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(2007年12月21日の記事です)

応援団 NO.42 授業参観について  



★ 自分の子どもが中学校へ行くようになって、比べるものではないでしょうが、やっぱり小学校の授業参観のほうが「見ていて楽しい」ですよね。保護者として。
担任の先生の言わんとしたいこともわかりやすいし、子どもの反応もいろいろあって、その子らしさが見れて、なんとなく楽しかったですね。
もう、その小学校の授業参観に行く機会もないのかと思うとちょっとさびしいです。
先日、以前勤めていた小学校の参観に行ってきました。
教えた子や塾の子もいたので思い切っていってきました。
そうしてゆっくり教室をまわっていると、「ああ、俺もこんなとき緊張していたよなぁ」と懐かしく、でも全然以前とは違う時間の流れを感じました。
「おうちの人は、こんな気持ちできていたのかな?」
と、少し理解できたような気がしました。
教師のほうは、やることはとても大変なので、「やらねばならない」気分で構えてしまいがちですが、「こんな気持ちで教壇に立っていたらもっと楽しかっただろうなぁ」と、そんなことを今さらながらにちょっぴりさびしく思いました。
応援団長より



<授業参観について>
 


 授業参観の季節ですね。
もう終わったところもあるようですね。
いかがでしたか?
また聞かせてくださいね。
 この「授業参観」というもの、教師だった頃の私は、いつまでたっても慣れませんでしたし、とっても苦手でした。

後ろにいっぱい保護者の方が並んで、じーっとこっちを見ているし、子どもはいつもとぜんぜん違うし、これほど緊張する授業はありませんでした。
 「ああしよう」「こうしよう」と考えてはいるものの、緊張してとちってしまうことが多かったからです。

正直、自分がどう見られているかが気になって気になってしょうがなかったですね。
 でも、自分の子どもの授業参観へ行き始めたとき、自分で自分のことを「俺って自分の子しか見てないな~。」って気づかされて、・・・。

結局、親というものは、自分の子しか見てへんもんやなぁって気づかされました。
 
 あんなに、一生懸命、授業を考えて、誰に当てようか、どう発表させようか、何を考えさせようか、などと考えていた教師としての自分がいたのに・・・。
いざ、自分の子になると、授業を聞いているか、よそごとしとらへんか、友達と仲良くできてるか、「あぁ、あの子がいつも話題にでてくる子やな。」くらいでしか見ていなくで、
担任の先生がどうとか授業がどうとか、そういう目で見ていない自分に気がつきました。

 これ、結構ショックでしたね、自分で自分が・・・(笑)。
 でも、そうかもしれません。

先生だって人の子。
わが子のこととなれば、職業も忘れてしまうのかもしれません。
また、そうでなくっちゃいけないとも思いました。
 とか言いながら、他の学校の先生のご子息を担任したことも何度かありましたが、授業参観なんかで見られた日にゃ、・・・「この人は、どっちの『目』で見とるんかなあ」ってやっぱりすっごい気になりましたね。

 でも、子どもが違って見える、というのは結局自分(先生)がいつものようにできないから、子どもたちもどう対応したらいいのかわからなくなって、黙っちゃったり、よけいにはしゃいだりするんでしょうね。「あれ?今日の先生おかしいぞ?」

「なんか優しいぞ!」みたいな・・・。
少なくとも私の場合はそうだったのだろうと思います。
 
 そういうこともあって、私は、その時期そのときにだいたい何をするかを決めていました。
何をするかは、おおよそ学年の先生と相談します。
いっしょのところをしたり、自分の好きにしたり、・・・その年のそのメンバーによって違いましたけどね。
 
 一学期の初めのPTA総会の時の授業は、国語の音読を中心にした授業をしました。
国語の教科書は、だいたい四月最初は「音読読みもの」と決まっていましたので、一ヶ月かけて音読を練習し、その発表会をその参観にできるようにがんばりました。
音読の仕方や宿題での音読のしかたもだいたいなれた頃ですので、こちらも結構安心して見てもらうことができましたね。
 
 一学期で、次にある参観では、算数の授業をするようにしていました。
学級懇談会がその後にあるという時の授業参観ですね。
ここでは、100題計算を時間の最初にやっている、その姿を見てもらうようにしました。
「ようい、はじめ!」の係りの子の声がひびくと、いっせいにカリカリカリカリ・・・と鉛筆の音だけが教室の中に聞こえます。
ちょっとおしゃべりしていた保護者の方々も急に「これはいかん」と静まりかえります。
刻々と流れる時間の緊張感を見ていただいて、「毎日こうして算数の時間の初めにやっています。」というところを見てもらいます。
 この「音読」と「100題計算」は、年間をとおしてほとんど毎日することなので、一学期の最初に参観しておいてもらって、おうちでも同じように声かけをしてやってください、とお願いしてました。

 
 二学期になると、社会や生活科で調べたことを発表する授業をしたり、各グループで工夫して紙芝居をしたり、・・・とバラエティに富んだ「出し物」的なことが多かったでしょうか。

その発表会へむけて、グループ作りから練習方法、個人個人への指導など結構たいへんでしたが、その本番にできたときの「子どもたちのうれしそうな表情」は、いつでも心に残るものですね。
「やりきった!」「できた!」
っていうときの顔はホントにいい顔するんですよね、子どもって!

 「おたんじょうび会」や「お楽しみ会」も、クラス作りにおおいに活躍してくれましたね。

「去年からやっていたからしたい」といって「おたんじょうび会」を始めたときがありました。
子どもたちが、自分の得意なものをみんなに披露する会。
その月のお誕生日の子へのメッセージを書いて渡す。色紙で作った首飾りをあげる、みんなで歌を歌う・・・など、子どもながらにも考えてやっているのが見れて楽しかったです。
準備をする時間を設けるのが大変でしたけどね。
 
 でも、ある年の四月の「おたんじょうび会」では、「飛び入り参加」のグループがたくさんになって、
「終わりの時間だいじょうぶかな」
「この子らすごいパワーやな」
と思ったときがありました。
女の子たちが数人で「南中ソーラン」(知ってます?)を踊って、
それがきっかけで結局運動会で学年全員で踊ることになって、
さらに秋の授業参観のときにも、もう一回中庭でみんなで踊りました。
保護者の方からの「アンコール!」の声をもらって、二回踊ったことは、今でも忘れられない、とっても懐かしい、うれしい思い出です。
放課後残って子どもたちに踊りを教えてもらったのも、大切な思い出です。
 

ちょっとしたことから、子どもたちって、その集団の持っているパワーを発揮するってことがよくわかりましたね。
高学年ではこのように「のりのり」という訳にはなかなかいきませんが、でも五・六年でも「楽しむ」ってところでは、「まだまだ子どもなんやなぁ」とかわいらしい部分もそういう機会に見れたりして、たいへん勉強になったこともありましたね。
子供の違う表情が見れて・・・。
 
 いろいろな授業参観がありますが、自分の子どもだけでもいい!・・・。

どう、その時間を過ごしているかをしっかりとみてあげたいものですね。
そして、授業参観から帰ってきた子どもには、
「よくがんばったね!」
と心から言ってやりたいものですね!


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塾をやり始めてからは、

塾に来ている子の担任の先生が

どんな先生か、気になるようになりましたね。

4月には保護者にまぎれて、行ってきました。


やっぱり、どんな先生かは、

その教室の雰囲気、子どもたちの様子や表情を

見ればだいたいわかりますね・・・。


「その先生」からの宿題を

塾でいっしょにやる・・・。

どうしても担任の先生のことが気になります。


どういう考えで、「この宿題」を出しているのか・・・。

ついつい考えてしまいますね(←職業病?)(笑)


もう授業をすることもないのか、と思うと

ちょっぴりさみしい気もしますが、

私には、小さな塾で

子どもたちと、こじんまりと

過ごすことのほうが似合っているのかな?



また機会があれば、

授業参観も行きたいなと思いました・・・。


最後の教え子も小学6年生・・・。



また、会いにいきたいな♪




(o^-')b