kawanobu日記/遺伝子解析で歴史を研究する試み相次ぐ:ローマ帝国、後漢、シルクロード、三国志、曹操 画像1

 最近、歴史上の人物、出来事をDNA鑑定で検証する研究が盛んのようだ。カラヴァッジョの遺骨の特定プロジェクトを、3月20日付日記「イタリアの画家カラヴァッジョの遺骨の確認作業が進む:バロック、DNA鑑定、カタコンベ」http://ameblo.jp/kawai-n1/entry-10486347839.html で紹介したが、この例は、そのほんの一例だ。
 研究者にすれば、メディアに注目を浴びやすく、それだけ潤沢な研究費に恵まれるからかもしれない。その側面はあっても、科学的研究成果を一般の人に知らせるという功績は重要だ。本日の日記は、さらに最近、報じられた2つのDNA鑑定プロジェクトを紹介する。


シルクロードをはるばるローマまでやってきた東アジア人
 1つは、やや古いニュースだが、こちらもイタリアの話。
 イタリア南部バリ県の古代ローマ時代の共同墓地跡で見つかった人骨から抽出したDNAに、東アジア系の特徴を持つ例が見つかったというカナダ、マクマスター大の研究チームの2月初めの発表である。
 ローマ帝国はシルクロードを通じて、当時の中国など東アジアとの間に活発な文物の交流があった。しかし例えば中国からもたらされた絹にしても、中国の商人が直接運んだのではなく、途中の諸王国、諸民族の多くの手を通じての間接的交流だと見られてきた。実際、中国からの商人、ないしは時の政権の役人がローマ帝国を直接、訪れたという証拠はない、とされる。
 ところがこの成果は、人的交流もあったことを示した。
 DNA鑑定で東アジア系と確認された人骨は、1~2世紀の男性のものだという。年代は副葬品から推定されたようだ。このとおりで、中国人だったとすれば、後漢時代の人物となる。

ローマ人の中に埋葬された身分の低い東アジア人の素性は
 共同墓地から発掘された遺体は、全部で約70体もあった。しかしそのうちの1体が、形態的に古代ローマ人と異なる特徴が見いだせたのだろう。ちなみに熟練した解剖学者や人類学者なら、これくらいの時代の頭蓋であれば、一瞥しただけでローマ人か東アジア系かを識別できる。
 おそらく研究者は、異質なこの人骨に興味が引かれたのだろう。そこで、骨からミトコンドリアDNAを抽出した。その特徴的配列が、東アジア系と一致したということのようだ。たかだか2000年くらい前の骨なら、何の雑作もない作業である(10万年前のネアンデルタール人骨ですら、ミトコンドリアDNA抽出に成功している)。
 ただ前述のように、後漢時代らしいこの人物は「大使級」の役人ではなかったらしい。
 というのは、この男性の墓に供えられた副葬品は貧弱で、食料を入れたつぼ以外はなかったからだ。身分の低い人物――となると、後漢政権からローマに送られた生口(奴隷)だったのだろうか。

三国志の曹操の墓出土の骨をDNAで鑑定する計画
 次は中国の話だ。時代も、後漢末とローマの骨とほぼ同時代者である。
 曹操(155年~220年)と言えば、三国志の英雄だが、河南省安陽市近郊の村で彼の埋葬されたらしい陵墓が見つかったのは、05年のことだった。
 河南省の役人たちは、これぞ曹操の墓と奮い立ち、発掘調査を進めた。曹操の墓と分かれば、いちやく観光地に仕立て上げられる。
 発掘を勧めた結果、約740平方メートルの陵墓から、60歳代前後の男性の遺骨と女性2人の頭部や足の遺骨が発見された。副葬品として200点以上の遺物が見つかったが、その中に曹操を示す「魏武王」と刻まれた石牌が含まれていた。ここから、河南省文物局はこれが曹操の陵墓だ、と昨年暮れ(09年12月27日)に発表した。ただし、墓は過去に何度も盗掘に遭っていて、そのために偽物という反論も出て、決着がつかない状態だった。
 そこで骨の真偽をめぐって、中国全土で大規模なDNA鑑定が計画されているというのだ。プロジェクトを立ち上げたのは、上海・復旦大の人類遺伝学者らだ。

770万人の「曹」さんから1000人の血液サンプル収集
 中国中から「曹」の姓をもつ男性から血液を集め、墓から出た遺体のDNAと比べて科学的に検証する。漢民族では姓は男系で継承されるため、曹姓の男性は曹操のY染色体を継承していると考えられるからだ。
 計画では、男性の「曹さん」約1000人の血液を集め、Y染色体のDNA配列を調べる。曹以外の姓を持つ男性のデータと比べ、曹一族に特徴的なDNA配列を特定し、墓から見つかった曹操とみられる60歳前後の男性の骨から抽出するDNAと比較する。
 曹操と血縁関係にある人物のDNAと照合すれば、本人かどうかを高い確率で特定できるが、曹操本人や血縁者・子孫のDNAサンプルは残っておらず、通常の鑑定法では検証できないので、こうした方法をとる。中国で歴史の検証にDNA鑑定が利用されるのは、おそらく初めてのことだろう。
 ただ文献などによると、曹操には記載のあるだけでも20人以上の息子がおり、現在の中国に約770万人いるという曹の姓を持つ人に子孫が多く含まれるとみられる。研究チームは、墓の主が遺伝子レベルで曹一族と確認されれば、墓から出土した考古学上の証拠と合わせて、本人とほぼ断定できるとみている。逆に遺伝子が曹一族と関係なければ、骨は曹操のものではない疑いが強くなる。
 研究チームは、すでに150人分の血液を採取しており、復旦大の研究者は「目標までの血液採取の見通しが立てば正式に骨の分析許可を当局に申請する。できるだけ早く結論を出したい」と意気込んでいる。
 独裁国家なら、ひょっとすると個人情報問題に抵触しかねないこんな研究も、いとも簡単にクリアしてしまえるということか。
 写真は、後漢時代の文物も納める故宮博物院(台北)。