【薄桜】旅の終わり | 椋風花

椋風花

夢小説を書いています。
長編はオリジナルキャラクターが主人公で、本家と設定が違う点もございますのでご注意を。

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 その日も、その次の日も、結局最終日になるまで、龍之介は美術館に入り浸っていた。本館の現代美術作品も見せてはみたが、やはり興味を示すのは水墨画だけのようだ。

「なんでって言われても俺にもよくわかんねえんだけどよ。」

 本人が一番不思議がっているようで、龍之介は難しい顔で首を捻る。鑑賞中は話しかけても上の空だったが、こうして帰りの新幹線で尋ねてみたところで、明確な答えは得られなかった。

 帰りの新幹線は、昼間にもかかわらず車両全体に疲れ切った空気が漂っていた。遊び疲れた子供はぐっすりと眠っているし、大人たちも目は虚ろだ。旅先で歩き回ろうがのんびりしていようが、帰宅の際はみんな何かしらに疲れている。帰省客よりも仕事で利用している客の方が生き生きしているというのも不思議なものだ。

「車内販売って面白いよね。ついつい何か買いたくなるし。」
「だよな!酒のつまみみてると酒も買いたくなってくるしよ。」
「おい未成年者。」

 ……行きと全く変わらないテンションを保っている彼らもまた不思議だが。

「何日も一緒にいたからか、なんだか五人でいるのが一番しっくりくるようになったよ。」

 緩やかに微笑む圭介と目が合い曖昧に笑みを返す。ただでさえ多かった荷物はさらに増えたようで、棚に入りきらなかった分を抱きかかえるようにして膝に乗せている。

「私はそんなに一緒にいませんでしたけどね。」

 封の開いた菓子袋を向けられ、杞穂は一本だけ引き抜いた。取らなければ延々と勧められるので仕方なく、だ。

「同じ家にいるんだから一緒だよ。家族だって部屋はそれぞれ違うんだしさ。」
「なら替えときゃよかったな。」

 頬杖をついていた歳三が呟く。

「おかげでごちゃごちゃ物があっても気にならなくなっちまった。」
「いいことじゃないか。」
「どこが。」

 毒づく歳三の声はいつもより少し大人しい。動きには出ていないけれど、旅の疲れはちゃんと感じているようだ。

「物がごちゃごちゃっていえば新八、お前もう少し物の管理はちゃんとしておけよ。あんなぐちゃぐちゃに詰め込むから入らなくなるんだろうが。」
「悪い悪い、トシに比べたらなんも買ってなかったからつい油断しちまった。ありがとな手伝ってくれて。」
「リュック開けたら弾け飛ぶんじゃねえか?その人が無茶苦茶に押し込んでたから。」
「どうせたいしたもの入ってねえんだ、別にいいだろ。」

 行きにも見たかもしれない田園風景に目線を送る。行きと帰りで新幹線の向きは違うから、あの時に見た景色はこの窓からでも見られるだろう。あの日の空模様は晴天だったが、今は少し曇っている。だんだん暗くなっているから、降りる頃には雨が降っているかもしれない。

「でもあとは帰るだけって思うと、なんか寂しいような名残惜しいようなそんな感じするよな!」
「そうだね。いろいろなところに行って、いろいろなことを体験して、とても有意義な連休を過ごせたよ。明日からまた講義漬けだけどね。」
「あー!大学とかレポートとか考えたくない!」
「叫ぶな新八。公共の場だぞ。」

 頭を抱えて唸る新八をすかさず一がたしなめた。一は最初からずっと行儀よく座席に座っているし、これではどちらか高校生かわからない。

「そんなに大学って大変なのか?」
「うーん、そうでもないと思うんだけど。」
「普段サボってるやつには大変だろうよ。井吹も、遊びほうけてたらこうなっちまうから気を付けろよ。……いや、下手したらこうもなれねえかもしれねえがな。」
「浪人かな?」
「新八は留年するかもしれませんが。」
「お前ら好き勝手……!」

 新幹線が止まった。大きな駅についたようで、人が一気に下りて一気に乗り込んでくる。空気が撹拌されて、わずかながらに外の新鮮な空気が感じられた。

「井吹。」

 一の声が聞こえる。それに応える龍之介の声も。

「俺の爺――いや祖父の作品が気に入ったのなら、今度俺の家に来てみる気はないか?」
「え、いいのか?」
「興味があるんだろう?作品自体はあまりおいていないが、習作や今までの作品の目録などは置いてあるからな。なんなら目録をやろう。」
「まじで!?本当に!?」

 ここまで弾んだ声を上げるのも珍しい。顔を見てみたいと思ったけれど、首を動かすのが億劫で諦めた。
 今どの辺りだろう。帰ったら服を洗濯機に入れて、荷ほどきして、片づけを――

「富木どうした?」

 声を掛けられたと気づいたのは、周りの話し声が完全になくなってからだった。やっと窓から視線を外すと、四対の目がこちらに向いていてぎょっとする。

「……何か?」
「いや遅えって。トシが話しかけてから随分と間があったぞ。」
「酔ったのか?」

 気遣わしげに顔を覗き込まれそうになり、杞穂は思わず手を振るってそれを拒んだ。まじまじと見つめられたらたまらない。

「いえ、なんでもありません。」
「呂律も回ってないね。ちょっと眠い?」
「……。」

 眠いのだろうか。言われてみれば意識がどこか浮いている感じもしてきた。彼らにペースを合わせてきたツケが今更やってきたのかもしれない。

「眠いなら寝てもいいぞ。まだ当分は乗ってなきゃなんねえんだからな。」
「いえ、大丈夫です。」
「つっても杞穂ちゃん目が……。」
「……じゃあ洗ってきます。」

 人目につくところで眠れるわけがない。ましてや自分以外男しかいない空間で、むざむざと寝顔を晒してなるものか。
 物憂げに立ち上がると廊下側の二人が立ち上がり、隣の龍之介は膝を脇に寄せた。それに頓着できないほどの眠気と戦いながらお手洗いに向かう。体が揺れているのは新幹線の揺れのせいだけではないだろう。

(昨日はちゃんと寝たし、朝だって起きれたのに。こうなるって知ってたらもっと大人しくしておくんだった。)

 眠いせいか機嫌も悪くなる。冷たい水で顔を擦ると、熱を持った頬を程よく冷ますことができた。でも、眠気が取れたかというとそうでもない。
 席に戻るとまた二人が立ち上がり、今度はちゃんと礼を言って座ることができた。

「はい、どうぞ。」

 圭介が膝掛けを差し出してきた。いない間に荷物をひっかきまわしたようで、荷物が増えている。

「いいえ、お気持ちだけ頂いておきます。眠りませんから。」
「掛けとくだけでいいよ。冷房も強いし。」
「いえ……ではお借りします。」
「おいあんた大丈夫か?さっきからいいえしか言ってねえぞ。そんな眠いのか。」
「うるさい。」
「う、え!?」
 
 一人だけ辛辣に返されて目を剥く龍之介を無視して、杞穂は膝掛けを広げた。洗濯してから一度も使っていないのか、手触りが柔らかくて気持ちがいい。丁寧に膝をくるんで背もたれに背中を預けると、うつらうつらと意識が遠のき始めた。

 思えば不思議な旅行だった。
 性別は自分以外みんな同じだけど年齢はバラバラ。旅の目的は芸術鑑賞だったり、温泉だったり、御土産だったり。御土産を探し回って一日が終わったり、絵に興味ないかと思えば誰よりも熱心だったり。友達に会ったら後輩が同居人と険悪な関係だったりもして――短いながらも濃い旅行だったと言えるだろう。
 帰ったらみんなバラバラになって、高校を卒業した三人とはほとんど会わなくなる。もしかしたら、これが最後になるのかもしれない。

(最後……。)

 驚くべきことに、最後であってほしくないと思う自分がいた。団体行動も世話を焼くのも焼かれるのも好きじゃないはずなのに、どうしてかこの空間は居心地がよかった。
 たくさん余計な世話を焼かれた。一人でいるのが好きなのに断り切れずに部屋に連れていかれたりもした。これでもかというくらいお菓子を食べさせられた。迷惑だったけれど、不快ではなかった。好きではないけれど、嫌いでもなかった。
 感想を一言でまとめるとするならば――

「おい、見ろよ……寝ちまってる。」

 歳三が声を潜めて囁いたので、龍之介は隣の杞穂を窺った。背中を後ろに預けてはいるけれど、目を瞑っているだけのようにも見える。

「……起きてんじゃないか?」
「いや寝てる。手が膝から落ちてるだろ。」

 視線だけ下に下げると、歳三の言う通り普段見えない手のひらが露わになっていた。指先はピクリとも動かない。

「本当だ、眠ってる。」
「よく見てるね土方君。」

 ひそひそ声とはいえ、隣の龍之介が喋っていて反応を示さないのだから寝ているのだろう。
 それにしても落ち着き払った寝顔だ。少なくとも口は開いてはいないし、寝息も周囲の音に混ざってまったくわからない。起こされてもきっと何食わぬ顔で目を開くのだろう。

 ……でも、何故だろう。その口元は緩んでいないのに。体の力もまったく抜けていないのに。
 ひっそりと窺い見るその寝顔は、なんだかとても楽しそうににみえた。
 


















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あとがき






 これにてGW旅行編は終了です。SWに終わらせられてひっそり嬉しくなっています。
 終わりがうまく書けなくてもだもだしていました。

 次は旅行中に解決しなかった龍之介と小鈴の喧嘩騒動についてのお話になっていくと思います。となると、絶対に出てくる人がいますね。
  

 それと新ソフトで薄桜鬼のリメイク?版が出てくるようですね!もう何が出てきても驚かない
 今までにあったものが消えてしまったら悲しいのですが、どうなるのでしょうか。
 










 今までほとんど最後にあとがきをつけていましたが、減らそうと思っています。燃え尽きているわけではないので、ご安心を。