【翡翠】最初の便り | 椋風花

椋風花

夢小説を書いています。
長編はオリジナルキャラクターが主人公で、本家と設定が違う点もございますのでご注意を。

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 高千穂家に手紙が届けられたのは、夕方のことだった。

 水やりのために庭へ出ていた陸は、手紙の立てた音を確かに聞いていた。

 ジョウロを傾けたまま顔を上げると、去っていく郵便局員の姿。

 神社の奥にあるこの家屋付近に、他の家はない。郵便物が届いたなと、陸は水やりを続けた。

 

 郵便受けを開けに行く気はなかった。

 届く物の大半はチラシか公共料金の請求書で、陸にはまったく縁がない。

 家事は姉二人と式神二人の領分だし、自分がわざわざ取りに行かなくても、だれかが取りに行くだろう。

 

 そうやって手紙を放置した陸だが、失策だと気づいたのは、次の日になってからだった。

 そもそも、他の四人にこまめに郵便受けを見に行く習慣はない。

 高千穂家では新聞を取っていないので、夕方過ぎに郵便受けを開ける機会はなかったのだ。

 

 結果、手紙は一晩放置され、そのままだったら、ポストが開かれるのは昼頃になっていただろう。

 朝は朝で家事に追われているし、郵便受けを覗く余裕なんてない。

 珠洲と陸が学校に行き、真緒と二匹の使い魔が洗濯を終わらせて、ようやく時間が空いたころにポストを開けて、そこで初めて手紙が見つかっていたはずだ。

 陸が、昨日の出来事を覚えていなかったら。

 

 靴を履いた陸は、ふと気になって郵便受けを覗いた。

 昨日の夕方に、郵便局員を見かけたからだ。

 

(あ、まだ入ってる)

 

 手紙は二つ届いていた。

 それぞれ違う封筒に入っていたものの、宛名の字は同じ筆跡であった。

 片方には自分の名前。もう片方には、姉の珠洲の名前が書いてある封筒。

 

「姉さん」

 

 先に行く姉を呼び止めながら、陸は封筒を引っくり返す。

 差出人の名前を見た陸の唇が、わずかに震えた。

 

 

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 姉宛の手紙は姉に渡り、陸の手に残ったのは素朴な風合いの封筒。

 封はマスキングテープで留められている。

 珠洲宛の手紙は女の子らしいデザインの封筒で、さらにはラメ入りのペンで宛名が書かれていたから、宛先人が喜びそうなデザインを一つ一つ選んでいるのかもしれない。

 

 手紙を渡した時の珠洲の反応といったら、それはもう、大変だった。

 新しくできた友達から初めて届いた、待望の手紙だ。

 すぐに読みたいと思っても、授業の合間の少ない休み時間では、落ち着いて読むことは難しい。

 

「あー、もう! もっと早くわかってたら読んでから行けたのに。

 なんでこんなに時間のない時に!」

 

 朝から悲嘆に暮れる姉に、実は昨日届いていたのを知っていたなんて、口が裂けても言えなかった。

 ちゃんと確認しておけばよかったと後悔したのは、その時だ。

 

(姉さん、怒られてなければいいんだけど)

 

 我慢できずに授業中に読んでいるところを、先生に見つかってしまってはいないか。

 いや、手紙が気になって、授業に集中できずにいたのではないか。

 どちらも十分にありえて、陸はハラハラしていた。

 

 弁当を持って図書室に入る。

 昼休み開始直後の図書室にいるのは、陸のよく知る人物ばかりである。

 二人減ったけれど、賑やかなのに変わりはない。

 

「お、来たわね、陸」

 

 待ちかねたように名前を呼んだのは、珠洲ではなくエリカだった。

 その手に握られている見知らぬ手紙に、陸は大体の事情を察した。

 

「エリカさんにも届いたんですね、手紙」

「ええ。ついでにいうと、保典と晶にも届いているわよ」

 

 保典は自慢げに手紙を見せるが、晶の手元に手紙はない。

 仏頂面をする晶の隣に座ると、陸の手紙にちらりと視線が落ちた。

 

「昨日手紙が届いて、もう読んだ後なんだって。

 うちにも昨日届いてたんじゃないかな」

 

 その通りだとは言えない。

 

「姉さんはもう読んだの?」

「ううん。休み時間移動ばっかりで――陸は?」

「俺もまだ」

「にしても、全員に同時に手紙を出すってすごいわね。

 私の見てよ、こんなに書いてるのよ」

 

 エリカの手に、レース柄の便箋が掲げられる。

 小さな字が行儀よく並んでいて、遠目だと少し目が痛くなりそうだ。

 

「ふふん、僕のもなかなかの文量だよ。

 学校の話や守護者の話が盛りだくさんで、面白いのはなんといってもここだね」

 

 よほど嬉しかったのか、保典も手紙を握りしめている。

 そのまま勢いに乗って読み上げようとした保典に、珠洲は悲鳴を上げた。

 

「加茂君、待って! 私まだ読んでないから、内容は言わないでー!」

「うわ、そうだった。ごめん!」

「ほんっと空気読めないのね、あんた」

 

 珠洲の反応とエリカの冷たい目に、保典がわかりやすくしょげる。

 新学期になっても、典薬寮二人の関係性は相変わらず逆転したままだ。

 

「ほらほら、手紙も大事だけど、まずはご飯を食べなくちゃ」

 

 お盆を持って亮司が準備室から出てきた。

 お弁当の包みと一緒に、人数分の湯呑が載っている。

 

「食べる前に読んじゃ駄目ですか……?

 ずっと読みたかったんです」

「駄目じゃないけど……うーん、駄目かな」

「ええ!?」

「だって、読み始めたら止まらなくなるだろう、珠洲は」

 

 陸も同感である。

 読み終わってからも、手紙の内容をエリカと話し合うだろうし、下手したら弁当に箸をつける前に休み時間が終わってしまうかもしれない。

 

「姉さん、手紙は逃げないよ」

「でも……」

「読みながら食べればいいじゃない。めくる必要もないんだから」

 

 サンドイッチを片手に、エリカも手紙を読んでいる。

 片手が空いている利点を存分に生かしていた。

 

「食べながら読むのも行儀が悪いけどね。

 でも、どうしてもすぐに読みたいのならそうしなさい」

「ありがとうございます!」

 

 苦笑交じりに許しを得て、珠洲はいそいそと手紙の封を切った。

 思った通り、便箋のデザインはエリカのものとは違っている。

 

「あれ、陸君は読まないの?」

 

 弁当を食べ始める陸を見て、保典が尋ねる。

 エリカと同じ、野菜たっぷりのサンドイッチだ。多分、保典が二人分作らされているのだろう。

 

「後で、ゆっくり読もうと思いまして」

「そうかい? 手が空かないとかだったら、僕が代わりに読み上げてあげてもいいんだけど」

「いえ、遠慮します」

 

 純粋な行為からの言動だとは思うけれど、自分宛の手紙を大勢の前で読み上げられたくはない。

 またもやエリカが冷たい視線を保典に向けていたが、気付くことなく保典はパンをかじった。

 

 珠洲は黙々とおかずを口に運びながら手紙を読んでいる。

 そのペースで食べ進めると、最後に白米しか残らなくなるけれど、大丈夫だろうか。

 

「晶君は、もう手紙は読んでいるのかい?」

「ええ、まあ」

 

 亮司の問いに、言葉を濁しながら晶が頷く。

 亮司も手紙は家に置いてきたらしい。

 

「読んだ手紙をわざわざ持ってくる奴がいるなんて、思ってなかったもので。

 陸だって、朝に見つけなかったら持ってこなかっただろ」

「そうですね」

 

 教室でさんざん文句を言われたのか、晶はうんざりした顔を手紙に向けている。

 陸も運が悪かったらこうなっていたかもしれない。

 

「元気そうでなによりだよね。あれ以来連絡はなかったから、気にはなってたんだ」

「連絡、ありませんでしたか?」

「おや? 晶君にはあったみたいだね」

「いや、ちょっとだけ」

 

 亮司の探る眼差しに、晶は慌ててお茶を啜った。

 そういえば、晶だけ別れ際に連絡先を渡していたんだった。

 

「姉さんにも連絡はありましたよ。こっちからも何度か掛けてましたから」

 

 消極的だった珠洲が自分で電話をするようになったのはいいけれど、困ったときに呼び出すのは勘弁してもらいたい。

 代わりにダイヤルを押したこともあったけれど、腕をギリギリと締め付けられたら、さすがに痛い。

 

 手紙を読む珠洲は、楽しそうに目元を緩めている。

 隣のエリカも一緒に手紙を見ていて、時折感嘆の声を漏らしていた。

 

 二人があまりにも手紙に夢中なので、陸も内容が気になってくる。

 

「どんなことが書いてあるの?」

「うん? 新学期のことがいろいろとね。

 実力テストとか、体力テスト。あと、大学に進んだ先輩が帰ってきた話とか」

 

 真希は季封村の玉依姫の親戚ではあるが、玉依姫の関係者ではない。

 したがって、玉依姫にまつわる事象は一切書かれていない。

 それが新鮮に感じてしまうほど、陸たちの交友関係は閉鎖しきっていた。

 

「私のもそんな感じだけど、やっぱりちょっと違うわね。

 私の方には、遠投した守護者の話なんて書いてなかったもの」

「遠投?」

「そう!」

 

 聞き返すと、珠洲が目を輝かせて身を乗り出した。

 

「鬼崎っていう先輩が、ハンドボール投げで校舎外にまでボールを飛ばしちゃったんだって!

 ボールが地面にめり込んじゃって、みんな大騒ぎだったって書いてある!」

「ボールがめり込む……」

「すごいよね! 校舎を乗り越えてっちゃうなんて!」

「いや、校舎に向けて投げたんじゃないだろ。それだったら校舎の壁にめり込んでるだろうし」

 

 矛盾点を晶がつつくが、珠洲はお構いなしに手紙を読む。

 

「珠紀先輩が怒ってしまって、拓磨先輩は遼先輩と一緒に神社掃除を言いつけられてしまいました。

 お二人とも仲があまりよろしくなかったので心配しましたが、珠紀先輩を怒らせないようにと、真面目に境内を掃除していました。

 遼先輩はいつも学校の掃除に参加されないそうなので、三角巾をつけた遼先輩を学校の先生が見たら、びっくりしたかもしれません――だって!」

「わざわざ読み上げるな」

「遼って先輩、もしかして不良……?

 季封村に異動になったりしたらどうしよう」

 

 保典が青ざめている。

 典薬寮のホープとはいえ、季封村の守護者の性格と素行までは調べていなかったらしい。

 

「すごいよね、ボールが学校越えていっちゃうなんて。

 守護者の力なのかな」

「向こうの守護者はカミの子孫だから。身体能力も常人外れなのよ」

 

 エリカは上品にハンカチで手を拭いてランチボックスをしまう。

 突き放すような言い方なのは、他所は余所、うちはうちと割り切っているからかもしれない。

 

「日常的に力が使えるというのも、加減を間違えると大変だね。

 僕たちも気をつけないと」

「それ、一番コントロールできそうな亮司さんが言います?」

 

 守護者歴でいえば、晶を抜いて相当の古株だ。

 しかし亮司は謙遜するように首を振る。

 

「僕なんてまだまだだよ。

 それに、陸君や加茂君はここ最近で守護者の力を授かったのだから、注意は必要だと思うよ」

 

 季封村の守護者は先天的に能力を手に入れているが、亮司と晶以外の守護者は、豊玉姫との戦いで力を目覚めさせている。

 だから、亮司たちに比べれば能力の扱いは素人同然だが――

 

「うーん。でも、僕たちの場合はいざというときしか力が発揮されないからね。

 だよね、陸君?」

「はい」

「そうよねー。そうじゃなかったら、あんな悲惨な結果にはならないわよねー」

 

 あからさまな忍び笑いをしながらエリカが保典の顔を覗く。

 

「ある意味レアなんじゃない? まさか全部の項目でドべになるなんて」

「あっ、あれは」

 

 守護者の中で一番身体能力の低い保典だが、どうやら、一般基準でも恐ろしく低かったらしい。

 

「ぼ、僕は頭脳派だから! 身体能力が多少劣っていたところで、別に」

「そういえば、実力テストの方はよかったよね。

 先生たちも、二つを足して二で割ってあげたいって言ってたよ。あまりにも雲泥の差があったから」

「それ、本人に言います……?」

「大丈夫だよ、加茂君。私も走るの遅かったから」

「珠洲……!」

 

 珠洲の慰めに、やっと保典が明るい表情を浮かべた。

 でも、守る側の守護者が守るべき玉依姫に慰められてどうするのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき

 

 

 

 

 

 

 前後編です。

 うっかり緋色の続きを先に書き上げてしまうところでした。

 

 

 自分でもコンセプトがわかっていないのですが、真希からの手紙を囲んでみんなでワイワイ雑談する! みたいなノリで書いています。