――罪悪感。
それは鈍器みたいに鈍く鈍く私を襲う。
ウソコク【4】
窓辺から注ぐ日中の明かりが横顔を直射する。それでもカーテンを引かないのは、入り込む風を邪魔したくないからだ。程よい温もりを帯びたそれは優しく昼休みの教室を循環していた。
「優貴さ、上谷と何かあった?」
奈央が余りにもそっけなく口にした言葉は一瞬だけど私の脳を停止させた。
お弁当をつついていた優貴にさらりと核心を突いた彼女はわりと男友達が多い。クラスの男子は呼び捨てがセオリーで、例にもれず上谷君は 「上谷」 だった。
その横に座る美弥の箸は止まらずに、私には甘すぎる卵焼きを口に運んでいる。けれど明らかにこちらの表情を観察していた。
「何、ってなに」
「私たちにも内緒なの?」
美弥が小ぶりだけど真ん丸い小動物のような目をぱちりと瞬きさせて見つめてきた。
学校行事の主たるものはすべて一緒に過ごしてきた彼女らと私はいわゆる友達だ。程度でいうなら親友の域にいる。
そんな二人に 「内緒」 がある。美弥の言葉がぐっとのしかかった。
痛いというより重い。
毎日ちょっとずつ突いてくる針みたいな罪悪感は重なって重なって、もう鋭さよりも鈍器のような重い一撃を振るってくる。
「え、だから、何?」
小さく首を傾げる。そつなく 「なんのことやら」 の表情を貼り付けると、そんな私を目を細めて数秒眺めていた奈央は肩を上げて美弥と目を合わせた。
「なんだ、ガセか」
「みたいね」
空になったお弁当箱をすでに赤い梅柄の巾着に収めてしまった奈央は、いつものようにどこからともなく取り出したお菓子の箱を音を立てて開けた。手のひらに収まる茶色のクッキーには、これでもかというほどチョコチップが見え隠れしている。
ダイエットはもうやめたのだろうか、小さなお弁当を空にした美弥もその箱に吸い寄せられるように手を伸ばした。
「咲ちゃんがね」
「何かあるぞって」
「言ってたの」
お互いの言葉をカバーしあいながら 「ね」 と二人は再び顔を見合わせる。チラリと教室を見渡したけれど、上谷君はいなかった。気づかれない程度のため息が零れた。
「咲のやつ、上谷が告ったんじゃないのかってさ」
「そうそう。三年目にしてようやく私たちの間で恋バナが咲くのかと」
二人して見合う。
「そりゃそうだ。だったらこんな何事もなく弁当食べてるわけないか」
「ですねー」
大げさなため息と肩を落としてみせる二人に困ったようにやんわりと笑う。そんな私をみて二人も 「なんだぁ」 と笑った。
たわいもない会話を冷静な私が聞いている。まるで関心のないドラマを見ているみたいに彼女は表情を変えない。子供の私は奥に潜んで息を殺してうずくまっている。それはいつものこと。
こうやって笑う私はどんどん覆われていく。黒くて汚い罪悪感。それを味わっても私は嘘をつく。圭吾さんと付き合うようになって嘘が平気になった。嘘が上手くなった。
けれど時々思うのだ。
笑顔で嘘がつける私を圭吾さんはこの先ずっと好きでいてくれるのだろうかと。
「あーもう、咲のやつ、適当言ってくれちゃって!」
ショートカットの髪をがしっと掻いた奈央を見て、昨日の上谷君を思い出してしまった。なんだか自然と口元が綻んだ。
「あ、委員会」
上谷君から圭吾さんに手綱がわたって、図書委員の仕事を思い出す。慌ててお弁当箱を閉じた。
「大変だね。やっぱり委員会なんて入らないのが一番」
二人をむすっと睨みながら立ち上がる。でもこれも嘘だ。委員会、図書室は嫌いじゃない。駆け上がりたい気持ちには何とか蓋をして足早に教室を抜け出していた。
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