黒曜の珠【後編】 | 虹色金魚熱中症

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拙いコトバたちですが読んでいただければ幸いです。


ほぉら、お前を待っているよ


黒曜の珠【後編】



 決して私が望んだわけではないが、私の住処には曰くがあった。

  『白神の宿る社』
 それが私の住まう場所だ。そしてそこには巫女たちがいた。腐った大地でも祈りだけは誰も捨てきれなかったから、社を切り盛りするもの達が私に仕えていた。
 姿無き私を差し置いて神主は懐を肥やし、巫女たちもまた信仰という名の下、不自由の無い暮らしをしていた。

 ――他力本願。

 人はこぞって社に訪れた。気まぐれな私は人の願いなど、稀にしか聞き入れることなど無いというのに、訪れるものは絶えなかった。
 微かな蓄えを投げ出してでも祈る者たち。その祈りはいつも暗く濁り、腐敗していた。私に祈る者たちは皆、酷く汚れて見えた。
 私には色彩を感じる瞳はなかったが、生きるものから発する明暗だけは感じ取れた。それはいつも黒かった。暗い祈りに答えるのは容易かったが、気は向かなかった。人の願いは粘着質で、溶けていっては二度と私から離れてはくれないからだ。

 そんな社に珍しい娘がいた。若い身空で私の社に仕えていた。珍しいというのは、彼女だけが黒く見えなかったからだ。どちらかといえば白。
 長い歳月の中、私が捕らえた人々の中で、ただ一人白かった。けれど、それはただの色であり、光ではなかった。眩い光ではなく、ただ、ひたすらに白い平面。そのように感じていた。

 彼女は所謂、捨て子であった。御神木の根元に捨て置かれたものだった。もしかすると、私への供物だったのかもしれない。物だからか。物だから、他のものとは違うのかと思えた。
 私の祠を磨くのが日課の彼女は、口先だけで態度のでかい神主や他の巫女たちと違い、毎朝、毎夜、私に頭を下げては、丁寧に仕事をこなす。
 彼女は私の前で一度も言葉を用いたことがなかったから、その働きの対価に願いを聞いてもよかったが、その機会はなかなか巡ってはこなかった。
 彼女の瞳は何も映らないようであった。大きな黒目がちの瞳は、ただ開かれているだけだった。逆に誰にも見えぬ私の姿を捉えているような気もした。ごくたまにだが、社を掃く彼女と目が合った気がしたから。
 
 月日が経ち、そんな彼女に変化があった。彼女の瞳はよくものを言うようになった。言葉こそは無いものの、その黒い瞳に宿った光は喜びを唄うようであった。
 白い平面は、なだらかに曲を描き、ほのかに光りだす。その光は決してもう真白では無かったが、それはそれで面白いと思った。色の見えぬ私にも彼女の揺らぐ光は炎のように波打って感じた。まるで生まれたての命のように。

 ――そして、炎は不意に尽きた。

 彼女は私に懇願した。確かに宿っていたはずの光はいつの間にか消え失せ、暗い穴が二つ、私を真っ直ぐ見据えていた。
 『彼を私にください』
 懇願は私の前で緩く、緩く、漂った。私はそれを叶えてやろうと思った。私が人に興味を持ったのは本当に久々のことだったから。
 だから私は彼女を喰らった。彼女が納めた彼女自身を。彼女の体は私に溶けた。彼女の記憶が私の全てと交わって、今、私はここに居る。
 「彼女は、あの巫女は。巫女はどこにおわすのか」
 この男か。この男だな。
 口も開かぬ私に彼の肩は戦慄いた。苛立ちが顔を覆う。男は終に私の腕を捻り上げ、わき道へと引きずった。男は私と面したことで、感情が大きく振れていた。私の前では皆そうなる。
 私にも分かっていた。社に訪れるものが皆、黒いわけでない。戸惑い、請い、縋りながら、私と面して変わるのだ。
  ――黒く、暗く。
 路地は細く暗がりで、昼間といえど人は居ない。男は私を通りの色あせた壁に打ちつけた。
「お前は誰だ」
 男の声が荒ぐ。ふつりふつりと私の中が揺れた。それはとてもくすぐったく懐かしい。褪せた色合いが戻ってくる。黒く、黒く・・・・・・。私は醜く口を歪めた。
「お前はっ。誰なのだ」
 肩を掴み、壁に強く打ち付ける。ただし打ち付けられたのは男だった。突然の痛みに男の目は見開かれ、女の腕を振り払う。けれど、もう遅い。
 私の手首に掛かっていた数珠は気づくとそこを離れ、男の腕に絡みついていた。それは黒曜石のように輝く鱗に変わる。
 男は小さく悲鳴を上げると、腕がもげるほどに片手を振るった。けれども鱗は男に絡まり、一つの縄へとなっていく。黒い鱗は私の体をも包み込み、その体は大蛇となって男に絡んだ。
 赤黒い瞳は男を射抜く。半狂乱になりながらも、蛇から離れようと自分の体を捻っていた。
 私は笑った。
 大蛇の体はぬるりとうねり、男の体を締めつける。鈍い音が男の体から響き、大蛇と化した口からは細い牙が鋭く光った。鋭角に口端をあげると男の体ひと呑みした。大蛇の腹が大きく波打つ。
「我は蛇よ。気まぐれに人を喰った蛇。代わりに女の願いを叶えると約束した」
 白い巫女は言ったのだ。
 
 『いつか、彼とひとつになりたい』
 
 数珠しか持たぬ寂しい巫女は自分を私に差し出したのだ。差し出せるものは他に無い。手放せるものがないからと。
 大蛇は体をくねらせると女の姿に緩やかに戻った。
「さぁさぁ、我の腹の中。女がお前を待っている」
 自分の腹を小さくなでながらにたりと笑った。交わした約束を確かに果たし、蛇は男の声をも手に入れた。


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【中編】



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