:【薄桜】再会 | 椋風花

椋風花

夢小説を書いています。
長編はオリジナルキャラクターが主人公で、本家と設定が違う点もございますのでご注意を。

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 大型スーパーの人口密度は、まったくどうかしているとしか思えない。

 店内は勿論、レジにもずらっと人が並んでいるし、どのカゴにも商品が山盛りに積まれている。自分たちの番がいつ来るのか、わからないほどだ。

 それを捌ききる店員も大変だが、袋を抱えている主婦もすごい。小さな子供の面倒まで見て、よくあんなに買い物ができるものだ。

 落ち着きなく走り回っていた幼少期を思い返すと、行いを反省したくもなる。

 

「いやー、大量に買っちまったな!やっぱこのスーパーは安いわ」

「それでもこの量だしな……。割り勘とはいえ、高くつくんじゃねえのか」

 

 新八と左之助の二人は、自分たちが選んだ物を今更ながらに確認している。

 ペットボトル飲料が三本、大量のスナック菓子、煎餅におつまみ。甘い物は邪道だといわんばかりに、しょっぱいお菓子ばかりを選んでいる。

 女っ気のない買い物だな、と左之助は笑った。

 

(一君が見たら呆れそうなラインナップだよな。千鶴だったら体に悪いって注意してきそう。

 んで、総司だったら勝手にアイスを突っ込んでくる)

 

 非難を浴びるに違いない内容だが、うまい物はうまいのだから仕方がない。

 すべての封を一気に開けて、ペットボトルでラッパ飲みして、思いのままに貪る。それを至高と呼ばずに何と呼ぶのか。

 いる面子も、カロリーだの、脂質だの、塩分だのを一切気にしないので、ストッパーがいない分、上限もない。

 

 陸上部の先輩にバレたら正座で説教ものだが、バレなければ済む話である。

 せめて明日の早朝ランニングの距離を伸ばそうと、忘れそうな誓いを立てながら、平助は外にある七夕飾りに目をやった。

 

 スーパーの正面、駐輪場の横にでかでかと飾られた七夕飾りは、行き会う人の目を集め、集客効果を高めている。子供なんかは、親を振り切って笹を見上げているくらいだ。

 短冊は店内で配られていて、小さい子供や母親などが色とりどりの短冊を手にしている。

 

「お前もあれ書きたいのか?」

 

 左之助がにやけ顔をしている。平助は慌てて首を振った。

 

「違うよ、ちょっと見てただけ!」

「とかいって、本当は書きたいんだろ? いいんだぜ、書きにいったって」

「だから違うって」

「短冊か、懐かしいな。平助、お前ちょっとあのちびっ子たちに混ざって、もらってこいよ。

 背が伸びますようにとか、書いたら案外叶うかもしれないぜ?」

「いいってばしつこいな! それに身長だって去年より伸びてんだぜ、これでも!」

「そーかいそーかい」

「これでもってところが泣かせるよな」

 

 二人が高身長だから、とてつもなく分が悪い。

 やり取りを見た周りの人が吹き出している。

 

「もう俺、外で待ってる!」

「おーおー、行ってこい。短冊何処で配ってるかわかるか?」

「名前書き忘れんなよ、あとで探すから」

「だから書かないって!」

 

(まったく左之さんも新八っつあんも俺をガキ扱いして。歳そんなに変わんねえじゃんかよ!)

 

 体格に著しい差があるが、年齢で言えば二歳しか変わらない。

 それなのに大学に進学した途端、あからさまに子ども扱いしてくるのだから、不服を抱きたくもなってくる。

 二人が高校生になった時も同じような現象があったし、こればっかりは二年待たなければどうしようもないけれど。

 

 高校はみんな同じ学校だったけれど、大学はすでに二人とも違う大学に進学している。

 おそらくそのまま進級するので、左之助と同じ薄桜大学になるわけだが、どこの大学に入ろうが、きっと三人でこうやって集まり続けるだろう。

 今だって、みんなバラバラなのにこうして買い出しに出ているのだから。

 

 学校終わりの時間帯のせいか、外には学生の姿も多い。

 薄桜高校の夏服は緑のチェック柄なので見分けやすく、見たところ同校生はひとりもいなかった。目立ちやすい格好で駅前をうろつく間抜けは一人だけだった、ということだろう。

 下校途中の寄り道は原則禁止だが、今日は教師による見回りは行われていない。

 先輩たちから代々受け継がれている連絡網のおかげで、見回り日時などは余すところなく伝わってくるのだ。

 

(でも、生徒会の見回りはわかんないんだよな。

 前は左之さんが生徒会だったから、情報筒抜けにしてくれて助かったんだけど)

 

 それが今日だったら余程運が悪いが、見つからなければ済む話だ。

 外に出ておいてなんだけど、目立たないように笹の影に隠れる。

 

「お兄ちゃん、邪魔ー」

「おっ、悪い」

 

 たちまち短冊を飾ろうとする子供のブーイングにあってしまった。

 離れると小さな手で一生懸命に短冊をつけようとする。

 

「つけてやろっか?」

「僕がやる。見ちゃダメだからね!」

 

 短冊には金色の紐がついていて、それをねじって笹につけるようになっている。

 自分でつけようとする子供もいるが、それができない子、高いところにつけてほしい子などは、親に頼んで結んでもらっている。

 平助の近くにいた子供も、自分で結べて満足したのか、一目散に母親の元へと戻っていった。

 

(いろんな願い事が書かれてんなー。サッカー選手になりたい、大きくなりたい、億万長者――これなんて書いてあんだ? 読めないぞ?)

 

 年端のいかない子供が書いているだけあって、短冊の半数は解読不能の代物となっている。本人がわかればそれでいいのかもしれない。

 

 なんとはなしに短冊を眺めていると、同じように短冊を見つめている子供を見つけた。まだ三歳くらいだから、短冊ではなく笹を眺めているのだろう。

 その子が短冊を触ろうとしたので、平助は手のひらでそれを制した。ちびっ子がきょとんとした顔で平助を見上げる。

 

「触るのはよくないぜ」

「……ないない?」

「そう、ないない」

 

 さりげなく辺りを見渡したが、親はすぐ傍にはいないようだ。

 平助は屈んで子供と目を合わせる。

 

「もう短冊は書いたのか?願い事……っていってもわかんないよな」

 

 そもそもこの年では、文字すら書けないだろう。紅葉のように小さな手を見ていると、普段感じない父性のような何かが胸にこみ上げてくる。

 

「名前はなんていうんだ?」

「?」

「僕、お名前は?」

「ふうくん」

「ふうくんな。歳は?」

「?」

「……えーっと、なって言ったっけ。……あ! おいくつ?」

「しゃんしゃい」

 

 丁寧に指が三本立てられる。人見知りはしない性格らしく、真っ直ぐに平助を見つめている。

 

「三歳か。俺とは十歳以上離れてんだな」

「ふうくん、しゃんしゃい!」

「わかった、三歳な」

 

 道場に通える年になるまで、あと三年といったところか。

 小学生から入門を認めているけれど、こんなちっちゃいのが三年後にはあんなわんぱく坊主たちに育つのかと思うと感慨深い。

 

「おい平助! お前、会計で姿くらますってどういうことだ!」

 

 ふうくんにかまっていたら、会計を終わらせた二人が平助を見つけて迫ってきた。

 新八がずかずかと迫り寄ってくるので、ふうくんを後ろに隠す。こんな大男を見たら、泣き出してしまう。

 

「人聞き悪いな、新八っつあん。今日は二人が出すって言ってたじゃん」

「そういう事じゃねえよ。お前も袋詰め手伝え。ほら、お前の分」

「あ、ごめん」

 

 ビニール袋を受け取って、予想外の重みに腕が沈み込む。

 よりによって、飲み物のペットボトルが入った袋を左之助に渡された。

 

「ちょっと、これ一番重いやつじゃん!」

「当たり前だろ、金出してねえんだから」

「俺の部屋使うから金はいいって言ってただろ!」

「それはそれ、これはこれ。食いたいんだったらちゃんと働け」

「先に外に出ちまったんだから、それくらい、やってもらわねえとな!」

 

 豪快に笑っていた新八が、ふと目線を落とす。後ろに隠していたふうくんが、まじまじと新八を見つめていた。

 

「なんだ、知り合いの子か?」

「違う、今会ったばかり」

 

 ふうくんは、新八相手でも物怖じせずに近づいていく。

 新八が腕を伸ばして抱き上げると、急に高くなってびっくりしたのか、まん丸の目をさらに丸くして指をくわえた。

 

「おー、かわいい顔してるな。名前は?」

「ふうくんだってさ。気を付けろよ、落としちゃったら大変だし」

「バッカ、俺がそんなへまするかよ。軽すぎて浮いていっちまいそうなくらいだぜ」

「そうじゃなくて、急に暴れるかもしれないだろ。お母さん傍にいないし、なんかあったらどうすんだよ」

「……母親がいないのか?」

 

 左之助が辺りを見渡す。

 子供が見ず知らずの高校生に囲まれ、抱き上げられているのにもかかわらず、気にしているそぶりを見せる人はだれもいない。

 

「平助、この子は最初から一人だったのか?」

「うん。笹をずっと見てたけど、それが?」

「それがって……」

 

 事態を全く理解していない平助に、左之助は呆れ顔で答えを提示した。

 

「その子、迷子だろ」

「……迷子?」

 

 その可能性は考えていなかった。

 七夕ということもあって笹には子供たちが群がっているし、保護者同伴でない子供もたくさんいる。

 それにこの子が親をまったく気にしていなかったから、平助も全く気にかけていなかった。

 

「小学生ならまだわかるけど、こんなちっちゃい子を一人で外に出すわけないだろ。

 勝手にどっか行っちまうだろうし、事故に遭う可能性だってあるし」

「じゃあ、こいつ迷子なのか?」

 

 新八の腕の中で、ふうくんは楽しそうに手を振っている。

 いつもよりも高い景色が珍しくてたまらないのだろう。新八の顔も特別怖いとは感じていないようで、頬を引っ張って、きゃいきゃいはしゃいでいる。

 

「だったら親を探そうぜ。今頃心配してるだろうし。

 抱えたまま、このスーパーの中をうろつけば、あっちから声掛けてくるだろうしよ」

「そうだな……でも、何階にいることやら」

 

 左之助がスーパーを見上げた。

 よりによって三階建てのスーパー。売り場は広いし人も多いし、全体を一周するだけでも時間が掛かりそうだ。

 一階だけならなんてことないけれど、上に上がったらすれ違いになってしまいそうだし、何より、親の顔がわからないのが痛い。

 

「迷子センターとかあったっけ、ここ」

「どうだかな。あんまり大事にするのもアレだが、どうしようもなくなったら店の人に任せるしかないか……」

 

 できれば人の手を借りずに、親を見つけたい。

 店の人に任せたらあとは何もできないし、そのまま置いていくのもばつが悪い。

 

「おい、だれと一緒に来たんだ?」

「うー?」

 

 声のボリュームを絞るという珍しい気遣いをしながら、新八が手掛かりを探そうとする。

 

「新八、あんまり顔近づけんな、泣くぞ」

「だれとお出掛けしてきたんだ? 母ちゃん? 父ちゃん?」

「かあ?」

 

 まったく反応しないふうくんに、平助は焦ったが、その理由は傍目には明らかだった。

 

「そこはママとパパだろ、昭和じゃねえんだから。

 ふうくん、ママとパパ、どっちと一緒にお店に来たんだ?」

「……ママ?」

 

 ピクッとふうくんの口元が動いた。今まで、母親の存在をすっかり忘れていたのだろう。

 まずいと思ったときには遅く、ふうくんの目に見る間に涙が溜まり始めた。

 

「うわああああ! 泣くな! ほら、高いたかーい! 高いだろ、楽しいなー」

「ママ……ママァ」

「うわ、無理だこれ、左之、パス!」

「は? うお、とと。……ど、どうすんだよ、泣いちまったぞ」

 

 幸い泣き声はあげなかったものの、左之助の腕の中でぐずつきはじめてしまった。

 おろおろする左之助なんてめったに見られないけれど、今はそれどころではない。

 

「な、泣くなよ。子供の泣きやませ方なんて知らねえんだから……」

「お菓子! お菓子あげれば泣き止むかも!」

「名案だ平助! 早く! 俺の服が濡れちまう」

 

 両手塞がる左之助の腕から買い物袋を引き抜き、お菓子を漁る。しかし男のみで選んだ弊害か、子供が好みそうなお菓子が一切見つからない。

 

「……ポップコーンとか、食べるかな」

「喉に詰まるんじゃねえか? プリッツでいいだろ」

 

 そもそも三歳児にスナック菓子を食べさせてもいいものなのだろうか。

 歯すら生えそろっていない子供には、固すぎて食べられないお菓子しかない。

 

「いっそ店で幼児用のお菓子を買ってくるか……左之、ちょっと待ってろ、買ってくる」

 

 二人でお菓子を調達にしにいこうとすると、左之助がさらに切羽詰った声をあげた。

 

「は!? 俺一人だとあらぬ誤解を受けるだろうが! 一人残れ!」

「そっか。じゃあ俺行ってくるから新八っつあん残ってよ。選ぶの無理でしょ」

「なんで決めつけてんだよ。泣いてる子供あやすんならお前の方が向いてるだろ、年も近いし」

「近くねえし!」

「いいからさっさとしろ! 注目浴びてんだよ、さっきから!」

「うええええ……ママ……どこぉ……!」

「あー、ごめん! 泣かないでくれよ、頼むから!」

 

 小さい顔をくしゃくしゃにして泣かれては、打つ手がない。

 平助は慌ててふうくんの顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫だって、ママは俺たちがちゃんと見つけるからさ!」

「ほら、お菓子だぞ? これがまた噛めば噛むほどうまくて――」

「なんでそこでするめ出すんだよ! 食えねえに決まってんだろうが!」

 

 眼前にさきいかを垂らそうとする新八を一喝して、左之助はふうくんの顔をさきいかから遠ざける。

 もういっそここで騒いでいれば寄ってくるんじゃないか、なんて思い始めていたら――

 

「……なにをしているんですか、先輩方」

 

 場の空気をバッサリと切り捨てて塗り替える冷たい声音に、三人は硬直した。

 どうしているのか、いつからいたのか、仁王立ちの杞穂がきつい双眸をこちらに向けている。隣には千鶴もいて、千鶴の方は困惑した顔でふうくんを見つめていた。

 

――子供を抱きかかえる左之助。子供の気を引こうとさきいかをぶら下げている新八。

 そして、つい引きつった表情を浮かべてしまった平助。

 これはどう言い逃れても、危うい誤解しか生まない。

 

「あ、いや、これは――その」

 

 この中で一番口が回る左之助が、なんとか言い訳をしようと口を開いた。

 しかしそれを聞くことなく、千鶴が左之助の腕の中にいた子供に体を寄せ、声を掛ける。

 

「鈴木楓太君?」

 

 出てきた名前に聞き覚えはない。

 しかし、ふうくん――もとい、楓太は、こくりと頷いて破顔した。

 

「僕、ふうくん。しゃんしゃい!」

 

 ピッと出された三本指に、千鶴は安堵した表情を見せ、杞穂を振り返った。杞穂もどことなくホッとした顔だ。

 

「よかった……! ママが探してるから、一緒に来てくれる?」

「ママ!」

 

 泣いていたのが嘘のように顔を輝かせて、楓太は腕の拘束から身をよじった。

 左之助が下に降ろすと、ニコニコ顔で千鶴の胸に飛び込む。

 

「え、どういうこと?」

 

――聞けば、二階で買い物をしていた二人が、子供を探す母親を見かけ、手分けして探していたそうだ。

 二階をいくら探しても見つからず、また、スーパーに入るときに、楓太が七夕の笹に興味を示していたと母親から聞いて、こちらまで探しに来たらしい。

 

「そしたら先輩たちが子供抱えて大騒ぎしているんですから、びっくりしました」

「こんな偶然ってあるんだね。男の子が見つかって、本当によかった」

「下手したら警察沙汰だもんね」

 

 母親に子供を引き渡して、ようやく一安心とばかりに二人は顔を見合わせた。

 店に入ってすぐに母親と遭遇したために、買いたかったものは買えずじまいらしい。

 

「また明日買いに来るわ。生地のセールはまだやってるし」

「今から行けばいいだろ」

「ケーキ持って?」

 

 白い箱を横目に杞穂が眉を上げる。

 

 子供を探してくれたおかげにと、楓太の母親はわざわざケーキを買ってくれた。

 二階のケーキ屋で、みんなで分けられるホールケーキを買ってもらったはいいが、ここでは食べる場所がない。

 三人は当初の予定通り、千鶴と杞穂はそのついでに、平助の家に遊びに行くことになった。

 

「それにしても、そのものすごい量のお菓子はなんですか? 今日一日で食べきるつもりじゃないですよね」

「そんなのばっかり食べてたら、体に悪いですよ」

 

 千鶴は想像通りの反応だったが、杞穂から向けられる視線は想像していなかった分、胸に突き刺さる。

 二人も、後輩の眼力に負けてか顔を逸らしている。

 

「あー、なんだ、二人も食うか?」

「先ほどからぷんぷん匂っているさきいかのことでしたら、いりません」

「食べ過ぎると夕御飯が……」

「そ、そっか……そうだな……」

 

 にべなく断られ、新八が項垂れた。

 

「ケーキは好意としていただきますけど、私は食べたら帰りますね。夕飯の支度ありますから」

「あ、私も……」

「そうか……」

 

 元から三人で遊ぶ予定だった。しかしなんだろう、この味気のなさは。

 

 織姫と彦星が再会できるこの暦。

 母親と子供は再会できたが、男たちに織姫が現れるのは、当分先の話になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき

 

 

 

 

 

 季節短編ですが、内容的にただの短編と呼んでもいいと思います。女の子はおまけ。

 平助のほかにだれを出そうか考えて、やっぱりこの二人になりました。ブックマーク名は三馬鹿の七夕。

 平助に方言を連発させてしまって、困惑しました。

 

 

 

 

 

 とうとう華の章が出たそうで!

 前編も買ってないので買う予定はないんですけど、新キャラ、新攻略可能キャラでここがいいという点があったらぜひ教えてください。

 改変にはビクビクしてるのですが……。

 あと、そんな理由で新キャラは出せないと思いますので、ご了承ください……。