嘘恋シイ【28】 | 虹色金魚熱中症

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虹色金魚の管理人カラムが詩とお話をおいています。

拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。

格好悪い、俺

 

 

嘘恋シイ【28

 
 
 彼女が休んだ。
 水曜、木曜、金曜と、今日で三日も顔を見ない。小金沢が赤根井さんに話しかけるのを顔を背けて聞いていた。音だけは視線を逸らしても耳に入る。
「風邪だって」
 

 本当に?

 

 
 あの日、昼休みが終わっても保健室から戻ってこなかった小波さんは、いつの間にか帰宅していて今日に至る。日が経てば経つほどに、忘れることから遠のいて、俺から逃げていった彼女ばかりが浮かんで消えない。
 無意識で岩井にやられた口端を触った。小さな切り傷にすぎないがここ数日、物を食うたびに痛くてかなわない。その都度、岩井を思い出す。
 思い切って絆創膏を剥いだ。空気に触れて乾いたはずの傷口がぴりぴりと痛みだした。
 

 「まだ赤いなぁ」
 こっちを覗き込んだ小金沢がのんきな声を上げる。前の席に座りながら俺を笑った。
「馬鹿だよな、慎吾。岩井に勝てるわけねーじゃん。あの筋肉は本物だ」
 うんうん頷きながら、「せめてバットくらいもたねぇと」 真剣な眼差しで忠告する。
「……わかってるよ」
 別に喧嘩する気なんて無かった。だけどどうにも手が先に出たんだから仕方が無い。殴り合いなんて小学生以来だとぼんやり思って、息を吐いた。

 
 突発的に飛び出した拳を簡単に手のひらで受け止められて、ますます腹が立った。そのままタックルして殴り合い……にもならなかった。岩井の手のひらが俺の頬を掠めて、気がついたら手首をとられ押さえられていた。
 頬を掠めた際に切ったのか、口の中に鉄の味が広がる。手の甲で拭うと血が薄く伸びていた。
「すまん」
 冷静に一言。息も乱さず立った一言。
 

 かっこ悪い……。
 

 俺は人一倍格好悪く無言で、岩井は人一倍格好良く無言のまま俺を解放した。
 ずるずると背を壁につけながら座り込むと、何を思ってか岩井まで隣に腰を下ろした。予鈴のチャイムが鳴って、廊下から人が引いていく。
 いきなり殴りかかった俺と、それを簡単に組み伏せた岩井を遠巻きに見ていた生徒たちも沈下したのを確認して、教室へと戻っていく。数人が教室からまだ顔を出していたけど、俺も岩井も気にしなかった。

「俺はさ」

 ふいに岩井が言う。目線はどこか遠くを見ていて寂しげにも見えた。
「小波さんを好きなんじゃないよ」
 ゆっくりと確かな発音で響いた言葉が真実かどうかは分からない。
「小波さんを好きなんじゃない」
 もう一度それだけ言うと、岩井の口は一文字のように結ばれる。
「じゃあ……」
 

 ――じゃあ、誰を?
 

 口を開いたら切れた口端に痛みを感じて顔を顰めた。そのまま言葉も飲み込んだ。本当に小波さんのことが好きじゃないにしても、ただ俺にそう言い聞かせているだけにしても、多分、これ以上、岩井は何も言わないんだろう。

 

 

 「お前はいいよな」
 小金沢を見て言う。猿顔を眺める限り、悩みなんてなさそうだ。
「なんだよ」
 羨ましいというよりは馬鹿にした響きのほうが強く出て、気づいた小金沢も文句ありげに口を尖らす。だけど直ぐに顔を切替えた。悩みが無いというよりは思考が散漫で悩みが留まらないのだろう。
「あ、そうだ、そうだ。お前、今日から図書の仕事しろよ」
「は?」
「文庫の整理だよ。文庫整理」
「意味が……」
 いきなりの指名に眉を寄せる。また、こいつは何かやらかして、その罰を俺にも背負わせようというのか。
「何だっけ? あーそう、そう! えっと、寄贈文庫? その整理? ほら、札つけたりとか。そういうのじゃね?」
 小金沢の人差し指が鼻先までずいと伸びる。思わず視線が指に向かった。
「小波さん、図書委員じゃん。その仕事。でも休んでるもんだから滞ってるんだって。上谷、どうせ暇じゃん」
「……何で俺が」
 小金沢の指が目の前でくるくると回る。まるで魔法の杖のようだ。ただ、とても神秘の欠片もない杖だけど。
「何でって、小波さんが休んでるの、慎吾のせいじゃん。っつったじゃん」
「は……はぁ? 言ってねぇよ」
「いや、俺は聞いたね。聞いちゃったね。心の声を俺は聞いた」
 くるくると小さく円を描いていた指が止まって、 「どーん」 という言葉と一緒に額を強く指で押された。

 

 

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