Waterman CF44Tです。
Watermanは1953年から1970年代頃にかけて、世界初の樹脂カートリッジ式万年筆、"Waterman CF (Cartridge Filler)"シリーズを製造していました。
Watermanは、CFの前にガラス製カートリッジを使用した「ガラスフィラー」を製造していましたが、現在の主流は樹脂製カートリッジ式ですので、このWaterman CFこそが、現代のカートリッジ式の元祖といえましょう。
Watermanのナンバリング方式は伝統的に体系化されており、CFに続くモデルナンバー"a""b""c"は以下を意味します。
"a":キャップの材質の種類
7:金属に銀張り
6:925銀
4:金属に金張り
3:金属にクロムメッキ
1:ステンレス
"b":胴軸の材質の種類
7:樹脂に銀張り金属オーバーレイ
6:樹脂に925銀オーバーレイ
4:樹脂に金張り金属オーバーレイ
3:樹脂にクロムメッキ金属オーバーレイ
2:樹脂、オーバーレイなし
1:ステンレス
"c":金属軸の装飾
GO:バーレイコーン彫刻
T:モアレ彫刻
R:ライン彫刻
無:彫刻なし
"44T"は、キャップも胴軸も金張りオーバーレイで、モアレ彫刻されているモデルを意味します。
なお、米Waterman社は1954年以降はフランスに拠点を移動させており、このモデルもフランス製です。
このCF44Tは、私の伯父が1970年代にフランス旅行に行った際に購入したものですが、伯父はかなり前に亡くなっており、相当長期間(おそらく30年以上?)にわたり放置されていたようです。
今回、伯母からそのメンテナンスを依頼されて引き受けました。
さて、この個体は、長期間放置により古典ブルーブラックインクがドライアップしていました。
そこで、アスコルビン酸洗浄のため、まずは完全分解しました。
上段左から、ニブ、首軸、ペン芯、二重ペン芯+ヤリ、首軸リング1、首軸リング2+金属球2個、カートリッジ受け口です。
カートリッジ受け口はネジ式になっていて、首軸にねじ込まれているだけですので、回して抜きます。
海外の掲示板では、このネジ部分に接着剤が使われている個体があるとの報告がありますが、それがWatermanによって行われたのか、それともメンテナンス業者が行ったのかは不明です。
しかし、構造からすると、このネジ部分にシェラック、シリコングリス等は不要のようにも思われます。
カートリッジ受け口と首軸リング2を外した首軸です。
カートリッジ受け口を抜くと、金属球は容易に脱落しますので、金属球が落ちても紛失しないよう、大きめの箱の上で作業します。
実際、作業中に何度も脱落して危なかったです。
首軸から二重ペン芯+ヤリを引き抜きます。
二重ペン芯+ヤリは、ゴム製Oリングで首軸内に押し込まれており、当初はインクで固着していて引き抜けませんでしたので、首軸ごとアスコルビン酸洗浄してから引き抜きました。
Oリングはやや硬くなっていたものの、まだ一応機能していましたので交換はしませんでした。
ヤリ内には、Sheafferのスノーケルの内部と同様の、エボナイト製の2本溝の二重ペン芯が挿入されており、そこから白いプラスチック製の二重ペン芯につながっています。
これにより、カートリッジ内に挿入されるヤリから、プラスチック製二重ペン芯を通じて、ペン先に接触するペン芯までインクを導く構造です。
このプラスチック二重ペン芯はそれほど強度がないと思われますので、引き抜く際は慎重にせねばなりません。
また、この二重ペン芯はストレートタイプですが、ペン芯内部でカーブしてペン先に密着するエボナイト製のものもあるようです。
二重ペン芯+ヤリを引き抜いた後は、ペン芯を前から割り箸で押し込んで後ろから抜きます。
ペン芯を抜いた後は、首軸に挿入されているニブを、くの字に押し込んで抜きます。
この時代の流行の、ペン先根元が首軸内に隠れるフーデッドニブですが、この装着方法は珍しいと思います。
真っ直ぐ引き抜こうとすると、おそらく首軸樹脂が割れますのでご注意。
ペン芯、二重ペン芯+ヤリはブルーブラックインクの固着がひどいため、徹底的にアスコルビン酸洗浄します。
ペン芯、二重ペン芯の溝は0.02㎜程度と非常に細く、アスコルビン酸洗浄でもインク滓を取り切れないため、0.01㎜フィラーゲージ、中山トラスコTFG-0.01M1でインク滓を徹底的に掘り出します。
徹底洗浄後は分解と逆の手順で首軸を組み立てます。
紛失しやすい金属球は、首軸に首軸リング2、カートリッジ受け口をねじ込む際、カートリッジ受け口が少し浮いた状態で、横から首軸の凹みに押し込んで、首軸リング2で蓋をして装着します。
カートリッジ受け口をねじ込む前に金属球を首軸凹みにはめると、カートリッジ受け口をねじ込む際に高確率で金属球が首軸内部に入り込みます。
これにて首軸は完成。
さて。
Waterman CFの実用上の最大の問題は、カートリッジとコンバーターが入手困難ということです。
Waterman CFのカートリッジは相当前に製造中止となっていて、今日使用可能なカートリッジを購入することは不可能(未使用であってもカートリッジ内インクが乾燥しているものがほとんど)です。
カートリッジ代わりのゴムサック式コンバーターも販売されておりましたが、こちらも相当前に製造中止となっております。
しかし、こちらはゴムサックが経年変化で硬化していてもサック交換修理が可能であるようで、ヤフオクでは2023年現在、6000-8000円程度で取引されているようですが、さほど量が出回っているわけでもありません。
そのため、Waterman CFを実用可能とするには、以下のいずれかによることになります。
①高値であることを覚悟でコンバーターをオークションにて購入
②使用済カートリッジ内部を洗浄して注射器でインクを注入し装着、インクを使い切ったらまた洗浄して使い回す
このCF44Tには、最初からドライアップしたカートリッジが挿入されておりましたので②でいこうと考えましたが、カートリッジの樹脂が痩せており(何故?)、そのためカートリッジ受け口への挿入感が緩く、インク漏れが危惧されました。
さらに言えば、そもそも万年筆に慣れていない来年80歳の伯母に、注射器でのインク注入は難しいと思われます。
とはいえ、①も費用対効果、オークション入手にかかる時間の点でどうか?
そこで、カートリッジを切断し、後端にPVCサックを差し込んでシェラック接着しました。
これで、インク吸入の際、注射器を使わずとも、PVCサックを指で押して離せばカートリッジ内にインクを吸入できます。
戦前によくあったスポイト式ですね。
さらに、カートリッジ受け口と改造カートリッジを、バスボンドでヤリが通る穴を塞がないように接着します。
これで、インク漏れとカートリッジ脱落を防げます。
最初はシェラック接着を試みましたが、材質の問題か接着できませんでしたので、諦めてバスボンドを使用しました。
バスボンドは室温で硬化に8時間かかりますので、カートリッジ受け口+改造カートリッジをノックアウトブロックにて放置します。
これを首軸にねじ込んで完成。
Waterman CFは、カートリッジ入手困難であることが一番やっかいと言われますが、使用済カートリッジ1本あれば、このようになんとか再生可能です。
あまり語られることがありませんが、おそらくメンテナンスで一番やっかいなのは、例の金属球があまりに小さく、紛失しやすい点でしょう。
次点は、二重ペン芯のプラスチック部分が脆弱そうということでしょうか。