【翡翠】噛み合わせるためのピース | 椋風花

椋風花

夢小説を書いています。
長編はオリジナルキャラクターが主人公で、本家と設定が違う点もございますのでご注意を。

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綻びというものは、いつも思いもよらないところから生まれてくるものだ。
そして綻びは気づいてしまったあとはどうしようもなく広がっていき、大きな穴になる。

少し離れたところで真希が小さな綻びを見つけたのと同じように、こちらでも同じように綻びを見つけた者がいた。

「おい、今なんて言った?」

声を発したのは晶だった。

会話が終わり、先程の場所まで戻ろうとしていた蓮葉は、踏み出しかけた足を止めて振り返った。
あと少しタイミングが遅かったら、自分が声をかけられた事に気づかずにそのまま歩き続けていただろう。

「今、二人のもとに戻るって言ったよな。」
『ああ。』
「どうした。何か不都合があったのか。」

さっさと暖かい家に帰りたいらしい克彦が顔を顰める。
とはいっても彼がその表情を見せることは珍しくもないのだが。

「二人って小太郎と真希の事だろ。陸はどうした?」
『陸?……ああ、玉依姫の弟か。どうしたとは?』
「陸もいただろ、一緒に。」

晶の断言に蓮葉は少し困惑した。
小太郎が真希を訪ねに来た時から二人についていたが、その間一度だって陸の姿は見ていない。
二人が陸を探していた様子もなかった。
それに蓮葉も陸のことは口に出していない。

『あの者は同行していなかった。少年も陸と会うとは言っていなかったはずだが。』
「それはおかしい。」

今度は克彦が断言した。

「小太郎は出掛ける時にバットを持って行っていた。
まさか祠を見に行くのに持っていくとは思えないし、俺はてっきり祠とやらを見た後で陸と野球でもするのかと。
重森、お前はどうしてだ。」
「俺は本屋行く前に陸と会ったんだ。小太郎と遊ぶって言ってたぞ。」

二人の証言はがっちりと繋がっている。

『ほう、それは妙じゃな。ところでばっとというのは何じゃ?』

実は蓮葉もバットというものがどういうものなのか知らなかった。
野球も知らなかったが、今ここでそれを聞いても役には立たないだろう。

「バットっていうのはあれだ、木で出来た棒みたいなやつで、ボール打つための。」
「嵩張るから持ってくるのはやめろと言ったんだがな。」
『ふむ。それでボールというのは――』
『御外、それは後にしてくれ。
それよりも、バットというのはどれくらいの大きさの棒なのだ?』

新しい単語に食いつく御外を遮って二人に尋ねる。

晶は腕を広げ、

「物によるけど大体これくらいだな。……あれ、あんた小太郎が持ってるの見なかったのか?」
『いや。』

あの時の小太郎はそんなものを持ってはいなかった。
両手は服の裾に突っこんでいたし、木の棒を持っている様子は全く見受けられなかった。

(……どういうことだ?)

晶と克彦は口を揃えて、小太郎は陸と会う予定があったという。
しかし小太郎は真希に会いに来たし、そのあとも陸を迎えに行く様子は見せなかった。
しかも、家を出るときには手にしていたバットを今は持っていない。

――何か、胸騒ぎがする。

「……重森、本当にこの辺りにそんな祠があるのか?」
「あ?だからそんなのいちいち――」
「いいから思い出せ。」

蓮葉の様子に何かを感じたのだろう、克彦はもう一度催促した。

「いきなり言われてもな。珠洲だって全部は把握してないだろうし。」
「だからお前たちは駄目なんだ。村を守る者としての自覚が足りないんじゃないか?」
「滅多に来ないお前に言われたくない。」

二人の間に再び険悪なムードが漂う。
やはりこの二人は二人だけだと折り合いがつかないようだ。

『言い争いはともかく、どこの事なのか考えてもらえないだろうか。』
「ああ、悪い。」

蓮葉と御外はこの村に来たばかりで、克彦もこの村の住民ではない。
頼れるのは晶だけなのだが、この様子だと思い出すまでにかなり時間を費やしそうだ。

(かといって我がそちらに向かっても中には入れぬ。
二人に頼むにしても場所がわからなければ闇雲に捜索することに……。)

それに二人が結界の中に入ってしまったらこちらと連絡が取れなくなる。
どうしたものかと悩んでいるうちに、一人のんきな御外が声を上げた。

『のう、また訊きたいことがあるのじゃが。』

ピリピリしたムードを逆撫でするまったりとした声だ。
蓮葉は堪えたが、克彦は鋭い眼差しを向けている。

「あとにしろ、こちらは立て込んでいる。」
『祠はそんなにたくさんあるのか?』

人の事情などお構いなしで御外は続けた。
元来、カミというのはいつだって気まぐれで自由奔放なのである

「だから構ってる暇ねえんだよ今。」
『なぜその祠だけ結界が張ってあるのじゃ?』
「だーかーらぁ!」
「待て。」

怒鳴りつけようとする晶を制し、克彦が御外に顔を近づけた。

『ひ、なんじゃ!?』

克彦に苦手意識のある御外はすかさず飛びのいたが、既に克彦の意識の中に御外の姿はない。

「そうか、そういう考え方か。これなら馬鹿でもわかる、おい重森。」
「待て、馬鹿つったか。」
「ああ。この近くで結界が張られている場所はどこだ?」

質問方法は変わったが、聞いていることはさっきとあまり変わっていない。
しかし結界を張られた祠という条件よりも、この辺りで結界を張られている場所はどこだという漠然とした条件の方が晶にはよかったようで、

「……ああ!それだったら前に豊玉姫との闘い中に見つけた汚い寺が――」
『そこだ!』

間違いない、きっとあの二人はそこにいる。

柄にもなく大声を出した蓮葉に晶は言葉を飲み込んだが、克彦は、

「それだとおかしなことになるぞ。
小太郎は祠に行くと言ったんだろう?どこにそんな嘘をつく必要がある。」
「誰かが小太郎に嘘を言ったってことか?」
『いや違う。』

おそらく小太郎自身はそこに寺があることを知っていたか、もしくはそこに何があるのか全く知らなかったかのどちらかだったろう。

『祠というのは真希を連れ出すための出まかせだ。
結界の中に何があるかは中に入らなければわからなかったのだから。』
『ム?では御神体というのはなんじゃったのじゃ?』
『真希の気を引くための虚言に違いない。』

彼はしばらくの間、真希に行先を伝えなかった。
外に出てしまえば行先を聞いても断りにくくなるし、真希なら余程のことがなければ人の意見に反対しないだろう。
現に躊躇しながらも真希は結界の中に入ってしまった。

「なあ、待てよ。結界の中に入らなけりゃって、小太郎は結界の中に入れるんだから見ればわかるだろ。
あの結界は人には反応しないし、今だって二人ともそこにいるんだから。」
『……晶、お前は先日の妖を覚えているか?』

蓮葉の問いに晶は怪訝な表情を浮かべ――見る間に表情をこわばらせた。

「妖?どういうことだ。」

事情を知らない克彦に掻い摘んでこの間の出来事を話す。

最初はただ話を聞いていただけの克彦だったが、真希を襲ったのがただの人間だったこと、そしてその人間の記憶が曖昧だったことを伝えた途端、さっと顔色を変えた。

――そう、真希に危害を与えようとした人間が本当に何も覚えていなくて、そしてそれが妖の仕業だったのなら、あの時その人間は妖に操られていたことになる。

それだけならまだしも、晶と克彦が会った小太郎と、蓮葉が見た小太郎は言動がかなり異なっている。
話を飛躍させるには十分だった。

「つまり小太郎は妖に操られているということか!?」
『もしくは憑依されているか……いや、おそらくそっちだろう。
あの態度は操られていたようには思えない。』

肉親の非常事態に克彦は平静さを保てずに声を荒げた。
蓮葉も内心穏やかではない。

小太郎は終始自然体だった。
操られているのではなく、カミが小太郎を演じていると考えた方がしっくりくる。

そして真希を誘い出すには小太郎はまさに適当な人材だっただろう。
性格は単純明快で化けてもボロが出にくく、多少強引な態度を取っても許される人当たりの良さを持っている。
事実として、人に化ける能力を持つ御外も真っ先に小太郎に化けた。

(いや、そんなことよりも――)

『真希は今、一人だ。』

蓮葉の口からその言葉が零れた瞬間、全員に雷が落ちた。

何も知らず。無防備に。
身を守る物が何もない状況で。ただ一人。

(――真希。)

最後に見た真希の姿は藪に消えていく後ろ姿だった。
隣にいた男は、いったいどんな表情をしていたのか。

全身から汗が吹き出す感覚というのを幾百年生きてきた中で初めて味わい、思考が一瞬遠のいた。
だがそれは本当に短い時間で、すぐさま克彦の声で現実に引き戻される。

「今すぐ向かうぞ!晶、お前はまず陸を――」
『ワシが連れてきてやろう。人は遅いからな。』

自ら名乗りを上げた御外を見て克彦はにやりと口元を上げた。

「今度は嘘をつくなよ。」
『どうかのう。出来ぬ約束はしない主義でな。』

しかし御外はそれこそ雷のような速さで姿を消した。

「よし、お前はあいつらと別れたところに案内しろ。」
『あいわかった。』


――どうか、無事でいてくれ。


心の底から祈りながら蓮葉は結界の張られた山を見上げた。




















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あとがき






ミステリーというよりもサスペンスでしたね。

季封村では真弘が真っ先に選ばれたように、わかりやすい人の方が化けやすいようです。
それでいくと化けにくいのは誰だろうと考えた結果、腹黒三人組が浮かびました。
季封村のメガネ三人です。