【翡翠】返事を書こう | 椋風花

椋風花

夢小説を書いています。
長編はオリジナルキャラクターが主人公で、本家と設定が違う点もございますのでご注意を。

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「それで言うと、私たちの中で一番成績がよかったのは陸だよね。

 全国平均、グンと突き抜けちゃうんだから」

「普段からいろいろやってるから……」

 

 姉に持ち上げられ、やや縮こまる。

 日ごろ筋トレをしているうえに、同い年の男子よりも体格がいいので、筋力などを数値化する際には、頭一つ分跳び抜けた成績を弾き出してしまう。

 それ自体は悪いものでもないのだが――

 

「ほんと、いい身体してるものね。帰宅部やってるのがもったいないわ」

「うんうん。リンゴとか素手て潰せそうな感じだよね。どんなトレーニングをしてるんだい?」

 

 こういった好奇の目には、滅法弱かった。

 そもそも、日課となっている筋トレも、幼い頃に珠洲を守る力が欲しいと始めたものだ。

 今ではただの習慣になってしまったけれど、その成果がこんな形で注目されると、なんだかこそばゆいし、落ち着かない。

 測定の時もみんなに囲まれて苦労したけれど、まさか運動とは無縁の図書室でまで囲まれてしまうとは。

 ちなみに、リンゴなら片手で潰せる。

 

 助けを求めて亮司の顔を仰ぐと、亮司はにっこりと笑顔になり、

 

「ほらほら。話してばっかりだと、昼休みが終わっちゃうよ。

 珠洲は全部読みきってないんだろう?」

「あっ」

 

 珠洲があまりに慌てて手紙を読み始めたので、典薬寮の二人も陸から身を引いて珠洲を待つ。

 さすが亮司だ。二人の態度を窘めることなく場を収めてしまった。目礼で礼を伝える。

 

 珠洲より先に弁当を食べ終えた陸は、食後のお茶をゆっくりと啜った。

 食べ終えたタイミングを見計らって亮司がお茶を淹れ直してくれたので、香ばしいほうじ茶が、より一層美味しく感じられた。

 なんでも、知り合いの書道家に勧められた、とっておきの逸品らしい。

 

「ふう……真希さん、楽しそうだなあ」

 

 手紙を机に置いて、珠洲が感嘆の声を漏らす。

 表情は明るいが、名残惜しそうに手紙を眺める目は、少し寂しげだ。

 

「小太郎君や克彦さんにも、手紙出してるんだろうな。

 二人も真希さんの先輩みたいに、週に一回は無理でも、もっと来てくれればいいのに」

「やめろ、ゾッとする」

「重森君」

 

 間髪入れずに否定する晶に亮司が苦笑いしている。

 しかし、典薬寮二人もあの二人――いや、おそらく兄にあまりいい印象がないためか、珠洲に同意はしなかった。

 

「俺は姉さんと同じ気持ちだよ」

 

 小太郎とは同い年で話が合ったし、一緒にスポーツをするのもとても楽しかった。

 運動能力は大抵頭ひとつ跳び抜けている陸だが、小太郎の敏捷性にはかなわない。お互いに足りないところを持っている者同士だったので、勝敗も五分五分だ。

 

 また、克彦との相性もそう悪くない。

 言葉数と血の気が少ない陸は、克彦に皮肉を言われる機会もなく、二人きりなら穏やかにいられたのだ。

 口下手なので、ほとんど会話はなかったが。

 

「壬生村は遠いからね。それに、毎度毎度来てもらうわけにはいかないよ」

「じゃあ、私たちが行っちゃうとか!」

「玉依姫がほいほい村から出られるわけないだろう」

「あ、そっか……」

 

 身を乗り出していた珠洲が、シュンとした顔で座り直す。

 守護者として正しいことを言ったはずの晶が、決まり悪そうに顔を逸らした。

 玉依姫は、村に縛られている。……今は、まだ。

 

「まあまあ。まだ一学期も始まったばかりなんだし、楽しみは後に取っておけばいいさ。

 それよりも、君たちにはやらなければならないことがあるだろう?」

「やらなければいけないこと?」

 

 聞き返すと、亮司の目線が陸の手元に落ちる。正確に言えば、その手の下に置かれている手紙に、だ。

 

「せっかくもらったんだから、ちゃんと返さなくちゃ。

 少なくとも、初めてもらった手紙にはね。重森君もそう思うだろう?」

「うっ」

 

 そう思ってはいなかったらしい。

 亮司も、ちゃんと言っておかないと電話ひとつで済まされると予期していたのだろう。

 やけに目を細めて、晶の逃げ口を塞いでいる。

 

「手紙、ね。あまり書いたことがないから、新鮮だわ」

「あれ? 僕は典薬寮に提出する書類とかしょっちゅう書いてるから慣れっこだけど……って、僕に雑用を全部押し付けてるから書いてないんじゃないか!」

「違うわよ! そういう業務用の書類じゃなくて、私信を書くのが初めてだって言ってんの! ……あ、年賀状は別カウントね」

「ああ、なんだ。そっか」

 

 単純な保典はそれで納得してしまう。

 これほど仕事の押し付けやすい上司もなかなかいないだろう。

 

「うーん、そう言われてみれば、僕も親しい人に手紙を出したりはしてないな。

 両親には電話で近況を伝えたりもするけれど」

「お前に親しい人間なんているのか?」

「いるよ! なにかにつけて僕をからかうのはやめてくれないかな。僕にだって連絡を取る同期の一人や二人くらい!」

「……。仕事関係者を親しい人に組み込んでる時点で――」

「晶さん、それ以上はダメです」

 

 本人が気付いていないのなら、気付かないままにしてあげた方が幸せだ。

 世界には、知らない方がいい事実もあるのだから。

 

 陸のフォローの意味が分からずにきょとんとする保典だが、気を取り直したように手元の便箋の数を数えだした。

 わずかに透けて見えるインクの色は、保典の髪の雰囲気によく合う深緑だった。

 陸も自分の封筒を指でなぞって厚さを測ってみるが、まあまあ分厚い。

 同じ枚数を書くとしたら、なかなかの文量になってしまうだろう。

 

(……困ったな)

 

 口下手だから文字数も稼げないというわけではないが、同じだけ書くのは難しいだろう。

 なにせ、なにも起こらない小さな漁村である。

 真希のように、身近に個性的なメンバーが揃っており、日々事件を巻き起こしているのならとにかく――いや、個性ではこちらも負けていないと思うが、その全員が真希に手紙を書くのだ。

 話の内容が重複する可能性が極めて高い。

 かといって、代わり映えのない日常を細々と書いたってつまらないだろうし、途方に暮れそうになる。

 

「んー、手紙ってなにを書いたらいいんだろう。亮司さん、アドバイスとかありませんか?」

 

 ちょうどよく保典が根を上げてくれた。

 博識な亮司なら、手紙の返信などお手の物だろう。姉も含め、全員密かに困っていたようで、一斉に身を乗り出した。

 仕方なさそうに亮司が湯呑を置く。

 

「アドバイスもなにも、手紙の書き方は人それぞれだからね。

 みんながみんな――拝啓、うららかな春の陽気が続くなか、ご清栄のことと存しますが――なんて、書かないだろう?」

 

 そんな書き出しから始める手紙なんて、なおさら書きあげられる気がしない。

 それこそ、亮司にしか扱えない文体だろう。

 

「友達同士での手紙なんだから、伝えたいことを好きに書いていけばいいんだよ。日々の出来事とか、これからの予定とか。

 どうしても思いつかないなら、送られた手紙を読み返してみて、それについて書いてもいい。

 せっかく、蓮野さんが向こうであった出来事を色々と書いてくれたんだから」

「なるほど……!」

「ついでにいうと、ここは図書室だよ? ……手紙の書き方についての資料なら、ここで探せばいいんじゃないかな」

 

 亮司が言い終わったと同時に、全員が席を立った。

 近くにある本棚から物色し始めるほかの面々を差し置いて、一直線に珠洲がお目当ての本を見つけ出す。

 

「はい、よくできました」

 

 図書委員の実力を発揮した珠洲を、司書の亮司が褒める。

 相変わらず、目に見えはしないものの露骨には違いないえこひいきっぷりだ。

 

「陸、一緒に読もうね」

 

 しかし、借り主の弟としては、ありがたくお相伴にあずからせてもらいたい。

 

 

――

 

 

 珠洲が放課後に手紙一式を買いに行きたいというので、陸も付き合って寄り道をした。

 ありがたいことに、文房具店では切手も売られている。

 

「んー、普通のしかなかったね、切手」

 

 二人分購入した珠洲が、少し不満そうな顔で切手をしまう。

 

「真希ちゃんのはおしゃれなのばっかりだったのに。やっぱり都会だと切手の柄も選び放題なのかな」

「季封村は都会じゃないよ、姉さん」

「違うよ。真希ちゃんって実家は都会にあったんでしょ? だったら、切手はそこで買ったんだよ。じゃなきゃあんなにたくさん種類があるわけないもの」

「そっか……」

 

 なんということだ。手紙を書く前から、こちらは劣勢に立たされている。

 

「あっ、手紙はいろいろあるみたいだよ。こんなにあると、どれにするか迷っちゃうね」

「そうだね」

 

 どうにか、便箋と封筒では見劣りしなくてすみそうだ。

 しかし、適当に選んだら、他のだれかと同じものになってしまう可能性もあるし、慎重に選ばないといけない。

 

「レターセットもある! 同じデザインだとおしゃれな感じでいいよね。

 あ、でもでも、別々に買って組み合わせてるのも上級者って感じで素敵だよね」

「姉さんはまだ初心者なんだから、あまり無理しない方がいいんじゃない?」

 

 声に出して悩む珠洲の隣で、陸はひたすら熟考する。

 姉ならどれを選んでもおかしくはないだろうが、弟はそうもいかない。

 受け取り側の薪に合わせてかわいらしいデザインを選んだりでもしたら、ギャップに爆笑されること請け合いだ。

 

(こっちみたいにほかの守護者に見られるかもしれないし……うーん、そうなると、ますます書きづらいな)

 

 当たり障りのない手紙では面白みに欠けるが、あまり突飛なことばっかり書いて向こうの人たちに呆れられても困る。

 ほかの面々はそこまで深く考えないだろうに、陸はいかに万人受けする手紙を書くかに神経を尖らせていた。

 

「ねえ、こんなのどうかな。猫の便箋」

 

 見せられた便箋には、青い首輪を巻いた白猫がいる。

 便箋の輪郭は白で、内側の角のない四角は水色。爽やかで明るい色合いだ。

 

「いいんじゃない? 沙那に似てる」

「でしょう。で、こっちが加奈に似てるの」

 

 色違いの便箋は赤い縁取りではあるが、書きやすさの為か内側が白い。

 でも、片隅にいる猫は加奈と同じカラーリングで、赤い首輪を巻いた黒猫だ。

 

「お揃いにしない? 私が沙那で、陸が加奈」

「俺はいいけど、加奈は真緒姉さんの式神だよ」

「だって、私が沙那の便箋を使ったら加奈がふてくされちゃうもの。

 真緒姉さんにはちょっと合わないし」

 

 確かに、イラストのデザインは真緒に使わせるには子供っぽい。

 

(……そういえば、真緒姉さんにも手紙届いてるのかな)

 

 ポストには二通しか手紙が届いていなかったけれど、加奈や沙那にも手紙は書くと言っていたし、今頃時間差で手紙が届いているかもしれない。

 

「ね、陸」

「うん、いいよ」

 

 自分で選んでたら日が暮れそうだし、ここは姉に任せてしまおう。

 兄妹色違いの便箋で書くのも面白いだろう。

 

(あとは肝心の中身だけど――)

 

 それは、帰ってからまた考えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき

 

 

 

 

 

 

 

 遅くなりました。一通目終了です。

 綿津見村の守護者は、問題を起こさない優良児たちばかりですね。

 

 次は祐一帰郷編が終わったころに更新します。

 体力テストと祐一の帰郷を一通の手紙のなかで書いているので、数で言えば一通目のままなのですが……順序は揃えておきます。