本当にあったお話4 | ハッピーコーディネーター 嵯峨久美子「皆しあわせであろうねブログ」

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昨年 誕生数秘学に出愛 自分のことはもちろん 家族・友人のことも冷静に見つめ 個性を認めると笑顔になります。
脳をデトックスするアクセスバーズで制限を外し、無限の可能性に出会いましょう。自分も相手も認めあっていきましょう




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いつも訪問ありがとうございます


自分史を書くためには

いろいろ周囲の方のことも

書かせていただきますが

お許し下さいね。


先祖さまのお計らいから

主人が42歳の時

養子先の叔父 叔母 の家の向かい側に 

1995年にお譲り価格の展示場の家を建てました

2年も経たない1996年10月の稲刈りの日に

叔母(義母)は田んぼで脳出血で倒れ そのまま帰らぬ人と


なられました。

そしてその3年後の1999年には叔父(義父)は

夕食のちゃんぽんを一緒に食べた翌日

布団の中で冷たくなっておられました。

介護をすることもなく

お二人は旅立たれました。

残された私たちへの お礼だったのでしょうか?

(介護保険もなかった時なので)

自分の最期は周りの者を煩わせたくないと

いう方がほとんどでしょうが・・・


最期はこれまでの生き方や思い、家族関係が

とても反映されると思います。

今は実父を介護中ではありますが、

2000年の介護保険開始されたおかげで

今は介護保険制度を上手に利用させてもらっています。


子育ても一段落ついたので

第2の私の人生がこれから始まります

  続きは次回へ