今回の朴槿恵大統領が弾劾されたように、街頭に繰り出して政権を退陣させるのは、実は韓国の伝統でもある。

 

半世紀以上前、不正選挙の独裁的な李承晩政権が学生デモで打倒される
 いまだに記憶に新しいのは、半世紀以上前の1960年の「学生革命(四月革命)」である(写真)。

 


 腐敗した独裁的な李承晩による不正選挙に怒った学生たちがソウルを中心にデモに蜂起、当時、まだ発展途上国であった韓国に学生は少なかったが、高麗大、ソウル大、延世大などの主な大学の学生のほとんどは街頭に繰り出したと言われる。
 デモは、最後には中学・高校生や市民まで巻き込み、ついに李承晩を亡命させるに至った。
 これは、今も韓国史では「義挙」とされて顕彰されている。

 

87年のデモでは「民主化宣言」で改憲
 その後も87年に、現行憲法が制定される前にも、街頭で激しいデモが展開された。
 大統領任期満了後に院政を敷こうとしていた全斗煥に対し、学生たちは、大統領直接選挙を求めて改憲を主張、6月には反政府デモは頂点に達した(写真=大群衆の掲げる写真は、警察の放った催涙弾の直撃を受けて亡くなった延世大生の李韓烈)。

 

 


 学生デモに、高校生・市民も加わり、100万人規模に膨れあがり、翌年にソウル五輪を控えて混乱の長期化を恐れた軍政が譲歩し、全斗煥に後継指名された盧泰愚が「民主化宣言」を行い、現行憲法が制定された。
 ここでも街頭デモが、独裁政権を倒し、民主化につなげた。
 つまり「光州事件」を除くと、街頭でのデモは、韓国国民にとって「成功体験」の歴史なのだ。
 今回も、その成功体験史に1ページを加えたことになる。

 

「地獄のように生きにくい韓国」に「N放世代」(人生のすべてを放棄した世代)
 ただし今回のデモは、それまでのデモと異なり、若者間の巨大な格差、という別の要因が加わっている。前回で指摘した保守・革新の対立、地域対立の他に、今や格差間対立が顕在化しているのだ。
 今、韓国の若者の間では、「Hell Korea」(地獄のように生きにくい韓国)やら「N放世代」(恋愛、結婚、出産、就職など人生のすべてを放棄した世代)などという言葉が自嘲気味に囁かれる。
 頂点には「金のさじ」を咥えて生まれ、親の高収入で激しい受験競争をくぐり抜けて頂点に立った一握りの有名大卒の若者、一方で受験競争に集中できず、あるいは競争に敗れた多数の「土のスプーン」を咥えた若者である。それほど若者間の格差は大きく、その大きさはOECD加盟国でも最大と思える。その格差は、固定されている。

 

SKYにあらざれば大学にあらず
 例えば、格差固定化を示す逸話として、その人がどこに住んでいるか聞いただけで、学歴、家庭環境、政治性向にいたるまである程度察しがついてしまうほどだといわれる。
 大学進学者が全年齢の71%にも達している韓国では、大卒の学歴など、今は何の役にも立たない。通用するのは、一握りの名門校だけだ。
 かつては名門と言われたのは、国立のソウル大、私立の両雄である高麗大、延世大(この名門3大学は頭文字をとってSKYと呼ばれる)だった(写真=延世大の校門)。

 


 ところが韓国の経済成長の鈍化で、今や最高の名門ソウル大でも、就職人気一番のサムソン財閥系大企業、二番の国家公務員にはなかなか入れないという。一説には、ちゃんと就職できたのは、卒業生の3分の2しかいない、とも言われる。下位大学に至っては、就職率20%(それも無名の企業)という体たらくだ。

 

大学を出たけれどの鬱屈した青年たち
 そのSKYでも、文系はサムスンと公務員には入りにくい。そもそも文系を募集していない財閥系企業も多い。
 SKY卒で理系(さらに男子という条件も)でない大卒者は、卒業しても非正規に転落し、前述した「N放世代」にならざるを得ない。そうした彼らが直面するのが、「Hell Korea」という現実なのだ。韓国の若者の自殺率は、OECD加盟国でも群を抜いて高い。
 鬱屈した彼らにとって、エスタブリッシュメントで、かつ父親が大統領だった名家の朴槿恵氏は、まさによく分かる「敵」であった。しかも自分が決して門をくぐれなかったサムスンなどの財閥と組んで、カネがやりとりされた、とみなした。
 バイトや授業を放り出して、世宗路で「朴槿恵、やめろ」の大合唱は、そこにしか自分のアイデンティティーを見いだせなかったからである。

 

経済民主化の挫折
 そうした大多数の若者の閉塞感をもらたした韓国産業界の頭でっかち構造、つまり財閥系大企業が韓国経済のほとんどを牛耳り、中小企業は全く育たないといういびつな財閥優位の寡占経済は、朴槿恵大統領も、改革を志した。
 立候補時には経済民主化を掲げ、当選後は財閥規制を目指した。ところが、財閥系の大企業が韓国の輸出の大半を稼ぎ、経済を支えている現実を前に、「角を矯めて牛を殺す」わけにはいかなくなり、頓挫した。

 

誰が大統領になっても若者の悲惨さは変わらない
 おそらく財閥を解体するとなれば、韓国経済は大混乱に陥る。そしてベネズエラやアルゼンチン、ロシアなどのような長期のマイナス経済成長に入るだろう。国際収支は悪化し、ウォン安は歯止めがなくなり、物価はとめどなく上がる。まさに韓国戦争以来の窮乏の時代への突入だ。
 それを、誠実な政治家なら誰でも危ぶむ。そこにしか韓国経済の革新の途はないとしても、デモで政権を倒すことに慣れた民衆が黙って見ていてくれる保証はどこにもない。
 したがってこうした社会構造がある限り、誰が大統領になっても韓国の若者の悲惨さは変わらないし、韓国経済の再成長の途はない。
 そしてまた数年後には、ポスト朴の指導者への退陣要求が噴き出すのだろう。

 

昨年の今日の日記:「加藤達也・産経前ソウル支局長への無罪判決に追い込まれた朴槿恵の大いなる誤算」