タスマニアデビル――その名のとおりオーストラリアのタスマニア島に棲む夜行性の死肉を食う肉食性有袋類だ。「悪魔」と名がついているのは、夜の森で叫ぶ鳴き声が悪魔を連想させるほど不気味だからだ。ただ見た目は、中型犬程度の大きさ(オスで体重10キロ前後)で、とても愛らしい(写真)。


タスマニアデビル


デビル激減――感染性のがんが一部を除いてタスマニア全島に拡散
 そのタスマニアデビルが、今、危機に瀕しているという。タスマニア北東部に発生した伝染性の悪性腫瘍(がん)が急速に感染域を広げ、1991年に約10万頭もいたタスマニアデビルは今では20%にまで激減した。
 7月27日NHK放映のネイチャー番組『ダーウィンが来た!』で、「負けるな! 森の小さな“悪魔”」と題して、その生態ともども放映され、その危機的状態を知った。
 そのがんは、感染すると口中と目にがんが広がり、感染個体は餓死に至る(写真下)。「デビル顔面腫瘍性疾患(Devil Facial Tumour Disease:DFTD)」と呼ぶらしい。


DFTD

 感染力が強いうえ、タスマニアデビルの生態もあいまって、DFTDの感染を免れている地域は、タスマニア島北西部の一角のみで、残り全島が汚染地域となっているという。


1個体に起こった突然変異が種全体に広がる
 この番組を観て、最初、リブパブリはウイルス性を疑ったが、調べたら違った。末梢神経を保護するシュワン細胞という細胞の染色体異常によって起こる腫瘍で、この腫瘍細胞が身体接触を介して個体から個体へ伝染する。
 しかもこの染色体異常は、つい最近にある1個体に起こった変異らしいのだ。なぜならその染色体異常は、異なる個体から採取されたすべてのがん細胞で共通しているからだ。
 普通の哺乳類なら、ある個体に遺伝子突然変異によるこのようながんが発生しても、その個体の死で自然界から除かれる。種の存続を危ぶませるほど蔓延することはあり得ない。


死肉をみんなで骨まで砕く採食行動が主因
 ところがタスマニアデビルの場合、生態的複合要因によって別個体に感染し、爆発的に感染が広がった。
 1つは、死肉を食べる肉食という食性である。彼らは、さほど大きな体でもなく、俊敏でもないので、自らは狩りをしない。自然死したり事故死したカンガルーやワラビーの死体を、1キロの先まで嗅ぎ分けられるという鋭い嗅覚で探して、食べる(写真下)。嗅覚が鋭いから、1体の死体に、あちこちから複数のタスマニアデビルが集まってくる。


採食するタスマニアデビル

 最初は、他の個体を追い払おうとするが、アフリカのハゲワシやブチハイエナのようにたくさん集まってくるから、追い払えなくなり、最後は一緒になって貪り食う。
 タスマニアデビルは、ブチハイエナと並んで哺乳動物で最強と言われる噛合力で、骨まで貪る。すると骨が刺さるから、彼らの口中は傷だらけになる。
 貪り食う集団の中に1頭でもDFTD感染個体がいると、その個体から剥落した腫瘍細胞が傷口から健常個体に感染してしまう。


互いに噛み合う繁殖行動も一因
 また繁殖行動も、一因となる。オスはメスを見つけると、強く噛み、強引に巣穴に引きずり込んで交尾しようとする。ちょっと過激だけれど、哺乳類ならさほど珍しくもない繁殖行動だ。その間、じゃれあうがごとく、オス、メスは互いに噛み合う。
 どちらかがDFTD感染個体であれば、これでまた感染する。
 それでも野生動物なら耐久性があるはずだが、タスマニアデビルは、少なくとも8000年間という長期にわたって本土のオーストラリア大陸からタスマニア島に隔離されていたため、遺伝的多様性が乏しい。
 そのため免疫による抵抗力を示す個体が少ないのだ。


移住先で新たな仔
 このままでは50年もたたずに野生タスマニアデビルは絶滅してしまうと危機にかられたタスマニア州政府や動物学者は、「空飛ぶ絨毯・移住作戦」を始めた。
 DFTDに感染していない健常個体を捕獲し、タスマニア島東部に浮かぶ無人島のモライア島に放すのだ。
 番組によるとすでに、28頭を移した。しかも環境・風土が合ったせいか、4年後の今日、27頭の生存を確認できたという。
 さらに喜ばしいことに、モライア島への移入に際しては、研究者たちは所在を把握しやすいように運び込んだタスマニアデビルにICチップを埋め込んでいたが、生存個体の中にはICチップを持たない若い個体も確認できた。モライア島で、繁殖が成功した印である。


汚染地でも自然治癒した個体が生存!
 さらにある研究者は、タスマニア本島の感染域で400頭のうち自然治癒した6頭も確認している。
 ここに、自然が与えた有性生殖の強みを観察できる。いくら遺伝子プールが貧弱で遺伝的多様性が乏しくとも、有性生殖で必然の精子・卵子の遺伝子組み換えが必ず新たな多様性を作り出すのだ。
 この中からDFTDに抵抗力を持つ個体が選択されていけば、抵抗個体同士で繁殖が行われ、競合個体のいなくなった汚染地で爆発的に増えていくことが期待される。
 ある程度以上のポピュレーションを持つ有性生殖生物であれば、感染症にも耐えられる、という生物の強靭さを物語る例証である。
 タスマニアデビルの未来は決して暗くはない。


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