• 21 Nov
    • 人生は突き詰めると、自分の欲を認め満たすことの連続でそれしかしていない

      この記事に書いた、2つ目の疑問について書きます。「主体性」が必要なのはわかる。でも、どうして、「ありのまま認める、満たす」が必要なのだろう。「誰かに自分を認め満たしてもらうのが当然だ」から「自分で自分をありのまま認め満たす」ことが立て直しに繋がるのはわかりましたが、何故、これが立て直しに繋がるのか、その理由がわからなかったのです。「主体性」だけだとダメな理由は何?「ありのまま認める」だけでもダメな理由は何?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「ありのまま認め満たす」には「繋げる」役割があるのです。「従属的・支配的な思考・行動」の状態から「主体的な思考・行動」へと変える為に、「誰かに自分を認め満たしてもらうのが当然だという状態を、自分でありのまま認め満たす」ことを通じて、「自分で自分をありのまま認め満たすこと」へ繋げるということをしています。複雑な表現に見えるかもしれませんが、このような形になっているのには、理由があるのです。セットアップフレーズを作って、実際にやってみると、「なるほど、そういうことねー」と思われると思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は「何故、自分で自分をありのまま認め満たすことで変化が生じるのか、この先に何があるのか見たい」という取り組みの過程で、とある作業をしていました。それは、過去の自分やクライアントさん達の、セッション前・中・後の視点・思考・言動・得た結果・その後といった動きを細部に渡り、言語化した後に、それを1つに繋げること。それが、現在、ありのまま認める×EFTで提供している何かしらの出来事に対し、自分の躓きの癖が顔を出した時に、これまで使ってきた・誰かに自分を認め満たしてもらうのが当然だ・従属的な思考・行動ではうまくいかないと気付いて、・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・行動の二点を育み、実行し、得た結果を次に繋げるという一連のプロセスへとなっていくのですが、細かい内容を1つに繋げた時、大きな動きが見えてきました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・人生とは、生きるとは、突き詰めると、自分の欲を認め満たすことの連続で、それ以外していない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・正直、思っていた以上に単純だと思いました。この先に話を進める前に、ありのまま認める×EFTで言う「欲」について、説明をします。欲というと、物欲とか、食欲、成功欲、金銭欲、自己顕示欲とか、強欲とか、そういったことを想像するかもしれません。ここで言う欲とは、上記で述べた欲も含めて、無意識・意識的拘らず、人間が生きるにあたり、欲し得るもの、欲し求めるもの全て という意味です。酸素を欲す、水分を欲す、血液の循環を欲す、知りたいという欲、精神的に満たされたいという欲、人を助けたいという欲、何もしたくない、何もほしくない、食べたくない、何かを捨てるというのも「欲」です。自分の中で、欲が生じなくなった時、人は「死ぬ」と言えます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・では、欲を認め満たすとは、具体的に、どういうことを指すのでしょう。自分が何をしたいのか、何をする必要があるのかをわかった上で、実行し、何かを得て、納得したり、満足したり、次に繋げたりすることです。眠いと思った時に、寝ると決めて、実際に寝る。体の疲れが取れた状態で、次の作業をする といった具合のことです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・では、なぜ、人生において、自分で自分の欲をありのまま認め満たす必要があるのでしょう。・人間の本質と、その人の特性や能力、魅力、才能といったものを発揮し、発展して生きる為・自分と周囲の違い(特性、能力、魅力、才能)を尊重した上で、互いの持ち味を発揮しあい、発展させながら生きる為です。この答えは・「誰かに自分を認め満たしてもらうことを求めて、従属的・支配的な思考、行動をする」・「自分で自分をありのまま認め満たして、主体的に思考し、行動する」双方の動きが、どのようなもので、どのような結果に至り、何を得ているのかといったものを明らかにした際に行き着いたものです。このことについては、長くなるので改めて書きますが、これは、現在、ありのまま認める×EFTの2つの基盤となっています。セットアップフレーズ・リマインダーといったものは、全て、この2つの基盤に沿って作っています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・人生とは、生きるとは、突き詰めると、・人間の本質と、その人の特性や能力、魅力、才能といったものを発揮し、発展して生きる為・自分と周囲の違い(特性、能力、魅力、才能)を尊重した上で、互いの持ち味を発揮しあい、発展させながら生きる為に、自分の欲をありのまま認め満たすことの連続と考えた場合、自分の人生は、成功したり、発展したりする他ないということになる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・では、なぜ、人生において、問題や悩みが生じるのでしょう。人生とは、生きるとは、突き詰めると、・人間の本質と、その人の特性や能力、魅力、才能といったものを発揮し、発展して生きる為・自分と周囲の違い(特性、能力、魅力、才能)を尊重した上で、互いの持ち味を発揮しあい、発展させながら生きる為に、自分の欲をありのまま認め満たすことの連続と考えた場合自分の本質や特性といったものを発揮できないことが、悩みや問題となる と言えます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・では、なぜ、本質・特性といったものが、発揮できないということが起こるのでしょう。それは今の自分に合わない、欲の認め満たし方を選んでいるから(欲の認め満たし方が、今の自分に合っていない)です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・クライアントさんが、何かしら問題や悩みが生じて、それに対応したけれど、うまくいかないと仰る時。クライアントさん達の欲の認め満たし方が、子供の時分に形成した・誰かに自分を認め満たしてもらうのが当然だになっていました。実は、この対応をする時。確かに、ご自分の本質や特性といったものを発揮できない動きが生じていて、最終的に自己否定に行き着いているのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ということは、大人の人生とは、大人として生きるとは、突き詰めると・人間の本質と、その人の特性や能力、魅力、才能といったものを発揮し、発展して生きる為・自分と周囲の違い(特性、能力、魅力、才能)を尊重した上で、互いの持ち味を発揮しあい、発展させながら生きる為に、自分の欲をありのまま認め満たすことの連続であり、自分の人生は、成功したり、発展したりする他ないと考えた場合。大人の人生を、子供仕様の対応に合わせた場合、誰かに自分の欲を認め満たしてもらおうとすることの連続・積み重ねになり、本質・特性を発揮することができないことの連続・積み重ねになる為、大きくなればなるほど、生きづらさが増すということになる。「何故生きるのかが、わからない。」「生きる意味がわからない。」という状態に陥ったとしても、ちっともおかしくないのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・事故に遭い、先の見通しが立っていなかった頃。現状を何とかしたいと思った私は、「現在の躓きは、過去に問題がある」といった感じの情報に辿り着いたことがありました。勉強の仕方がわからないとか、大人のなり方がわからないだとか、思い当たる節がいくつもある私は、そうだとしたら、具体的に、今、何をしたらいいのだろうと思いました。今更、過去に戻って、人生をやり直すことも出来ないし、かといって今のままで良いとは思えない。躓いている今、具体的に何をどうしたら、自分を立て直せるのかを知りたいと思いました。ところが「感謝する」「自分を責めない」「許す」「手放す」「笑顔」といった感じの内容に、疑問ばかりが湧く始末。様々な情報に触れては、あれもこれも、色々なテクニックを全て身に着けていないと現状を立て直せないような気がして焦ったり、げんなりしたりする中、私は、下記のようなことをを思いました。生きる上で、沢山のテクニックとか、心理学とか身に着けていなければ、人間がもともと持ち合わせている力って、活かせないのだろうか。もっと、別の、頭も心も合致した状態で、自然で、現実的で、心から納得のいくやり方ってないのだろうか。「もともと持ち合わせている力を発揮する方法」といった、人間の取り扱い説明書のようなものがあるとしたら、どんなものだろうか。このようなことを考えていた私にとって、人生とは、生きるとは突き詰めると、自分の欲を認め満たすことの連続で、それしかしていないという答えは、とても明快なものでした。先の見通しが立っていなかった時に抱いた疑問の答えに、長い時間をかけて、辿り着いたことに気づいて驚くのは、もう少し後なのですが、セッションは、クライアントさんの本質や特性を活かせない欲の認め満たし方を立て直して、本質や特性を活かす為に、欲を認め満たすこと」に焦点を当てて行えばよいのだと改めて意識したのでした。

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  • 18 Nov
    • どうして、ありのまま認め満たすが必要なのだろう

      この記事は、前回からの続きです。今日は、2つ目の疑問「主体性」が必要なのはわかる。でも、どうして、「ありのまま認める、満たす」が必要なのだろう。について書きます。私は、「誰かに自分を認め満たしてもらうのが当然だ」から「自分で自分をありのまま認め満たす」ことが立て直しに繋がるのはわかりましたが、何故、これが立て直しに繋がるのか、その理由がわからなかったのです。以前のブログに、私はこのようなことを書きました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・世の中には愛されて育った、可愛がられて育った子は、安定した大人になる褒められて育った子は伸びる怒られて育つと、萎縮する、無気力になる叱られて育つと、打たれ強くなる否定されて育つと、自己評価の低い、自信のない大人になるといった情報があります。でも。愛された、可愛がられた、褒められた、何不自由なく育ったといったことをお話になるクライアントさんも、愛されなかった、怒られてばかり、否定されてばかり、我慢ばかりして育ったとお話になるクライアントさんも、皆、同じ【子供仕様】の対応で躓き、不安定な状態になっていたのです。愛されて育つとか、愛されないで育つとか、関係ないってこと?一体、どういうことなんだろう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日の記事をお読み下さるあなたに、質問があります。あなたにとって「愛される・愛された」とは、具体的に、どういうことを指すのでしょう。いきなり聞かれても、答えに困ると思われるかもしれません。答えに困ると思ったとしても、実際の所は、何かしら、あなたなりの理由や意味づけがあって「愛される・愛された」という表現を選択し、使っているはずだと思うのです。ということで私は、セッションを提供する過程で、「クライアントさん達が放つ言葉に含まれている、普段は一切表現されることのない意味」に意識を向けるようになりました。ちなみに、「愛される・愛された」という表現は、人それぞれ異なるのですが・認めてもらえた・好かれた・大事にされた・わかってもらえた・受け入れてもらえた・特別扱いしてもらえた・注目された・選ばれた・褒められた・喜ばれた・放っておいてもらえた・自由にさせてもらえた・信用されていた・心配してもらえたといった具合に、様々な内容があります。皆の表現は、それぞれ異なるのですが「愛される・愛された」という表現に付随する動きには、共通点がありました。「自分からは何も言わなくても周り(相手)が自分の思いを察してくれ自分の思い描いた通りの反応をしてくれること」が「愛された(愛される)」になっていたのです。これは、例えるなら、生まれたばかりの子が・自分からは何もしなくても、周囲は、子のお腹がすいていることを察してくれ、ミルクを与えてもらえた・泣けば、周囲は子が何を欲し求めているのかを考え、何かしら与えてもらえた・泣いても、笑っても、排泄をしても、一挙一動、周りから注目されたり、褒めてもらえたり、喜ばれたり、心配してもらえたといった具合に、「ありのままの自分で愛される」ということなのですが、ここで問題が生じます。人間は、成長します。いつまでも、生まれたばかりの子供ではいられなくなるのです。でも、子は、そのことを知りません。子は、成長しても、それまでと変わらず「自分からは何も言わなくても周り(相手)が常に、自分の思いを察してくれ自分の思い描いた通りの反応をしてくれること」つまり「愛されること」が当たり前の状態です。「誰かに自分を認め満たしてもらえるのが当然だ」という方法しか身に付いていない、知らないのです。成長した子は・自分からは何もしなくても、周囲が、子が何を求めているのか全て察して、子が欲しいものを与えてくれるでしょうか・泣けば、周囲が子の欲し求めてものが何かを考え、与えてくれるでしょうか・泣いても、笑っても、排泄をしても、一挙一動、周りから注目されたり、褒めてもらえたり、喜ばれたり、心配してもらえるでしょうか小さいうちは、まだ周囲の配慮があると思います。でも、子が大きくなるにつれて、周囲の対応は変わるはずです。子は「愛されるのが当たり前」という状態なのに「愛されない(と感じる)」ことが、どんどん増えていく為、不安定になります。その為「周囲からどうやったら愛されるのかを考えて、愛される為の行動」に励むことになります。これが、いわゆる「私を認めて活動」です。【子供仕様】の状態では、「周囲からどうやったら愛されるのかを考えて、愛される為の行動」に励み、周囲や物事といったものが自分の思い通りになれば良いことになっているのですが、ここで代償が生じます。「自主的に、周囲からどうやったら愛されるのかを考えて、愛される為の行動」は身に付いても、「主体的に思考し、行動すること」が身に付ける機会を失ったまま、成長することになるのです。この状態で、成長した場合。「自分で、考えて行動してください」と言われると、主体的に思考し、行動しているつもりなのだけれど、実際は「周囲から、どうやったら愛されるのかを考えて、愛される為の行動」をしてしまうのです。ある時、ありのまま認める×EFTで・自分をありのまま認め満たすこと・ご自身の躓きがどこにあったのかを言葉で把握すること・主体的に思考し、行動することを数年に渡り取り組み続け、今も、ご自身の望む状態を作る過程にいらっしゃるクライアントさんが・小さい頃、とにかく周りから大事にされ、愛されて、喜ばれて、褒められてといったことが当たり前だったのに、ある時期を境に、それがぱったりなくなったこと・愛されることが当たり前なのに、愛されないのは何故なのか、その理由が全くわからないまま、自分がダメだからだと思い込んだ状態で、大きくなったことを、お話下さったことがありました。クライアントさんは成長し、「自分のことは、自分でできることが当たり前」になっているのに、自分で自分をありのまま認め満たす方法を知らず、誰かに自分を認め満たしてもらうしかない状態にあったことによって、周囲から愛されないと感じることが積み重なったのですが、そうならないように、小さな子供だったクライアントさんにわかるよう、説明した大人はいませんでした。そんなこと、説明してもらわなくても、大人になったら、自然にわかるでしょう、気づくでしょうと思うかもしれません。でも、大人になって気づいた所で、遅いのです。すぐに立て直せる訳ではありませんし、別の問題が発生するのです。心のうちに積み重なった「愛されない傷」は、どうしたらいいの?「周囲からどうやったら愛されるのかを考えて、愛される為の行動」しか身に付いていないのに、どうやって現状を立て直すの?次に続きます。

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  • 16 Nov
    • 何故、「子育てについて」に行き着いたのだろう

      この記事は・前々回・前回の続きなのですが、今日は、3つ目の疑問について書きます。「自分で自分をありのまま認め満たす、この先に何があるのかを見たい」と思った先にあったのが、何故「子育てについて」なのだろう。結婚、子供を産む、子供を育てるという選択をしなかった私が、それを言うの?いやだあああああああああと思い、すっかり怖気づいてました。じゃあ、やる?やらない?どっちでもいいけれど、どうする?頭ではやる方を選ぼうと思っているけれど、感覚的にはやりたくない。こういう状態のまま着手した場合、どっちつかずな動きで時間や労力のロスが生じるのが目に見えていました。なので、ここで、ありのまま認める×EFTの出番です。いやだー、怖いーといった感情解放から、自分の答えを引き出す取り組みを始めてすぐに気づきました。「・・なんだ、いつものパターン(私の躓きの癖)だ」仮に、ここで怖気づいて止まる選択をしたら、この先、一時はほっとするけれど、後になってまたぐだぐだして、中途半端にしたことを悔やみ、自分を責めるという流れになるのが目に見えていたので、やらないを選んではいけないと思い、消去法でやることを選びました。振り返れば、2015年の夏のとある日。クライアントさんとのセッション中、私の中で、メラメラと強い怒りが湧いてきた事がありました。ちなみに、クライアントさんに対しての怒りではありません。そのクライアントさんには、春頃から、次、次と問題が生じるようになっていました。セッションの度に顔を出す、長年に渡り積み重ねてきた、強硬な【子供仕様】の躓きの癖をギリギリ立て直して、次に向かうのが精いっぱいという時間が秋まで続きました。(これが何を意味していたのかは、改めて書きます。)クライアントさんは、本来、人生において、ありのままのご自身の本質や特性といったものを発揮しているはずの時間帯に、ずっと【子供仕様】の対応で、ご自分を抑え続けた状態にありました。立て直しの方法が何も身についていない状態で、現状を変えたいと何度も試みては何も変わらず、変わらないのは自分がダメだからだとご自身を責め、心身ともに疲弊した状態にありました。少し前のブログに書きましたが、長年に渡って、知らず知らずのうちに躓きを積み重ねて、自己否定が強くなっている状態を立て直す為に、色々な取り組みをしてもなかなか改善せず、ありのまま認める×EFTに辿り着き、さらに、時間・労力・お金を費やして・誰かに自分を認め満たしてもらう ・従属的な思考・言動 ではうまくいかないと気付いて、・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・言動へ立て直す というのは、人生におけるロスがあまりにも多過ぎると思ったことにより、怒りが湧いたのです。具体的に、どこの時点で、何をしたら、今、自分やクライアントさん達が、ありのまま認める×EFTをしなくて済んだのだろう。具体的に、どこの時点で、何をしたら、人生で、ありのままの本質・特性といったものを存分に発揮して生きられたのだろう。私の中に生じた疑問は、これらのことを知りたいという望みであり、願いでもありました。人は、無意識のうちに、答えを探すと言います。その答えが、2015年の秋に辿り着いた「子育てについて」ということです。個人的な話ですが、「子育てについて」に辿り着いた時、私は、長い時間をかけて取り組んできたことがいきなり終わって拍子抜けした上に、心底がっかりしていました。確かに私は、私の意思で、アイホージュを立ち上げること、運営することを決めて、取り組んでいました。夢中になって取り組み、この先を追い求めてこられたというのは、嬉しいし、幸せなことだとも思うのです。それなのにがっかりしたのは、私は、人生の早い段階で、根本的なこと(欲の認め満たし方)がわからなくて躓き続けたのだ ということを改めて意識したからでなのです。もし、人生の早い段階で・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・言動を具体的に大人から教わり、身に付けることが当たり前という状態でいたとしたら。当然、今やっている仕事も、立て直しも不要だし、今とは全く別の人生を選択しただろう。仮に、もし、そうだったら、私は何を選ぶ?「こうやってブログを書いたり、情報を発信したりすることなく、市井の人として、ひっそり自分のやりたいことに勤しみ、味わい、アハハオホホ楽しく生きたい!!」私にとって、変化とは、沢山の人に認め満たしてもらえる「特別な、すごい自分になる」ことではありません。普段の生活の中で、今の自分(クライアントさん)を存分に認め満たすことで、自分(クライアントさん)の持ち味や持ち物を活かしたり、発展したりすることなのです。これは、ありのまま認める×EFTのテーマの1つになっています。今、改めて、ここに至る迄の道のりを振り返って、強く思うことがあります。「この先に何があるのかがわからない状態で、よく持ちこたえたなあ」ということ。確かに、何があるのかはわからなかったけれど、持ちこたえられたのは、・納得して、交通事故の被害者の立場を終えたい(と思って、実現した)・サロンを立ち上げたい(と思って、実現した)・自分で自分をありのまま認め満たすこの先に何があるのかを見たいって、同じ感覚だ。「この感覚」をどこまでも追い求めたら、私は、この先に、何があるのかを見られるのではないだろうかという思いがあったからでした。「この感覚」は・被害者の立場を終えたい・サロンを立ち上げたいを実現しているんだから、今回も「この感覚」を、どこまでも追い求めたら「この先に何があるのか」に行けるんじゃない?といった具合に、結構軽やかで、安定感があるのですが、これが、いわゆる「引き寄せの法則」で言う「すでに望みが実現したように振る舞う」なのではないかと思っております。そういえば、この先に何があるのかわからなかったけれど、この先に行けないのではないかなんて、一度も思ったことがなーーい!!躓きは、ありのまま認め満たすことで、土台や持ち味へと昇華します。がっかりも、怒りも、後悔も、嫌だ、怖いといった思いも、ありのまま認め満たしたら、この先に進むための原動力となります。こうやって、実現の過程を振り返ってみると、いわゆる「引き寄せの法則」の・実現するのを信じて疑わないようポジティブに振る舞う・実現しないのではないかと疑ったり、ネガティブなことを一切考えないようにするについては、わざわざこういうことを考えている時点で、不自然な力みを感じて、実現が遠のく感じがします。ちなみに、この3つの実現はは、躓きが生じた際に・誰かに自分を認め満たしてもらう ・従属的な思考・言動 ではうまくいかないと気付いて・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・言動を選択することの積み重ねによって生じているのですが、私は、いつも「この感覚」に沿ってEFTをしているのです。クライアントさんによっては、「感覚に沿って」が、よくわからないと思うかもしれません。この感覚は、1つ1つプロセスに納得することで生まれます。納得を得る為には、セットアップフレーズ・リマインダー(EFTで使う言葉)は、ありのまま認める×EFTの2つの基盤に沿って作るのがポイントです。ということで、次に続きます。

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  • 14 Nov
    • 結婚、子を産む、子育てをしていない私が提供する、子育てする親の為のEFT

      前回、私の中で生じた疑問が3つあったことを書きました。1つ目は、小さい子供の頃から・誰かに自分を認め満たしてもらう ・従属的な思考・言動 ではなく・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・言動 育むことって、出来るのだろうか。2014年頃から、クライアントさん達から、「子育ての悩み」を伺う機会が増えていたことと、今までの取り組みの過程を振り返り、これは可能だろうと思いました。子供のうちは・誰かに自分を認め満たしてもらう場面が非常に多いです。なので、これを利用しながら、親とのやり取りを通じて・主体的な思考・言動 へ繋げて・自分で自分をありのまま認め満たすで良いのだという体験を積み重ねて身に付けていくというプロセスでいけるだろうと思いました。ただ、これだけだと不十分だと思いました。何故なら、生きていく上では・誰かに自分を認め満たしてもらう ・従属的な思考・言動を選択している方達と、やり取りする場面が多いからです。そういう時に・誰かに自分を認め満たしてもらう を利用して・主体的な思考・言動を選択し・自分で自分をありのまま認め満たすというプロセスを経ている「子供」の場合。認め満たしてくれる、周囲の大人や誰かから、あれこれ言われて・従属的な思考・言動をするよう求められることが続く度に・主体的な思考・言動を選択できる子供は、決して多くないと思います。認め満たしてくれるはずの周囲の大人や誰かから、あれこれ言われ続けるうちに、無意識のうちに子供は「自分が間違っている」と思い込んだり、面倒くさいから、表向きは、周囲に従っていれば、いいやと思ったりして・自分を認め満たしてもらう 為に・従属的な思考・言動 を選ぶようになっていくだろうというのが、これまでのセッション内容からいっても、十分考え得ることでした。取り組みを通じて、貧困、いじめ、DVといったものは・誰かに自分を認め満たしてもらう ・従属的な思考・言動によって生じることに気づいた私は、仮に、周囲の大人や誰かが・誰かに自分を認め満たしてもらう ・従属的な思考・言動を選択している状態で接してきたとしても、子が自分の安全を守れるように・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・言動を選択できる土台を作りたいと思いました。これが出来るようになれば、後に、子は、成長する過程で、周囲の状況、条件、様々な制限がある中にあっても、主体的に思考し、自分が納得した状態で、望む目的地を定めて、今の自分に出来る選択をして一歩進み、進んだ先で得たものを次に繋げることが出来るようになるだろうと思ったのです。ただ、私が接するのは、あくまでクライアントさんであって、お子さんと直接やり取りをすることはありません。私がやることは、これまでと変わらず、クライアントさんに躓きの癖が生じた際に、・誰かに自分を認め満たしてもらう ・従属的な思考・言動 ではうまくいかないと気付いて、・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・言動へと立て直すプロセスを身に付けられるよう、セッションや、やり取りをすること。子が、親とのやり取りを通じて・主体的な思考・言動 へ繋げて・自分で自分をありのまま認め満たすで良いのだという体験を積み重ねられるようにすること。こういったことを念頭に、セッションをするようになりました。何故なら、自分(大人)が出来ないことを、子供が実際に日常で使えるように教えるのは無理があるからです。仮に、大人が・誰かに自分を認め満たしてもらう ・従属的な思考・言動を選択している状態で、想像し得る・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・言動を、子供に教えようとする場合。・誰かに自分を認め満たしてもらう・子供の好き放題、やりたい放題といった具合に、「ありのまま認める」「自由」をはき違えた内容を身に付ける可能性があるのです。子供の状態では、まだ、周囲や大人のフォローがある為、何とかなります。でも、子供は、いつまでも子供でいる訳ではありません。大人になる過程で、知恵も力もつけていきます。その状態で・誰かに自分を認め満たしてもらう・自分の好き放題、やりたい放題となると、自分の好き放題、やりたい放題する為に、知恵を使い、力づくで周囲を自分の思い通りに動かそうとする為、知らず知らずのうちに、次、次と自らトラブルを引き起こすことになります。仮に・誰かに自分を認め満たしてもらう・自分の好き放題、やりたい放題というやり方に、長年に渡り、慣れ切ってしまった状態で・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・言動へと立て直そうとする場合。・誰かに自分を認め満たしてもらう ・従属的な思考・言動 状態で躓いていて、それに気付いて・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・言動へと立て直すよりも、はるかに難しいのです。何故なら、短絡的に欲しいものを得てきた為に・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・言動で必要な、堪える力、待つ力といったものを身に付ける機会がないまま、成長することになるからです。先程も書きましたが、子供はいつまでも子供でいる訳ではありません。大きくなるにつれて・誰かに自分を認め満たしてもらえない・自分の好き放題、やりたい放題が出来ないということが増えていくのに、それに気づかず、周囲に対して・自分を認め満たしてくれて当然だ!・自分の好き放題、やりたい放題するという振る舞いをしてしまうことになるので、結果的に、生きづらくなってしまうのです。そんなこんなで、私は、2014年頃から、子を産まず、育てることを選択していない私が、子育てに関する相談を受けたり、セッションをしたりしています。以前、ここ4年程、お付き合いのあるクライアントさんとの継続セッションで「・・・ということはうちの子供って、実験台ということですよね?」と聞かれたことがありました。私がどきっとしたのは言う迄もありません。「う、うん」と答えた私に対して、クライアントさんが、思いがけないことを口にしました。「えー面白いー。だって、うちの子、パイオニアってことですよね!!!それって、凄いですよね!!!」ということで、そのうちに、パイオニア母さん達がどのような子育てをなさっているのかをブログで紹介したいと思っております。

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  • 09 Nov
    • 結婚、子供を産む、子供を育てるという選択をしなかった私が、それを言うの?

      何度も書いていますが、ありのまま認める×EFTは、7年かけても立ち上げられなかったアイホージュが、何故かわからないけれど、自分の思考や感情、言動といったものを、EFTの手法を使い、ありのまま認め満たしていたら、7か月で立ち上がったということが、始まりです。一体、何が起きているのだろう。自分の変化が面白かったから、自分で自分をありのまま認め満たす、この先に何があるのかを見て見たい。そう思ったあの日から、ずいぶんと時間が経ちました。「自分で自分をありのまま認め満たす、この先に何があるのか」がわからなかった私は、「サロンを立ち上げる」時と同様、「自分で、自分をありのまま認め満たす、この先に何があるのかを見たい」という行先を自分の中に設定しました。そして、自分の納得を求めて、自分の思考や感情、言動といったものを「あるがままにある」と認め、それらを存分に満たしながら、「この先にある何か」に向かって歩を進めるというルーティンをひたすら積み重ねていました。2010年頃だったと記憶しているのですが、私の中で「何故かわからないけれど、クライアントさん達の問題や悩みは皆、違うはずなのに、皆の訴えが同じに聞こえる」と感じるようになりました。当時、クライアントさん達に共通して生じていたことは・クライアントさん達は、現在の問題・悩みについてEFTをすると、「昔のこと(小さい頃のこと)を思い出した」と話す・小さい頃の出来事と、現在の出来事(問題・悩み)には、共通点がない・小さい頃の出来事と、現在の問題・悩みに対応する際のクライアントさん達の思考・選択・言動といった「動き」が同じである・この対応方法は、小さい頃、周囲の身近な大人との関係において形成している・同じ対応をしていても、小さい頃はうまくいった(その場を凌げた)と感じているのに対し、現在はうまくいかないと感じている・ただし、現在、問題や悩みに対応する際には、この方法をうまくいくと思い込んで実行しているでした。この内容をまとめると・周囲の大人たちが良かれとして教えた内容を、子供が一生懸命従い続けた結果、大人になった今、躓いている。ということです。一体、これはどういうことなのだろう。何故、このようなことになっているのだろう。人は、疑問に思ったことの答えを、無意識のうちに探すと言います。前のクライアントさんとのセッションで生じた疑問が、次のクライアントさんとのセッションで答えが見つかるということもありました。お互い、会うことのないクライアントさん達の間に「見えないバトン」があるように感じることもありました。クライアントさん達や、EFTとは全く関係ない人たちとお喋りをしている時に、誰かが放つ言葉が、そのまま答えとなって出てくると感じることもありました。何かしら発見がある度に、私の中にある「点」と「点」が繋がって「線」となったり、繋がった「線」が、他の「点」や「線」と繋がったりする。そういった謎解きをしながら、一つ一つ、地道に歩を進めていました。私が、疑問の答えに辿り着いたのは、2015年の秋です。ありのまま認める×EFTの取り組みは躓きに気づいて立て直す為に・誰かに自分を認め満たしてもらうのが当然だ・従属的な思考・行動ではうまくいかないと気付いて、・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・行動の二点を育むことだと意識しました。この時、私の中で生じた疑問が3つありました。1つ目は、小さい子供の頃から・誰かに自分を認め満たしてもらう ・従属的な思考・言動 ではなく・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・言動 育むことって、出来るのだろうか。クライアントさん達は、本来ならば、大人として、自分の本質や特性、能力を発揮する時間帯にいるはずです。なのに、実際の所、周囲に対して、表向きは、問題なくやっているように振る舞いながら、内側では、自己否定を積み重ねて、どうしていいのかわからない状態になっています。長年に渡って、知らず知らずのうちに躓きを積み重ねて、自己否定が強くなっている状態を立て直す為に、色々な取り組みをしてもなかなか改善せず、ありのまま認める×EFTに辿り着き、さらに、時間・労力・お金を費やして・誰かに自分を認め満たしてもらう ・従属的な思考・言動 ではうまくいかないと気付いて、・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・言動の二点を育むとなると、人生におけるロスがあまりにも多過ぎると思ったのです。もし、子供の頃から、この二点を実際に、普段の生活で活かせるように伝えることが出来たなら、大人になった今、躓かなくても良かったんじゃないか。仮に、それをやろうとするならば、実現可能なことなのだろうか。どうやったら、出来るのだろうか。そう思いました。2つ目は、「主体性」が必要なのはわかる。でも、どうして、「ありのまま認める、満たす」が必要なのだろう。「誰かに自分を認め満たしてもらうのが当然だ」から「自分で自分をありのまま認め満たす」ことが立て直しに繋がるのはわかりましたが、何故、これが立て直しに繋がるのか、その理由がわからなかったのです。「主体性」だけだとダメな理由は何?「ありのまま認める」だけでもダメな理由は何?3つ目は、「自分で、自分をありのまま認め満たす、この先に何があるのかを見たい」と思った先にあったのが、何故「子育てについて」なのだろう。私が蓄積していた点や線といったものが「この先にあったもの」と、まだ融合していなかったこともあり、何故、私が、ここに辿り着いたのかが、ちっともわかりませんでした。なので、結婚、子供を産む、子供を育てるという選択をしなかった私が、それを言うの?いやだあああああああああと思い、すっかり怖気づいたのです。そういえば。追い求めていたものに辿りくのは、一体、いつになるのか。辿り着いたら、どんなことを感じるのだろうか。嬉しいのだろうか、喜ぶのだろうか。といった類のことを、私は何一つ考えたことがなかったと、ここに来て初めて気がつきました。辿り着いて、初めてわかること、気づくことがあります。誰かや何か、物事が自分の思い通りになったり、行きたい場所に行けたり、欲しいものを手にしたりしたら、きっと嬉しいだろう、喜ぶだろう。そのような想像をしていたけれど、実際に望んだ所に辿り着き、欲しい何かを手にした時、考えても見なかった別の問題が次々浮上し、以前よりも頭を悩ますなんて、よくあることです。

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  • 06 Nov
    • 「市井の人」「1人の人間」として

      私は、普段、ありのまま認める×EFTのセッションと称して、問題や悩みに、根本的・現実的に手を打つ為に・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・言動の二点を育む取り組みをしています。これらは、問題や悩みが生じた時に・自分はどうしたいのか、何をする必要があるのかをわかった上で、物事を選択し、必要な行動をし、望む結果に近づく為・本質・特性・魅力といったものを発揮していく為に必要なものです。この二点を用いた、問題や悩みの解決方法(本質・特性を発揮する方法)を、ありのまま認める×EFTでは、【大人仕様】と呼んでいます。この二点を身に付けることで、初めて・自分を尊重する(自分の力を発揮する)・自分を尊重するように、周囲を尊重する(自分と周囲の違いを尊重しながら、互いに発展する関係を形成する)ことが可能になります。この二点は「主体的に、思考したり、行動したり、得たものを次に繋げて活かせるようになる為に、自分で自分をありのまま認め満たす」と言った具合にセットで使う為、どちらかを欠いてもダメなのです。クライアントさん達は、最初のヒアリングの段階では、問題や悩みに対応するにあたって・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・言動を、選択できる状態にはありません。代わりに・誰かに自分を認め満たしてもらう・従属的な思考・言動という状態になっています。子供の頃に、周囲の大人たちとの間で形成した方法を、大人になった今も使って躓いているということから、ありのまま認める×EFTでは、便宜上【子供仕様】と呼んでいます。セッションをお受け下さるクライアントさん達は、それぞれ、生じている問題が違います。ですが、問題や悩みに対応する際に・従属的な思考・言動 で・誰かに自分を認め満たしてもらう ことを求めて躓いています。これが「クライアントさん達の共通の躓き」です。実際に、この共通の躓きが、どのように表れているのかを説明します。クライアントさん達は、ヒアリングの段階では、現状を変える為に・自分で自分をありのまま認め満たす・主体的な思考・言動 が必要で、選びたいし、選ぶとお話になります。ですが、実際に、思考や行動を変えようとする際に、これまでと同じ・従属的な思考・言動 で・誰かに自分を認め満たしてもらうことを求めるという矛盾が生じるのです。矛盾が生じても、それに気づいて立て直せるなら、全然問題はありません。ただ、クライアントさん達は、●矛盾に気づける状態にはない●矛盾に気づいても・自分で自分をありのまま認め満たす・主体性が身に付いていない状態です。その為、仮に、矛盾に気づけたとしても、必要な対応が出来ず、立て直せないのです。矛盾に気づかないまま、躓きを繰り返す過程で・時間・労力・お金をいらなく費やす・人間関係に不要な緊張をもたらす・自信・居場所・存在価値を失う・自己否定にはまりんで、抜け出せないということが起こります。ここから抜けようとする時、よくあるのが、周囲に対して1・表向き、ポジティブに振る舞う2・我慢を止め、自分の中にある思いを何もかもぶちまけ、好き勝手に振る舞うです。※2 を「ありのまま認める」「自由」と捉えていらっしゃる方がいらっしゃるかもしれません。ありのまま認める×EFTで指す「ありのまま認める」「自由」は、2とは全く異なるものです。1も2も、共通していることがあります。「私を見て!(誰か、私を認めて!)」です。この対応で、周囲が好意的に捉えてくれる場合は、自分を認めてもらえたと感じて、うまくいかない現状が変わりそうな期待感・高揚感といったものを得られるのですが、実際は「周囲に自分を認めてもらえたと自分が判断した止まり」です。必要なことは何もしていないので、現状は何も変わりませんし、躓きからは抜けられません。ちなみに、【子供仕様】の状態で指す「成功」とは・沢山の人、または何かしらの強い力を持っている人を惹きつけ、自分を認め満たしてもらう(沢山の人・力を持っている人が、自分に従い、自分の思い通りに動き、自分の欲しいものを与えてくれて、自分を満たしてくれる)ことで成り立ちます。【子供仕様】で成功する為には周囲に、自分を認めてもらう のではなく周囲に、自分を認め満たしてもらう ことが必要です。この成功を得ることによって、いわゆる「沢山の人に愛され、プライベートも、仕事も、恋愛も、結婚生活も、子育ても、お金も、対人関係も、何もかも思い通り!」という状態を作れるのです。※「何もかも思い通り」の定義は人それぞれですし、実際の所、「何もかも思い通り」が、本当かどうかは別な話です。ただ、この方法を選んで成功し、現状を変えられるのは、ほんの一握りです。沢山の人を惹きつけるには・べっびんさん・お金もち・圧倒的な能力や魅力、才能・運・何かしら人を惹きつける肩書、経歴といったものが必要ですし、女性の場合は・若さが必要になることも結構あります。簡単に言えば、自分がシンデレラになれるタイプか、またはシンデレラになりきることが出来るタイプかどうか、見極める力が必要です。この見極めが出来ないまま、現状を変える為に、「沢山の人に愛され、プライベートも、仕事も、恋愛も、結婚生活も、子育ても、お金も、対人関係も、何もかも思い通り!」といった類のプログラムに参加した場合。最終的に、沢山の人を惹きつける誰かや取り巻きの認め満たし係として、お金・時間・労力を費やした挙句、現状が何も変わらない(むしろ問題は大きくなる)という、笑えないオチがつくのです。それでも、認め満たし係同士で、互いの認め満たしあいが出来る為、「楽しかったし、仲間も出来たから、ま、いいか。」という状態になれるのです。ただ、ま、いっかと思っても、自分の現状は、何も変わっていません。少し落ち着くと、現状を変える為に、何かしないといけないと思い始めます。もっと綺麗になれば。もっと能力を身につけなければ。もっとお金もちにならなければ・・と言った具合に、完璧になることを追い求めます。完璧になれば、・注目してほしい誰かに自分を認めてもらえる・沢山の人、または何かしらの強い力を持っている人を惹きつけ、自分を認め満たしてもらえるが可能になると感じるからです。【子供仕様】の対応を選択し続ける状態では、どこまでも・注目してほしい誰かに自分を認めてもらえる・沢山の人、または何かしらの強い力を持っている人を惹きつけ、自分を認め満たしてもらえるを追い求めることになります。仮に、【子供仕様】での成功を得られたとしても、うかうかしていられません。この場合、自分の幸せは、「沢山の人が、自分に従い、自分の思い通りに動いて、自分を満たしてくれること」によって成り立っています。もし、沢山の人(認め満たし係)が、自分に従い、自分の思い通りに動いて、自分を満たしてくれなくなったとしたらどうでしょう。沢山の人の注目を惹きつけ続ける為には、時間・労力・お金を費やし、表向き、魅力を発揮し続ける必要があるのです。私は、ありのまま認める×EFTに辿り着く以前、大きく躓いた時期がありました。・べっびんさん・お金もち・圧倒的な能力や魅力、才能・運・何かしら人を惹きつける肩書、経歴・若さといったものがなくても、今の時点から、納得した状態で、自分や自分の人生を立て直せる方法はないものかと探し求めていました。当時、その方法が実在するのかどうか、全くわかっていませんでしたし、探している時は見つけることが出来ませんでした。結果的に、私は、自分の人生を使った、ありのまま認める×EFTの取り組みを通じて、【子供仕様】の対応に躓いていることに気づいて【大人仕様】の対応へ立て直す という方法を編み出すことになりました。私は、以前のブログ記事に、個人的に抱いているテーマ というタイトルで「市井の人」として「1人の人間」として肩書に関係なく本質・特性を活かして自由に、やりたいことをやると書きました。「市井の人」「1人の人間」というのは、【子供仕様】の・注目してほしい誰かに自分を認めてもらう・沢山の人、または何かしらの強い力を持っている人を惹きつけ、自分を認め満たしてもらうということをしなくても・現時点から・自分で自分をありのまま認め満たし・主体的な思考・言動 を選択するならば、自分の現状を自分で変えられるということを指しています。これは、ありのまま認める×EFTの特徴の1つとなっています。

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  • 29 Sep
  • 27 Sep
  • 19 Sep
  • 14 Sep
  • 09 Sep
  • 06 Sep
    • どうやったら挫折せずにEFTを日常で使えるようになるのだろう ~その3~

      この記事は・どうやったら挫折せずにEFTを日常で使えるようになるのだろう ~その1~・どうやったら挫折せずにEFTを日常で使えるようになるのだろう ~その2~からの続きです。1・大人として、自分の欲を認め満たす為に2・【子供仕様】で、大人としての本質・特性が活きない対応から3・【大人仕様】の、大人としての本質・特性が活きる対応へと立て直すが明らかになったことにより、私の中では 問題の解決に沿った、セットアップフレーズの組み立て方法 なるものが出来上がりました。これは、基礎となるセットアップフレーズに、クライアントさんに合う言葉を装飾する というやり方です。クライアントさんによって装飾する言葉は違う為、ヒアリングやセッションを通じて、クライアントさんに合う言葉を割り出す必要がありますが、表面上、生じる問題が異なっていても、クライアントさんに生じる癖自体は、お一人お一人、決まっていて、いつも同じなのです。私は、セッションを通じて、クライアントさんがその癖を把握することによって、普段の生活に戻った際に、その癖が顔を出した時、気づいてお一人で立て直せるというのをわかっていました。なので、「気づいて立て直す」ことが可能になることを意識して、セットアップフレーズやリマインダーを作っていたのですが、これが、問題の解決に沿ったセットアップフレーズの組み立て方法を明らかにすることへと繋がった要因だと思います。普段、私は、セッションの後・クライアントさんにセッション内容をメールで送る・わからないことがあったら、わからないままにせずに、メールやセッションで確認してもらうといった取り組みを加えています。・クライアントさんに、ありのまま認める×EFTが少しずつ身に付く・日常生活でお一人で使えるようにする・日常生活でお一人で活かせるようにする為です。あとは、クライアントさんが、セッション内容を、日常生活で、応用するかしないかにかかっています。セッションをお受け下さるクライアントさんとのやり取りは、私にはない視点・思考・言動の連続でしたし、今もそうです。それにより、私の中にある意識していない「答え」や「特性」が明らかになったり、沢山の疑問が生じたりしていました。ここに至るまで、とあるクライアントさんのセッションで生じた疑問を別のクライアントさんのセッションで答えを見出すといったことが数え切れない程ありました。その度に、住む場所も、成長過程も異なり、恐らく、互いに会うことも、話すこともないであろうクライアントさん達の間に見えないバトンがあるような錯覚を抱いたものです。先程、私は、セッション後、クライアントさんにセッション内容をメールで送ると書きました。当初はセッション内容止まりだったのですが、近年、クライアントさんからの依頼により、セッション内容に解説や補足を加えたものを送っています。このスタイルになってから、クライアントさん達の理解度や変化がより早くなったのを実感しているのですが、こういったクライアントさん達からの依頼は、「バトン」として、私や他のクライアントさんへと繋がり、活きています。EFTを難しく感じて挫折するというお問い合わせもまた、私や他のクライアントさんへと繋がり、活きる「バトン」でした。ありのまま認める×EFTは、沢山の人のやり取りや思いを通じて出来上がったものなのだと思うと、いつも感謝の気持ちで胸が熱くなります。次のバトンは、どなたに繋がり、活きるのでしょう。これをお読み下さる、あなたでしょうか。アイホージュのありのまま認める×EFTが、あなたの人生のお供として活きるのだとしたら幸いです。

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    • どうやったら挫折せずにEFTを日常で使えるようになるのだろう ~その2~

      前回からの続きです。「EFTが難しくて挫折した」は、表現こそ違いますが、その「中身」は、私の「生きる上での謎」だった、勉強の仕方がわからない、大人になる方法がわからない と同じです。EFTに限りませんが、EFTの提供者には、それぞれ生きてきた背景・歴史があります。提供するセッションには、そういったものの影響が少なからず及んでいると思います。 何度か書いていますが、私が日常生活においてEFTを使うようになったのは、アイホージュの立ち上げがきっかけでした。 これは、私にとって、単なる「立ち上げ」ではありませんでした。無理やり前向きになろうとしたり、誰かの真似をしようとしたり、強引に推し進めようとしたりせず、EFTの手法を使い、いわゆるネガティブと呼ばれる思考・感情・言動等をありのまま認め満たし、1つ1つに納得しながら前に進んだ結果、7年かけても立ち上げられなかったアイホージュを7か月で立ち上げたのですが、これは私にとって、生きる上での謎が解けたことを意味しているのです。ただ、当時は、実体験の先行に留まっていた為・何故、自分で自分をありのまま認め満たすことが、立ち上げに繋がったのか・「自分で自分をありのまま認め満たすことが、何を意味しているのかといったことを、知識としては把握出来ていませんでした。つまり、私は、現在セッションで提供している「問題解決の方法」である=欲の認め満たし方を【子供仕様】から【大人仕様】へと立て直す=自分で自分をありのまま認め満たせない状態から、自分で自分をありのまま認め満たす状態へと立て直す=本質・特性を発揮できない状態から、発揮できる状態へと立て直すという内容を、知識としては知らないけれど、実体験が先行した状態で得ていたということです。また、私にとって、問題の解決方法を得ることは・勉強の仕方がわからず、躓いた状態から、勉強したことが日常に活かせる状態になる・大人になる方法がわからず、【子供仕様】で躓いた状態から【大人仕様】へと立て直せるようになることを、意味していました。自分の変化が面白かったから、自分で自分をありのまま認め満たすこの先に何があるのかを見たい。そう思ったことが、実体験を言語化し、知識化することへと繋がっていきました。「問題解決の方法」を言語化し、知識化する過程で、長らく私が感覚的に求めていた、実際にあるのかどうかわからなかった「大人として生きる方法」は1●自分で自分(の欲)をありのまま認め満たす2●自分で自分(の欲)をありのまま認め満たし、自分を尊重するように、他人が他人(の欲)をありのまま認め満たすことを尊重し、必要があれば互いの合意点を見出し、実行するであるということが、明らかになりました。これは、ありのまま認める×EFTの、2つの基盤となっています。私は、セッションを提供するようになって、「経年の変化」がどのようなものになるのかを知りたいと思うようになりました。「自分で自分をありのまま認め満たすこの先に、何があるのか見てみたい」と言うのが私の望みだったので、そうすることが当然だったのです。この過程で私は、自分やクライアントさん達の言葉に含まれている、普段は一切表現されることのない意味を明らかする作業をするようになりました。細部で何が起きているのかを明らかにすることで、もう少し内容が掘り下げられると思ったからです。明らかにした細部をぎゅっと繋げ、全体の動きを眺めた時、私は、自分やクライアントさん達に2つの共通点があると気づきました。1・人生とは、生きるとは、突き詰めると、自分の欲を認め満たすことの連続かつ積み重ねであり、それ以外のことをしていない2・皆、同じ所で躓いている同じ所とは=欲の認め満たし方=問題の対応方法=【子供仕様】の対応=大人として本質・特性が活きない対応です。セッションを積み重ねる過程で、「2つの基盤に沿って、自分やクライアントさんの本質や特性を活かす【大人仕様】の選択をするならば、行く必要のある所や行きたい所へ最終的に辿り着ける」というのも、私やクライアントさんの共通点であるとわかりました。こういった経緯から、ありのまま認める×EFTは、「問題解決のプロセス」として1・大人として、自分の欲を認め満たす為に2・【子供仕様】で、大人としての本質・特性が活きない対応から3・【大人仕様】の、大人としての本質・特性が活きる対応へと立て直すという内容を提供しています。 次に続きます

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    • どうやったら挫折せずにEFTを日常で使えるようになるのだろう ~その1~

      アイホージュを立ち上げて、足掛け8年。ありのまま認める×EFTに関するお問い合わせを頂く際に、「EFTが良いと聞き、動作も内容も簡単に見えたので、本やネットを見ながらやってみたら難しいと感じて挫折したことがある」と伺う機会が結構ありました。それがきっかけとなり、私の中では、EFTを難しいと感じて挫折する場合、何が問題で、具体的に何をしたら良いのかを明らかにしたいと考えるようになりました。質問を下さった方に挫折の理由を伺うと・セットアップフレーズの作り方がわからない・セットアップフレーズを作ってEFTの動作を一通りやってみたけれど、自分のやっていることが合っているのかがわからない・やったEFTが、効いているのかがわからないといった具合に色々出てきます。セットアップフレーズの作り方がわからない場合。セットアップフレーズを作れるようになりさえすれば、問題は解決するでしょうか。一通り、やってみて、やっていることが合っているのかわからない、やったEFTが効いているのかがわからない場合。EFTを提供している誰かから「合っているよ」「合っていないよ」「効いているよ」「効いていないよ」という判断を貰えたら、問題は解決するでしょうか。恐らく、「やってみたけれど、やっぱり難しくて、挫折した」となるのではないかと思います。普段、私は、クライアントさん達とのやり取りを通じて、「クライアントさん達が放つ言葉に含まれている、普段は一切表現されることのない意味」 を探っています。※1「難しくて挫折した」という話題が出た時も、同じことをしています。質問下さった方の「難しくて挫折した」に含まれている、表現されることのない意味を把握し、まとめると・EFTに関する知識や、動作は、ひとまずわかっている・知識や動作がわかっていても、それを、自分の日常生活(や人生、生じている問題や悩み)に、どのように活かし、使っていけばいいのかがわからない・EFTをやっても、自分が変化したのかどうかが、自分ではわからないです。つまり・何のために、EFTをやるのか・どういう風にセットアップフレーズを作ったら自分に活かせるのか、望む変化が得られるのか・セットアップフレーズが自分に合っているのかどうかがわからない場合、どうしたらいいのか・得た変化が、自分の望んだものではなかった場合は、どうしたらいいのかと言った具合に・質問下さった方が学び得た、EFTに関する知識・情報・動作といったものをどうやったら日常生活や人生、生じている問題や悩みに活かせるのか、繋げられるのかがわからないこと・実際にEFTをやってみて、次、次と疑問が生じても、それを解く術がないことによってEFTが難しくなり、挫折してしまうのです。 ※1 何故、クライアントさん達が放つ言葉に含まれている、普段は一切表現されることのない意味を探っているのかは ホームページの「問題解決の方法を編み出す過程で見つけた2つのこと」という記事の中に書いていますので、良かったらご覧くださいませ。次に続きます

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  • 05 Sep
  • 03 Sep
    • 命からがらの休日

      ご無沙汰しております。リラクゼーションサロン アイホージュの地味な番人、ジミーです。すっかり秋になりましたね。いかがお過ごしでしょうか。(地味だけれど意外にファンが多いジミー)お客様から、ジミーやネ子はどうしているの?と聞かれたので、今日は近況報告を。アイホージュのハンバイ担当、ネ子も元気です。お客様が下さった招き猫さん達と一緒に、ハンバイ会議中。夏が終わり、アイホージュ農園・夏野菜労働部が一段落したので、ネ子が久しぶりにサジエルとジョーブに会いたいと言う。ということで、さぢさんのお家にお邪魔することにした。ネ子のチロさん。ホワイトソックスと内またで歩く姿が可愛い。そして、毛並みが美しい。(人間よりイイモノ食べている!!)チロさん、ネ子に気づいたらしいネ子、固まるの巻ひいいいいいいあ、アタイ・・アタイ・・こわいよーーきゃああああああああああネ子に何かが起きたらしい※写真ナシチロさんのお気に入りは、イーノだった。命からがらの再会うっ。怖かったけれど、アタイ、ジョーブとサジエルに会えて嬉しい。あれ、ゴリもいたの?相変わらず、存在が薄いゴリ氏(右側)写っていないけれど、右横にチロがいます。楽しい休みのひと時でした。余談ですが、猫好きなアノヒト(りんりん)は、普段持たない大きめのバッグをたまたま持っていった為、さぢさんから「チロ、持って帰らないでね」と念押しされていました。~おわり~今日は、アイホージュのあれこれ を更新しております。タイトルは、 その離婚、必要ですか? です。

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    • 大人になる方法がわからない その3

      今年の春。友人らと話をしている時、小さい頃の「習い事」についての話題が出てきたことがありました。私は、習い事として・そろばん・英語(宣教師が教えていた簡単なもの)・ガールスカウトに行っていました。これらは全て、親が、私に与えてくれたものです。私から習いたい、行きたいと言って、行くことになったのではありません。行くのを拒んだり、嫌だと思ったりすることなく、私は、言われるがままに、通っていました。そのことを話したら、友人は「私は、親から行けと言われて、嫌だと思うものは嫌だと言って、やらなかった。」と言いました。その時、私は、初めて、当時の自分が、親が準備した習い事に対し、「行くのが当然だ」という感覚を持っていて「やりたい」とか「やりたくない」なんて、考えたことすらなかったと気付いたのです。成長過程の異なる友人との会話は、楽しいだけではなく、自分の当たり前を壊したり、新しい視点や思考があると気付いたり、思いがけず得ることがたくさんあるのです。私が、過去のことを思い出す時は、映像に感覚が伴った状態で出てきます。昔は、映像と感覚止まりだったのですが、ありのまま認める×EFTで、自分の思考や感情といったものをありのまま認め満たすうちに、思い出した過去の映像に付随する、当時の感覚に意識を向けると、口に出すことのなかった様々な思いが、言語化されて出てくるようになりました。友人の話を聞きながら、私は、小学校3年の頃、母から「来週の●曜日から、●●ちゃんと一緒にそろばんに行くのよ」と言われたことを思い出していました。その時の自分の感覚に焦点を当てながら、「行くのが当然だ」という状態になっていて、「やりたい」とか「やりたくない」なんて、考えたことがなかったと気付いたのでした。こういう「過去を思い出しました」という時。私は「何で今、これを思い出しているのだろう」と、自分に問いかけるようにしています。ありのまま認める×EFTに取り組むようになって気づいたのですが、こういった過去を思い出す時は大抵「何か、気づく必要のあることがある」のです。友人たちと別れた後、ふと、過去の私は、物事を選択する場面で、どのように選択・決定をしていたのだろうという疑問が生じました。そこで私は、小学校、中学校、高校、短大と、ざっと振り返りました。そして、気づいたことがあります。私には、自分から何かをしたいと思ったことが、いくつかありました。・伝え方が悪かったのか、周囲から「それは無理だよ」と言われて、諦めて終わったもの。 ・面白そうと思ってやったけれど、実際にやったらきつくて、終わってみてやってよかったとは思うけれど、本当にこれでよかったのだろうかと思ったもの。と言った具合に、自分で決めてよかったという経験が、ないに等しかったのです。 それ以外は「誰かが放つ言葉をきっかけに、重要なことを決める」「友人がやるから、私もやる」「誰かが喜んでくれたからやる」といった選択をしていました。そこで、もう1つ、思い出したことがあります。19歳の時、私は、漠然と「いつか、運がなくなったら、怖い。運に関係なく生きたい。」と思い、不安と焦燥感にかられたことがありました。今でも、当時の映像と感覚を、私は、鮮明な記憶として持っています。でも、結局、当時の私は、運に関係なく生きる方法が、わからないままでした。 私にとって「運がなくなったら、怖い。運に関係なく生きたい。」とは、具体的にどういうことを指すのかと後に「運がなくなった。どうしていいのかわからない。」と思った時のことは、近日中に改めて書きます。(この内容が、前回書いた、愛された、可愛がられた、褒められた、何不自由なく育ったといったことをお話になるクライアントさんも、愛されなかった、怒られてばかり、否定されてばかり、我慢ばかりして育ったとお話になるクライアントさんも、皆、同じ【子供仕様】の対応で躓き、不安定な状態になっていた へと繋がっていきます)このことを思い出した現在の私は、「19歳の頃の私は、何故、あのようなことを思ったのだろう」と疑問に思いました。答えはすぐにわかりました。私の躓きとなっていた「勉強の仕方がわからない」が、表現を変えて出てきていたのです。【子供】の私は自分の好き・嫌い・やりたい・やりたくないに拘らず自分からは何も言わなくても自分から何も動かなくても周囲(親や先生)が必要と判断したものを、与えてもらっていました。【子供仕様】の対応である、「(自分から何も言わなくても、周囲が自分のことをわかってくれて)周囲に自分を認め満たしてもらうのが当然だ」という状態にあったのです。19歳の私は、子供時代が終わりに近づいていることを、わかっていました。それなのに、相変わらず私は、大人になる方法がわからない(勉強の仕方がわからない)のです。自分の欲するものが確かにあるのに、それが感覚止まりになっていて、言語化出来ないが故に、自分の欲するものを実際に求めたり、得たりすることができないということが、私の中で、不安や焦燥感となって、出てきていたのでした。この一連の流れの後。EFTの継続セッションで、クライアントさんから「私、自分から、これをやりたいとか思うことがほとんどないし、自分がどうしたいのかがわからないんです。」という話が出てきました。お付き合いがある程度長くなる場合、ヒアリングやセッションの回数が増える為、必然的に、クライアントさんの過去の躓きが、どこで、どのように形成されて、現在に至っているのか、どのような影響が生じているのか等、私の方で把握している内容が増えるのです。これらを踏まえた上で自分の好き・嫌い・やりたい・やりたくないに拘らず自分からは何も言わなくても自分から何も動かなくても周囲が必要と判断したものを与えてもらっていた、クライアントさんの子供時代の記憶を振り返りながら「自分から、これをやりたいとか、何かしたいとか思うことがないことも、自分がどうしたいのかがわからないと思うのも当然ですよ。だって、過去を振り返っても、自分がやりたいと思って行動に繋げた機会が、ほとんどなかったのだから。やったことがないことを、やれって言っても無理だから、今、EFTを通じて、練習して身に付けているんですよ。」という話をしていたのでした。次回に続きます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ありのまま認める×EFTを、もう少し知りたいとお考えの方は、下記の記事をご覧下さいませ。 【子供仕様】で躓いているかをチェックする セッション前のクライアントさん達の訴え 問題解決の方法を編み出す過程で見つけた2つのこと 人生は自分の欲を認め満たすことの連続である ありのまま認める×EFTが提供するもの 大人の自分を【子供仕様】に合わせるとは 「子供」と「大人」の違い クライアントさん達が気づいていない根本の躓き 【子供仕様】の自己否定・躓きのループ1 【子供仕様】の自己否定・躓きのループ2 自分の安全を守れず、傷つきっぱなしの【子供仕様】 【子供仕様】から抜け出す為に必要なこと 誰かに自分を認めてもらうとは? 段階を踏んで行うセッション 

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  • 02 Sep
    • 今更過去は変えられない。でも私は、現在も未来も変えられない。

      まだ、ありのまま認める×EFTを知らなかった頃。大人になり「やることなすことうまくいかない。嫌なことばかりが起きる。人生、何もうまくいかない。」といったことが生じた時、現状を何とかする為に、情報を探した私は、「子供の頃の成長過程に問題がある」という情報に辿り着きました。表面上、その場を凌いで生きてきた私の過去は、今更、どうすることも出来ません。そこで、私は、また情報を探します。「過去はもう変えられないけれど、未来は変えられる。」「人生は、自分次第」「変えられるのは自分だけ」「捉え方次第」といった内容に行き着きます。でも、これらの情報。どうやって活かしたら、私の現在や未来が変わるのかがわかりませんでした。同じ情報を得ても・現在や未来、人生を変えられる人・現在や未来、人生を変えられない人に分かれると思うのですが、当時の私は、間違いなく後者です。私の中では、得た情報が、どうしても、現状や未来を変えることへと繋げられないのです。勉強の仕方がわからないという疑問が、表現を変えて、生じていたのでした。今なら、わかるのです。私は、人生は、誰かや何か次第という【子供仕様】の対応しか知りませんでした。頭では「人生は、自分次第」とわかるのです。でも、「周囲の誰かや何かが変わらなければ、自分の人生はどうしようもない」状態なので、どうしていいのかがわからないのです。また、【大人仕様】の対応があることも知りませんでしたし、身に付けていませんでした。だから、【子供仕様】の対応のままで、現在や未来が変わるように頑張るしかないのです。でも、【子供仕様】の対応で躓いているのだから、躓きが生じる対応で頑張ったところで、「やることなすことうまくいかない。嫌なことばかりが起きる。人生、何もうまくいかない。」状態が続くのです。過去は変えられないのは、今さらどうしようもないとして、私は、生きている限り、現在も、未来も変えられないことになっていたのです。ひー。私は、「自分の捉え方次第」という情報に沿って「やることなすことうまくいかない。嫌なことばかりが起きる。人生、何もうまくいかない。」という、自分の思いを「そう思わないようにしよう」と打ち消そうとしました。自分の思いを否定したまでは、良かったのです。でも、これをやった私は、捉え方や現状、人生といったものが変わるどころか、自己否定の悪循環にはまりました。打ち消したはずの、うまくいかないこと、嫌なことを思い出しては、苛立つ自分に気づいた時、捉え方を変えられない自分を責め、どんどん自己否定を強めていったのです。こんな調子で、どうやったら、私の現状や未来、人生が変えられると言うのでしょう。誰か教えて!(笑と思っていた私は、ぼんやりと「いつか、躓きから抜け出せたら、何が起きていたのか、どうやって抜け出せたのかを明らかにしたい」と思っていました。まさか、それを実現することになるとは、思っていませんでしたが、後に私は、問題や悩みに対応するにあたって【子供仕様】の対応が顔を出した時に【子供仕様】の対応ではうまくいかないと気付いて【大人仕様】の対応へ立て直すという実体験を通じて、アイホージュを立ち上げます。これが、私にとって、「勉強したことや学んだことを、日常生活や自分の人生に活かす方法」となり、ありのまま認める×EFTの土台となったのです。「もしかしたら、世の中の誰かが、この方法を探しているのかもしれない」と思ったことにより、私は、セッションの提供を開始しました。沢山のクライアントさんとお話するようになって、私の中では、新たな疑問が生じました。世の中には愛されて育った、可愛がられて育った子は、安定した大人になる褒められて育った子は伸びる怒られて育つと、萎縮する、無気力になる叱られて育つと、打たれ強くなる否定されて育つと、自己評価の低い、自信のない大人になるといった情報があります。でも。愛された、可愛がられた、褒められた、何不自由なく育ったといったことをお話になるクライアントさんも、愛されなかった、怒られてばかり、否定されてばかり、我慢ばかりして育ったとお話になるクライアントさんも、皆、同じ【子供仕様】の対応で躓き、不安定な状態になっていたのです。愛されて育つとか、愛されないで育つとか、関係ないってこと?一体、どういうことなんだろう。次回に続きます・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ありのまま認める×EFTを、もう少し知りたいとお考えの方は、下記の記事をご覧下さいませ。 【子供仕様】で躓いているかをチェックする セッション前のクライアントさん達の訴え 問題解決の方法を編み出す過程で見つけた2つのこと 人生は自分の欲を認め満たすことの連続である ありのまま認める×EFTが提供するもの 大人の自分を【子供仕様】に合わせるとは 「子供」と「大人」の違い クライアントさん達が気づいていない根本の躓き 【子供仕様】の自己否定・躓きのループ1 【子供仕様】の自己否定・躓きのループ2 自分の安全を守れず、傷つきっぱなしの【子供仕様】 【子供仕様】から抜け出す為に必要なこと 誰かに自分を認めてもらうとは? 段階を踏んで行うセッション

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  • 30 Aug
    • 大人になる方法がわからない2

      前回からの続きです。私の中にあった「勉強の仕方がわからない」は、「勉強した事を、自分の人生や生活の中で、実際に活かして生きる方法がわからない。(というか、その方法が実際にあるのかどうかが、わかっていない)」でした。例えば、小学生の頃。理科の授業で、あさがおの種を植えて、種から芽が出て、花が咲くという一連の成長過程を観察していたことがあります。一連の観察をしている際に、いつも、言葉で表すことが一切なかった、感覚的な疑問が伴っていました。「何故、何のために、あさがおの成長を観察する必要があるの?どうやって活かすの?」今、授業で聞いたり、取り組んでいたりする内容は、ひとまずわかるのです。でも、今、授業で勉強していることは、私の日常生活(や人生)に、どのように活かし、使っていくものなのかが、わからないのです。子供だった私の生活に、あさがおの種を植えて、種から芽が出て、花が咲くという成長過程の観察を、どのように活かしたらいいいのかが、私の中で繋がらず、勉強したことの一つ一つが切れている感じでした。算数の時速とか、食塩水の濃度とかも同じような感じでした。 時速って何?1時間で走る速さって何?それは、(私の日常で)何の為に、どのように使うの?一時間も歩く距離なら、一定の時間で走り続けるなんてできない。寄り道もするだろうし、走ったり、歩いたりするだろうし、もしかしたら、友達とおいかけっこをするかもしれない。その時間は、どんな風に扱った上での「1時間に走る速さ」なのだろう。と言った具合に、私の中で、疑問が次々と湧いてきて、これらの疑問を持て余してしまっていたのでした。国語って、理科って、社会って、図工って、体育って、何のため?表面上、何となく何とかやっているけれど、勉強したことが私の中で1つ1つ繋がらない、活きていない、身についていないと感じることによって、「私は、勉強の仕方がわからない」と捉えていたのです。私の「勉強の仕方がわからない」は、私の人生の中で、表現を変えた状態で、顔を出していました。ホームページの EFTを提供することを決めた理由 の記事にも書きましたが、例えば、30代で、推拿の学校に入り、起業する下準備をしていた頃。色々な情報を集めたり、本を読んだり、講座を受けたりして、学んで良かった、仲間が出来た、楽しかった、ためになったといった思いは沢山あっても、学んだことを起業に結びつけられないと感じていました。前向きに振る舞いながら、スケジュールをいっぱい詰め込み、周囲に頑張っているねと声を掛けられ、実際に自分でも頑張っているけれど、現状が何も変わらない。漠然とした不安があるけれど、どうしていいのかわからずに、色々頑張ることで、いつか現状が変わることを期待していました。事故に遭った後は、どうにも自分や現状を立て直せないと思い、何とかしようと考え、情報を集めても、自分の問題に集めた情報をだどう活かしていいのかわからず、立て直しに繋げられないと感じていました。出来事も、表現も・勉強の仕方がわからない・起業に繋げられない・頑張っても何も変わらない・立て直しに繋げられない・大人になる方法がわからないと言った具合に、皆、異なりますが、10代、20代、30代・・と私に生じていた問題は、いつも同じでした。また、問題に対応する際の私の動き(欲の認め満たし方)は、【子供仕様】の「誰かや何かに、自分を認め満たしてもらうのが当然だ」になっていた為、表現は異なりますが、・なんとなく、何とかする・その場凌ぎをする・表面上前向きを装うと言った具合に、いつも同じで「必要なことを何もしていない」のです。テストが近い。勉強をやる気になる。頑張るぞと思い、いざ、着手すると、これまで勉強したことが私の中で1つ1つ繋がっていないと感じる為、当然躓く。わからないと感じることが次、次と出てきて、最初から全部やらなきゃいけない・・と感じて、最初に戻る。最初に戻ると、勉強する範囲が広がる為、結局諦めて、気持ちばかりが焦る状態で、テスト本番を迎える。その場凌ぎをしながら、テストを終える。ほんの少しの安堵感と、次回こそ頑張ろうと誓い、同じことを繰り返す。必要なことをせず、芳しくない成績であっても、周囲に対して、表面上、頑張りましたポーズを装うことで、何とかなってしまうというのを、私は知っていたのです。私だけが知っている、私だけの躓き。でも、どうしていいのかわからないのです。このままで良い訳がない。でも、どうしたらいいのだろう。私が出来ることは、(誰かや何かに自分を認めてもらう為に)自分の躓きを知られないように、表面上、装うことでした。こんな状態になっているのは、私だけなんだろうな。ぼんやりとそんな事を思いながら、この対応を繰り返し「自分って、ダメだなあ」という、自己否定を強めていきました。このような状態を経て、37歳の時。何故かわからないけれど、EFTの手法を使い、自分で自分をありのまま認め満たしたら、アイホージュが立ち上がったのです。私は、何故、自分で自分をありのまま認め満たすことが、アイホージュの立ち上げに繋がったのかが全くわからず、何が起きていたのかを明らかにしたいと思いました。結果的に、私の躓きは、「何故、自分で自分をありのまま認め満たすことが必要なのか」を明らかにする為の土台となり、活きることへと繋り、現在へと至ります。今なら、何が起きていたのか説明がつきますし、どのように対応して良いのかもわかります。大人になる過程で、【子供仕様】の対応に、自分を合わせて何とかしようとして、自分を抑え、自己否定すると、最終的に自己否定に行き着きます。自己否定している為に、現状把握が出来ず、【子供仕様】の対応でうまくいくはずなのに、何故うまくいかないのかがわからないと感じることが、当然起こります。加えて・なんとなく、何とかする・その場凌ぎをする・表面上前向きを装うといったことをして、必要なことを何もしていません。うまくいかないなんて、当然の話なのです。実は【子供仕様】の「誰かや何かに、自分を認め満たしてもらうのが当然だ」という対応では、周囲に対して、表面上、頑張りましたポーズで装い、誰かや何かに自分を認めてもらえた・もらえないを判断した段階で「タスク完了」です。確かに私は【子供仕様】の対応においては、やることをやっていて、タスクを完了していました。これ以上、どうすることも出来ない状態にあったのです。どうすることも出来ないというのは、「私には、この状態から抜け出せない」ことを意味します。抜け出せないというのは、「この状態が、生きている限り続く」ことを意味します。一体、何がどうなっているのかはわからないけれど、このままで良い訳がない。こんな状態になっているのは、私だけなんだろうな。そう思っていた私でしたが、セッションを提供し始めて、あることに気づきます。セッションをお受け下さるクライアントさん達からも、かなりの確率で「こんな状態になっているのは、私だけなんだろうな。」という発言が出てくるのです。次回に続きます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ありのまま認める×EFTを、もう少し知りたいとお考えの方は、下記の記事をご覧下さいませ。 【子供仕様】で躓いているかをチェックする セッション前のクライアントさん達の訴え 問題解決の方法を編み出す過程で見つけた2つのこと 人生は自分の欲を認め満たすことの連続である ありのまま認める×EFTが提供するもの 大人の自分を【子供仕様】に合わせるとは 「子供」と「大人」の違い クライアントさん達が気づいていない根本の躓き 【子供仕様】の自己否定・躓きのループ1 【子供仕様】の自己否定・躓きのループ2 自分の安全を守れず、傷つきっぱなしの【子供仕様】 【子供仕様】から抜け出す為に必要なこと 誰かに自分を認めてもらうとは? 段階を踏んで行うセッション 

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  • 24 Aug
    • 大人になる方法がわからない

      私は、初めてEFTのセッションを受けた際に、自分の感覚(体感)と自分の放つ言葉が連動していることに、初めて気づきました。よく考えたら、当たり前のことなのですが、それまで私は、感覚と言葉が連動している・繋がっていると感じることを意識する機会がなかったのです。私の感覚と言葉を繋げたのは、EFTの手法でした。ただ、EFTの手法を使うからといって、感覚と言葉が連動するのを必ず感じるのかというと、そうではありません。何のために、どのようにEFTをするのか、目的や意図が大切です。私の受けたセッションでは、いわゆる、ネガティブと呼ばれる感情をありのまま認める為に行われていて、EFTの手法には、とある仕掛けがありました。ありのまま認める×EFTでも、この仕掛けをしていますし、別の仕掛けもしています。もし、最初のセッションで、仕掛けが全くない状態で、EFTの手法を使っていたとしたら私は、「感覚」と「言葉」の連動に、気づくことはなかったでしょう。恐らく、今、セッションを提供することもなかったと思います。後に、1人でEFTをするようになった私は、自分の中に生じる感覚や、その動きを言語化するようになりました。連動に気づいたことと、感覚の言語化は、私の人生に大きな変化と影響を及ぼしました。何度も、EFTの手法を使いながら、感覚を言語化しているうちに、感覚に意識を向けると、言葉になった状態で、上がってくるようになりました。自分のことを、自分でわかるようになるというのは、本当に面白いものです。以前のブログ記事で、「引き寄せの法則」について1・何を実現したいのかを明らかにするなんて、今の状況はどう考えても嫌なのだけれど、具体的に、何をしたいのか、どうしていいのかわかりません!と思っていたことを書きました。【子供仕様】の対応に大人の自分を合わせる場合、大人の自分を抑え込む(否定する)ことが必要になります。詳しくは、ホームページの記事に書いたのですが、自分を抑え込んだ場合、自分がどうしたいのかがわからなくなります。この状態で指す「自分がどうしたいのか」は、【子供仕様】の「誰かや何かに自分の欲しい何かを与えてもらうこと」です。確かに、自分の欲しい何かを与えてもらえたら、一時は安泰かもしれませんが、実際は、以前、ブログ記事に書いた通り、同じような問題を何度も引き起こしていきます。じゃあ、本当に必要なものは何なのか。仮に、自分を抑え込んでいる状態のまま、本当に必要な何かを引き出した所で、「こんなもの手に入ったからといって、(私の人生が何もかも変わる訳じゃないし)どうしようもない」と感じるのです。(セッションよくあるあるです)その上、自ら現状を変えていく為の【大人仕様】の対応が、身に付いていません。その為、引き出した【大人仕様】の「自分がどうしたいのか」を、実際に、現状を変えることに結びつけることができないのです。本心を活かそうにも生かせない状態なので、本心を引き出せても、引き出せなくても、現状は何も変わらない(実際は、時間の経過と共に、問題が大きくなる)ということが起きます。ただ、自分を抑え込んでいると、本心を引き出せても、引き出せなくても、現状は何も変わらないという状態にあることにも気づけないので、「誰かや何かに自分の欲しい何かを与えてもらうこと」を待ち続けるしかないのです。さて。話は変わって、2016年の春。「私の人生は、何故このようになっていたのだろう」と疑問に思ったことがありました。もちろん、私の思考・言動・選択の積み重ねによって、現在に至っているとわかった上でのことです。当時、そのように思い考える理由が、私にはあったのです。人は、疑問を抱くと、その答えを無意識のうちに探すと言います。すぐにわかるものもあれば、時間をかけてわかるものもあります。答えに辿り着いても、自分が疑問を抱いたことすら忘れている時もあれば、ふと「あ、そういえば、あの時、あんな疑問を抱いたんだっけ」と思い出す時もあります。疑問を抱いたことをすっかり忘れながらも、知らず知らずのうちに答えに繋がるものを一つずつ集めて、それらをぎゅっと繋げて、実際に答えに辿り着いた時。「私は、生きる上での謎を、自分の人生とありのまま認める×EFTを使って解くということをやっていたのだ」と気付いたのです。以前、「生きる上での謎」について、少し触れましたが、私にとって、生きる上での謎とは何だったのかというと、大人になる為の、具体的な方法を知りたい でした。私は 「勉強の仕方がわからない」と感じたまま、大人になりました。幼稚園に行き、学齢期が来て、学校に行くのが当然で、授業に出るのが当然で、テストを受けるのが当然で、字の読み書きができる、計算が出来る、受け答えが出来る、楽器を扱える、歌えると言った具合に、感覚的に何となく、何とかやっている状態にありましたが、小学校の高学年の頃から、ぼんやりと「勉強の仕方がわからない」と感じるようになりました。「勉強するのは、何のため」なのか。自分のため、とか将来のため、とか納得のいく答えに出会ったことは、一度もありません。いつか、私は、大人になる。周囲の人たちから、将来、大人になったら、何になりたいのと聞かれたら、その時、その時思った事を言っていました。じゃあ、本当に、それになりたいと考えていたのかといえば、そうではありませんでした。大人になること、なりたい何かになることを、いくら想像してみようとした所で、子供の時分においては、大人になる迄の過程も、大人になること自体も、全てが未知であり、私にとって現実的な話ではなかったのです。そもそも、大人になるとは具体的にどういうことなのかもわからなかったので、自分事として考えられませんでした。私は、「わからない」と感じていた事を、親や先生に、話した記憶がありません。振り返ってみると、私は、わからないと感じていたことを、親や先生に投げかけようと考えたこと自体、なかったのです。当時の自分の感覚に意識を向けて、言語化した時、仮に、親に「勉強の仕方がわからない」と話した所で、「何がわからないの?」と聞かれて「じゃあ、もっとドリルやりなさい」と言われても、困るなあといった感じのことを思っていました。そもそも、私は、目の前の勉強云々ではなく、勉強の仕方がわからないと感じていて、ドリルをやることで、それがわかるとは思えないのです。また、勉強の仕方がわからないと感じることが、感覚止まりになっている為、具体的にどういうことを指しているのか、自分でもわからず、周囲にわかるように説明できないと感じていたのです。私の父は、よく「教科書を100回読め。そうすれば、理解できる」と言っていました。でも、私にとって、ただひたすら、文字を追いかけることは、苦痛でしかありませんでした。理解しようと思って、じっくり読んだところで、やっぱり文字の追いかけになり、苦痛になるのです。結局、「勉強の仕方がわからない」という疑問を解消する術とはなりませんでした。ありのまま認める×EFTを使い、感覚を言語化してわかったのは、私にとっての「勉強の仕方がわからない」は、表現こそ異なりますが「大人になる方法がわからない」を意味していたのです。次回に続きます。

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