kawanobu日記/何が分けた発情期のなくなった人類とそうでないチンパンジー(後):ゴリラ、オーウェン・ラヴジョイ、ボノボ 画像1

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 ヒトが発情期のなくなったことの進化的理由について考える前に、今少し、チンパンジー社会を見ていく。

雄間競争激しいチンプの精巣の重さは体重の0.3%も
 チンパンジーは、乱婚でもある。ゴリラのようなハーレムは作らないものの、1頭の優位オスが何頭ものメスと交尾する。もちろん群れの劣位オスもそれに甘んじているわけではなく、これはと狙ったメスは、群れから密かに連れ出して優位オスの見えない所で交尾することもある。もちろん優位オスには許し難い行為なので、発情期のメスの監視を怠らない。かくて集団内でも集団間でも、チンパンジー社会は常に緊張に満ちていることになる。
 このような雄間競争の激しさは、チンパンジーの精巣の重さに端的に表れている。体重40~50キロの成体オスで、精巣は2個で120グラムもある。体重比で約0.3%だ。ちなみにチンパンジーより体重の大きなヒトも、これほどではない。さらに体重が200キロ近くに達するゴリラでは、2個で平均たった35グラムしかない! チンプより、1桁以上も小さいことになる。
 類人猿中、最大のゴリラが最小の精巣しか持たないのは、彼らの繁殖生態の反映である。

ヒトの精巣は相対的にゴリラより大きい
 ゴリラの精巣が小さいのは、群れの中で雄間競争が起こらないからだ。昨日の日記で述べたように、シルバーバックのような大型のオス(写真上)は、メスを独占してハーレムを作る。群れの中のオスの仔は、成熟する前に群れを出ていく。成体オスは、だからほとんどはぐれオスなのである。
 ハーレムの主に納まっているオスにすれば、はぐれオスから群れを防衛さえできれば、「間男」の危険を感じないで済む。群れ内部に緊張はない。精巣が小さいのは、それが理由と考えられる。
 ヒトの精巣の絶対的大きさは、ほぼゴリラくらいだが、体重差を考えれば、チンパンジーほどではないけれども、相対的にはゴリラよりもデカい。現在が過去の反映だとすれば、それは過去の性生態を示唆していると考えられる。
 起源的なヒトの社会では、ゴリラのようなハーレム社会ではなく、かと言ってチンパンジーのような乱婚社会でもなかったと想像してよいだろう。つまりヒトは、雄間競争がある程度あった過去を持っていたのだ。一雄一雌が基本だが、民族誌記録からかつては一夫多妻社会が圧倒的に多かったから、何らかの雄間競争があったのだろう

一雄一雌だったか? 初期人類
 ただ基本的には、チンパンジー社会と異なり、一雄一雌に近い社会だったのではないか――直立二足歩行の起源ともからめて、そう想像するのは、アメリカ、ケント州立大のオーエン・ラヴジョイである(写真中=初期人類ルーシー骨格の模型とともに)。もちろん一雄が一雌を獲得するのも競争であるし、時には前記のように一雄で二雌ということもあっただろう(だからある程度、精巣が大きい)。
 ラヴジョイ説は、まだ仮説の段階でコンセンサスを得ているわけでもない。しかしもし基本が一雄一雌社会だったとすれば、どうしてテナガザルに近い一雄一雌社会が発達したのだろうか。ちなみにテナガザルも類人猿であるが、アフリカ産類人猿(ヒト、チンパンジー、ボノボ、ゴリラ)とは遺伝的に遠い。
 進化的に、その利点は何だったのだろうか?
 ヒトも生物である以上、次世代を残すことが生存の上で最優先であることには変わりはない。となれば、一雄一雌の方がその点で適応的だった、何かのメリットがあった、と考えられる。

子どもと自分の保護をパートナーに求めたヒト
 おそらくは、そのことは発情期のなくなったこととリンクしているに違いない。一雄一雌であれば、交尾(ヒトならもっと直截にセックスと言ってもいいだろうか)はいつも特定のパートナー同士である。それならメスはセックスを代償に、オスに食物の提供と子どもと自分の他のオスからの保護を求めたであろう。それには、発情期のない方が都合がよい。
 「働き」の悪いオスには、女性パートナーたちはいっせいにセックス・ストライキも起こしたのでは、と想像を逞しくする人類学者もいる。
 発情期を失った類人猿であるヒトは、そこから「家族」を形成していったのだ。

ボノボ社会とヒトの性皮の消失
 最後に、もう1種の類人猿ボノボ(ピグミーチンパンジー)は、系統的に近縁なチンパンジーとはまた異なる性社会を構成している。排卵期に発情するのは、チンパンジーと同じだが、「偽発情」という現象のあることが大きな違いだ。進化的にはチンパンジーに近いボノボは、性行動がチンパンジーと全く違う。
 ボノボのメスの発情は、膣の外側にある性皮が大きく膨らむので外見でオスにはすぐに分かる(写真下:性皮を膨らましたボノボ)。ところが排卵期でない時期でも、授乳や子育て中であっても、メスは性皮が膨らむ。オスは、本当に発情したメスと偽発情のメスとに囲まれていることになるから、ボノボのオスは、チンパンジーと比べてメスとの交尾の機会がずっと多くなる。つまり発情したメスをめぐる闘争がほとんどないので、ボノボの集団はとても穏やかなのだ。
 ヒトの性行動とも似通っている社会だから、ここから推定すると、初期人類のメスも性皮が膨らんでいたかもしれない。しかしいつも性皮を膨らませていては、投資としては不経済だ。それに一雄一雌なら、オスは真っ赤になったメスのお尻の性皮などいちいち調べなくとも、支障はない。
 発情期のなくなったことは、メスに性皮が消えたことでもあったのに違いない。

昨年の今日の日記:「木星への彗星?衝突またも:シューメーカー・レビー第9彗星、NASA、ハッブル望遠鏡」