のライオンとヒトのハイブリッド像、フランス、ショーヴェ洞窟ライオンパネルのホラアナライオン画、下は同じフランスのラ・ヴァシュ洞窟出土のホラアナライオンを刻んだ線刻画)。
雪の氷の氷河期のヨーロッパでは、白い個体は目立たなくて有利だったのだ。
氷河期到来への備えとして保たれた白の遺伝子
ホラアナライオンの雄にもたてがみの無いのが特徴で、したがって現生ライオンのように1~2頭の雄を中心に10頭前後の雌と仔から成るプライドを形成していたかどうか分からない。
しかし体毛が白色であったことは、ホッキョクグマ、ホッキョクギツネなど極北に住む現生肉食獣から考えてもまず確実である。氷河時代のヨーロッパでは、ホワイトライオンは環境に適応していたのだ。
自然は、いずれまたやってくる(はずと思われたが、現在の温暖化が進めば、もう氷河時代は来ない)氷河時代に備え、その遺伝子を細々と保存していたのかもしれない。
旧石器時代の遺伝子をいつまでも伝えてほしい、と願ってやまない。
昨年の今日の日記:「他者への思いやりの心のないチンパンジー、人間性の萌芽を考える;動物心理学」