嘘恋シイ【24】 | 虹色金魚熱中症

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虹色金魚の管理人カラムが詩とお話をおいています。

拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。

この想いはどこへ行けばいい

 

 

嘘恋シイ【24

 
 
 冷たい水に触れていると熱っぽく歪んでいた自分の内側が、少しずつ冷めていくのを感じた。
 先に手を洗い終えた彼女はぼんやりとブランコを眺めている。小さく揺れるブランコに子供の姿はない。

 夏休み前、自分の傍で泣いた彼女の小ささを思い出していた。この場所で彼女は泣いた。俺は傍にいることしか出来なくて、自分なら泣かせないのにとは言葉に出来ずに、ただ黙っていた。
 

 今日、彼女が泣いたのは何故だろう。考えても分からない。
 

 胸の内でどろどろと熱に歪んだ塊は、その熱を緩く冷ましたものの、歪んだ形は元にもどらない。それどころか、歪な形のまま胸の奥に凝り固まってしまった。

 

 ――無理なんだろうか。

 

 考えないようにしてきたことが、歪んだ箇所から漏れ出てくる。これから先も彼女が俺のことを想うことなんてないのだろうか。どれだけ傍にいても、どれだけ思いを伝えても、全てなかったことになるのだろうか。
 当たり前かもしれない。そもそも兄と付き合ってて……。次は俺、なんて普通に考えておかしいと思う。

 
 ――だけど、じゃあ、どうすればいいんだよ。

 
 硬い蛇口を閉めると、こちらを見下ろす彼女と目が合った。手を差し出すと、驚いたような顔で目を瞬かせた。ハンカチに目を向けると、慌てるように握り締めていたそれを差し出して、ぎこちなく笑う。その目はまだ赤い。
 びちょびちょになったハンカチをぱんと広げた。グレーの生地が濡れて、ワントーン暗くなっている。まるで心みたいだった。真っ暗に淀んだ曇り空みたいな色。それは俺の内側の色。だけど、いつかは乾くんだろう。そして元の色へと変わっていく。無かったことへと少しずつ。
 

 小波さんもそうなんだろうか。俺が諦めて放してやれば俺のことだけじゃなくって、兄のことも忘れるだろうか。
 

 彼女はそれを望んでいるのだろうか。

 
 気持ちの整理が出来ない。うまい言葉もアイデアもない。馬鹿丁寧にハンカチを折りたたみながら、ついて出てきた言葉に何も考えなんてなかった。ただ、浮かんだ単語をゆっくり繋げて、言葉にしただけだ。
 

 「小波が……困るなら。その、……馴れ馴れしいのとか、やめた方がいいのかな」
 

 眩しそうに空を見上げていた彼女が振りかえる。俺の言葉をゆっくりと飲み込むように深呼吸した。
 

 「な、に?」
 

 掠れるような声に戸惑った。どうしてそんな顔をするんだ。怯えるように弱々しく眉を寄せている。
 

 「俺のせいで……呼び出されたり、そういうの……嫌でしょ」
 

 そんなこと思ってもない。だけどとめどなく言葉は零れた。心拍がゆったりと、だけど確かに速度を増していく。嫌だと言って欲しい。傍にいていいと、俺の傍にいたいと思って欲しい。
 

 ――じゃなきゃ、もう無理だ。

 
 「え……な、に。だって、そんなの……」
 

 何かを探すように彼女の視線は彷徨った。見つけて欲しい。俺の望む言葉を言って欲しい。欠片でもそれが見えたら、きっと迷わないですむ。俺からは離れない。
 

 「でも」
 

 否定的な言葉を伴って、彼女を煽る。それにびくつくように彼女は俺を真直ぐに見た。
 

 「だって!」
 

 焦りを帯びた言葉の先を祈るように待った。彼女はぎゅっと手を握り締め、同時にその黒目がちな瞳をきゅっと閉じた。

 

 「友達なのに」

 

 忙しない蝉の音も、遠くで喧嘩していた猫の唸り声も吸い込まれるように消えて、その言葉だけが俺の耳から体の奥に落ちていった。彼女が掴んで落とした欠片は、深いところに突き刺さった。痛い。そして取り出せない。
 ぎゅっと目を閉じたまま強張っている彼女を見下ろしながら、差し出しそうになる手を静かに落とした。ゆっくりと目を閉じて、静かに震える息を吐いた。目を開くと彼女もおずおずとこちらを見上げ、ぶつかった視線に彼女は小さく後ずさった。
 

 「小波。小波は……ずるい」
 

 細い肩がびくつくのを見て、何かが弾けた。離れかけた彼女の腕を強く掴んで、そのまま引き寄せる。
 

 「あ……」
 

 小さな頭がとすんとぶつかって、簡単に俺の胸に収まった。触れている彼女の腕がぎこちなく固まる。その身もびくりと震えて、捕捉者を前に息を殺している小動物みたいだ。

 

 ……こんなに好きなのに。

 

 どれだけ傍にいても縮まらないものはあるのかもしれない。腕の中の彼女はその身を殻で覆ったように頑なに俺を拒んでいる。震えるような硬い膜。
 

 小波さんの震える腕が俺の胸を強く弾いた。彼女も俺もよろめいて、一歩ずつ下がる。俺は彼女を見て、だけど彼女は俺の目を見なかった。

 
 握った拳が熱を持つ。意識せず握り締めたそこに痛みが広がっていく。だから一層強く拳を握った。拳だけの痛みで、全てを誤魔化してしまいたかった。
 

 「……小波はずるいよ」
 

 掠れて落ちた言葉を拾いもせずに彼女は俺の前から逃げ去っていった。

 

 

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