理由と本能と自己防衛
ショートショート×トールトール・ラバー【17】
秋が終わる。
窓硝子越しに見える木の葉は夏の盛りの勢いをなくしてしまった。変わりに鮮やかな黄色で目を引いていたイチョウも、蝶がくるくる舞うようにして散り始めている。
そんなことに気を留めるくらいには俺も大人になっている。結局、自分の成長に結びつけては、大儀そうに頷いていると、その含み笑いに 「聞いてます?」 と若干、遠慮がちな抗議が入った。聞きなれたその声に慌ててぶんぶんと首を上げ下げする。
「うん。聞いてる。聞いてるよ?」 返事に一瞬いぶかしむような顔をした桐野さんは、恐らく何度も言ったであろう台詞を繰り返した。
「こっちのほうがいいです?」
「えーあー。そうだねぇ」
全く聞いていなかっただなんて言えるわけもなく、その場しのぎに言葉を濁す。返事にもたつく俺に、桐野さんは 「うーん」 小さく唸って、指を唇に当てた。リップクリームだろうか。クラスの女子のてかてかした唇より、清楚に潤ったその唇が綺麗だと思った。
「どっちかが良いと思うんだけど……」
またまた、危うく聞き逃すところだった。彼女の指が迷える子羊を救うために唇から机に移る。飾り気の無い指は細くて白い。指し示す先に写真があった。指が二枚の写真を行き来する。
つまり桐野さんは、どちらの写真を選択するかを問いかけているのだ。流石に馬鹿でも、いや、俺でもわかった。すぐさま写真に真摯に向かい合い、そのうち一枚を手にとった。
「こっちが良くない?」
「私もそう思う!」
嬉しそうに声を上げ、にこりと笑った彼女から思わず目を伏せてしまった。この際、理由はどうでもいい。自己防衛。本能だ。
(なにしてんの、俺?)
避けるようにして逸らしてしまった視線を慌ててもどすと、困ったような顔をした彼女は、逃げるように視線を手の中の写真に落とした。
(しまった……)
後悔を覆い隠して、いつものように笑顔を貼り付けた。そうやって、どうでもいいことを口にする。何でもいい。桐野さんが笑ってくれれば万々歳。関心を引けるだけでもいい。
彼女は俺に心を開いたように見えて、開ききっているわけではないのだ。薄く開いた扉はそよ風ですら簡単にペタンと閉ざしてしまう。
「最近さ、光圀のやつ、鶴崎君に絡んでるんだよね」
「飯田君?」
落ち込んだかのように視線を落としていた彼女が、おずおずと顔を上げる。細い首が微かにまがってハテナの文字が顔に浮かぶ。妙に幼く見えたその顔に笑いがこみ上げてきて、だけど笑ってしまえば、また彼女のガードが固くなる気がして、我慢、我慢と頬を噛んだ。光圀を生贄にした会話に彼女が乗ってくれて安心した。
「鶴崎君って、健人君?」
「うん」
「光圀、あいつ、一人っ子じゃん。だからかなぁー。弟、からかうみたいな? うーん。違うかな」
「なんか……意外」
呟く彼女に微笑む。大丈夫。彼女との距離は保たれたままだとほっと胸を下ろした。 「だよね」 と続けると独り言のように彼女がぽそりと零す。
「あ。でも、それって飯田君が絡んでるんじゃなくて」
「え?」
「あ、んーん」
ふっと我に返ったように彼女は首を振った。俺は気になることは素直に聞く。言いよどんだ彼女に 「何?」 としつこく聞くと、彼女は困ったような顔で 「飯田君と佐伯さんのことが気になって……。突っかかってるのは鶴崎君のほうじゃないのかな」 と続けた。とても年下に見えない無口でクールな鶴崎君が突っかかる? イメージじゃない。言っている意味が分からない。だいたい、光圀と佐伯さんがどうこうだなんて思いもつかない。
「え? 何で光圀と佐伯さん?」
俺の返事に驚いたような顔で、瞬きした彼女は 「だって……」 と呟いたのに先は続けてくれなかった。ごまかすように 「分からないけど」 と逃げた言葉に妙に落ち着かなかった。 「だって」 なんだ? 桐野さんは光圀の何を見てそんなことを思ったんだろう。気になって仕方ない。
そのせいだと思う。その後、三回も彼女から 「聞いてます?」 と抗議の言葉を掛けられた。
■■■Copyright (C) 2011 カラム All Rights Reserved.■■■
上のボタンをポチポチっとやってもらえると、とってもうれしいです☆