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2009-11-21 11:32:35

外交問題や安全保障関連のまとめエントリー

テーマ:まとめエントリー

 外交問題や安全保障について、ブサヨちゃんの端くれとして発言しているけど、あんまりコメント欄は盛り上がらない。もともとあんまりコメントがこないんだけど。


 辺野古でサンゴ礁壊すより、地方空港でもとりあえず使ったら、みたいなことを言って、「米軍は日本から出ていけー」みたいなことは言わないのが、わたしの流儀。


 ネタであっても今までの思考を異化して、偏りに気づく効果があるんじゃないかなと思ったりします。

 政治って0か1かでないから、真ん中で妥協したり、全く別の発想で違う方向性を見出すことだって考えうる。



 防衛政策の狭さ   07年6月5日


 アメリカ感謝決議   07年6月18日



 軍事音痴の国防論   07年6月24日


 
 戦後処理は有効な防衛努力である   07年6月25日 



 自衛隊の分割民営化   07年8月25日



 自衛隊員はダルフールでこそ死すべきや?  07年10月25日



  まだあるかもしれないけど、だいたいはこんなところ。

  憲法については、まとめエントリーはもうあるんじゃなかったかしら。

  

2009-11-20 10:30:05

差別の盛り合わせ 韓国の女子大生バッシング

テーマ:ニュースとかの感想

 最近、まとまってエントリーをあげて、差別についていろいろ考えようとしております。

 もとがおちゃら系ブログなので、失礼、不謹慎にわたることに留意しながらぼちぼち書いていこうと思ったら、ネタ切れ気味。普段、そんなに真面目に考えていないんだね。

 身近に差別があっても気づかないし、差別していることにも無自覚なこともあるでしょう。

 などと思っていたら、アメーバーニュースでこんなのを見つけたよ。



【トレビアン韓国】「背の低い男は負け組!」問題発言の代償はとてつもなく大きかった



 詳細はリンク先を読んでいただくとして、いろんな差別が目の当たりに見られるね、と…ここで喜んじゃあいけないが、「ほー、いろいろあるね」と思いました。


 お定まりでしょうが、コメント欄の「嫌韓発言」。ネットで炎上したことを「いかにも韓国」みたいにはやしております。でも、ネットの炎上ってどの国でもあるんじゃない?他の国では起こり得ないことだと、確信をもって言い切れるのかなあ。


 「背が低い」のをマイナスに言うのも、差別と言えないでもない。社会的差別、制度的差別とは少し違うけど、容姿・容貌で扱いに差をつけるのは、差別とされる場合もあるでしょう。


 古いことを言いますが、むかし、大手のK書店が採用条件で、「チビ、デブ、メガネはダメ」って内部文書で書いて問題視されたんだよね。2ちゃんねるのない時代だから、そんなに大騒ぎにならなかったけど。



 日本でも、三高が結婚相手の条件などといいます。男は体格、風采がよくなければならない、というのが男枠割を押しつけられていると考えれば、性差別の意味合いもあるのかも。

 直接には、容姿の差別ですが、そこにジェンダーの要素はあるだろうな、と感じます。

 女性が小柄でも「カワイイ」で通るけど、男の子が小柄だと引け目に思うことは女性の場合より大きいんじゃないか。


 これは、差別とは違いますが、話がマスコミ批判に向かったこと、番組に損害賠償を請求した人がでたというのも考えさせますね。

 どうせ韓国をあげつらうなら、この訴訟のほうに注目するほうが、日本との違いではないかしらん。



 これ、見方をかえると、日本のトークとかバラエティとかは、騒ぎになるような可能性は全く排除している。お殿様に台所方がさんまを蒸して小骨を抜いて、お椀に仕立てて出したように、あるいは気の抜けたソーダー水のように無難に処理していると考えられないかしら。

 どうせ、日本は凡人が寄り集まった凡庸な国、といって、日本差別をここに加えたら差別の盛り合わせに一品加わるな。


ところで、へんな細部が気になるんですが、そのトーク番組は韓国語だったんでしょ?そこで「ルーザー」って英語をそのまま使った。韓国ではこの英単語は外来語として一般的なのかしら。日本より英語の普及度が高いのかなあ、と思いました。ネットが普及しているとはきいていたけど。

 

 そのうえ便乗商法が出たというのが、なんだかおかしい。わたしなんか不謹慎型感性で「おぬし、なかなかやるのう」と思っちゃったよ。

 

2009-11-20 01:02:51

日本自慢

テーマ:拝見 よそ様のブログ

日本は東方礼儀の国であります。

謝ると自分の非を認めたことになるからと、謝罪せずに相手に論駁するような欧米諸国とは異なります。

人間社会ですので、日本にも多くの過誤や犯罪がありますが、過ちを認めて潔く謝罪することは、日本では立派な行為とされています。

 気配り、思いやりがこれほど尊重される国は他にないでしょう。

 

 こうした国に生まれた幸せをかみしめたいと思います。





 




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2009-11-19 15:21:48

意見広告のいろいろ

テーマ:拝見 よそ様のブログ

大浦湾破壊計画ストップの手立てはないかなあと思うけど、思案がつかない。

日本の報道って、政治記事、政局報道のカテゴリーでおさまっちゃうでしょ。


タカマサのきまぐれ時評のエントリーによると、辺野古の基地建設反対の沖縄の声も、だんだん世界に知られるようになってきたという。

http://harana.blog21.fc2.com/blog-entry-1006.html


きれいな自然を守ろうというだけの意見広告をアメリカでうてないかな。

ひたすらきれいな海の写真とか、ジュゴンの写真でメッセージ。


方向を代えて、「日本はこれだ米軍駐留負担をしている」と他の国との比較で、米国民にアピールするの。

「君らは傭兵だよ」なんて憎まれ口はきかないでいいけど、なんで日本だけがこんなに負担しているのか、とよその国を巻き込んで騒ぐ。

外交問題って、日米二国間関係でなく、多国間関係で考えた方がいい。


2009-11-19 14:26:48

いってみませんか

テーマ:ブログ
2009-11-18 11:10:38

オバマ大統領が天皇にお辞儀

テーマ:ニュースとかの感想

 昨日、テレビのニュースを見ていたら、こんどの訪日でオバマ大統領が天皇を訪問した時、深々と頭を下げている映像がアメリカで流れ、フォックステレビが批判したり、保守系コラムニストがかみついたりしていると報じていました。

 あれでは、アメリカが日本の属国のようではないか、と怒る意見もあるというんだけど、ほんとかね。

 「属国は日本の方だろうが! けしからん」てアメリカの保守派は怒っているのかしら。

 むひゅひゅ。


 新聞記事もあったよ。

オバマさんが深々と頭を下げているところ


 韓国ではショックを受けているとか、日本に気を使ったのだろうとか、検索したらいろいろ出てきたからお暇な人は見ると面白いですよ。


 大統領の立ち居振る舞いだから政治的意図がなかたっとは言わない。神経を使った挙措動作をするのだと思うけど、ただ、オバマ大統領本人の、その場の個人的感覚を思うと、わりと自然でかつ相手に気を使った動作じゃないの?


 オバマさんて天皇はんより、ずーっと背が高こうおまっしゃろ。かなり身をかがめないと、なんかこう頭が高いように見えて、相手にも失礼な感じするんとちゃうか、ってぴぴっと思うたんやないかしらねえ。

 ひがみっぽい人なら、子ども扱いしたので、別に尊敬しているんじゃなねえや、って難癖つけるかんもしれんよ。


 ともかく、世界の中でそっくりかえっているアメリカ、みたいなイメージを振りまくことは、なんらいいことないとおもっているんじゃないかいな。オバマ大統領としては。

 

 それに彼は熱心なクリスチャンだし、謙譲とか思いやりとか配慮とかいう言葉は身近でしょう。エスタブリッシュメントの社会だと、上からのチャリティ感覚だろうけど、普通のアメリカ人ってそんなに頭が高いわけじゃないんじゃない?


 というわけで、アメリカの保守派というのは、人間性とか敬虔さとか謙虚さとかは無縁の人々なんではないかと思えた次第。


2009-11-17 10:54:03

俗論は差別の源泉

テーマ:拝見 よそ様のブログ

 世の中には、日本人論の類がたくさんあるけど、これもその一種かな。


非国民さんのエントリー、失言では済まされない小沢一郎の妄想


 欧米列強は肉食で、弱肉強食で、競争社会で、苛烈。革命で王様の首を刎ねるは、魔女裁判、異端審問はするは、植民地では苛烈な差別をするは、十字軍で異教徒を征伐するは、奴隷売買をするは、もう凄いんだからー。と、恐れているのだか、憧れているんだか、日本人より寧悪な種族みたいにいいがち。


 小沢一郎は仏教界の人に会ったときに、キリスト教は排他的だけど、仏教は融和敵みたいに言ったんだそうです。まあ、票のおねだりにいったから営業用ヨイショなのかもしれませんが、オヤジ言論の一種だね。


 こうした発想も、外国人嫌いの偏見、ひいては差別につながると思うけど、欧米キリスト教国を日本人が差別することはないと思っていれば、あんまり問題にはされないかもしれません。


 日本の歴史を見れば、宗教が関わった争いって多い。国内で争っているから世界史的蛮行ではないけど、一向一揆など苛烈な戦いもあった。それは領主権力に対する防衛的なもので、侵略や虐殺を事とするものではないというのかなあ。

 でも、仏教って、「あらゆるものを受け入れ、度量の大きい宗教」って、一神教的な宗教とに比較で言うのだろうけど、その枠組み自体が、西欧vs日本という図式でアジアを排除しているのではないかしらん。

 東南アジアは仏教徒の多い国もあるけど、だから平和的だったともいえませんし、ヒンドゥーは無視していますね。シンクレティズムでいろいろな信仰や習俗が融合した宗教が、平和的であるとは限らない。内部での差異を言い立てて排他的宗派に分かれることもあるだろうし。


 日本の歴史と宗教の関わりはまた別に考えますが、こうした「日本って、ちょっと特殊な国なのよね、うふん」て自己満足は、近代に確立されてきた、人権とか平等とかいう観念についても、無意識的に軽視するのではないか。文化相対論として欧米の価値観の独善を排除しているつもりでも、自分たちの文化や歴史の排他性に気づかせない影響があるのではないかと思います。

2009-11-16 20:13:49

本家と分家

テーマ:新釈世間噺

  東京生まれなんだい、とえばっておりますが大した家ではないので、本家とか分家とかいう観念がよくわからない。地方なんかにいくと、かすかにでもそういう序列意識があるよ、というけどそうなのかな。


 昔はもっと本家だ、分家だと言いたてて、たとえば本家の子どもが上級の学校にいかないのに、それを差し置いて分家の子が進学するのは憚られるなんて意識もあるのだと、何かで読んだけど、ほんとかしら。人や地方やケースによるんじゃないかな。あまり一般化できる話とも思えません。


 でも、坊ちゃんに出てくる「清」みたいな感覚の人って昔はいたろうから、「うちは分家だから」とか「本家の俺を差し置いて」とかいう人もいたのかもしれない。

 ちょっと、想像しにくいけど。


 同じ一族の中でも序列がつかないと、権力が分散して一族だか何だかわからないのかもしれません。そこで、血縁といっても、差別や序列の構成原理になるのか。

 よその家が自分よりも血統が劣っているというだけでなく、自分の血統のなかに尊卑の序列を作る。

 そういうのって、よくわからないけど、家系図なんかみると、源氏の棟梁とかいって、ある家が優越していくでしょ。藤原氏だって、激しい競争があるけど、ある系統が名門になって、末流の家と区別されていく。


 こうした本家観念というのも、差別の再生産ファクターなのかどうか。

 よくわからないから、なんともいえない。

 今は、そうした観念は薄いのでしょうね。血脈原理の序列意識は無くなっていくのかな。

2009-11-16 09:41:33

差別とトポス

テーマ:新釈世間噺

ねえ、ねえ『現代思想』の特集にありそうなタイトルじゃない? と自己満足しているわたしは、ただbのミーハー。


そもそもトポスという言葉の意味がわかってない。場所ってことみたいよ。(ずこっ)


どの街が高級かとか、どの町内が土地柄が悪いか、とかそういう話をしようと思う。そもそも差別感の塊の話ですから、問題ありかもしれないけど、差別についてあれこれ考えてみようという趣旨が、言わないことには始まらない。


東京でいいますと、「川向う」というのは、差別語です。隅田川の向こう側という意味なのかな。粋な深川もあるし、向島の寮にきれいな娘さんが労咳の養生にいっているなんてことがあっても、危ないというか怪しげな土地というイメージがあったみたい。まあ江戸時代でしょうけど。


それに、川のそばは水が出るから、あんまりいい土地柄とは思われていないので、東京でも江戸川とか荒川放水路とかの傍は、「山の手」からみると一段低い感覚があったと思われます。実際の標高や地価ばかりでなく。

いまだと、「川の手」とか「リバーサイド」とか広告屋さんがイメージを盛り上げてくれますし、実際に電車なんかで江戸川とかわたると、「広々していいなあ」と思いますけどね。



実際に、葛飾とか足立とか荒川とかに住んでいる人にしてみれば「てやんでえ」な話なんですが、都心から城南方面にかけて住んでいる住人は、盛大に住居差別をしている。
「大島? 人間の住むとこなの?」とか、「柴又が下町の人情? あの辺は場末というんです。下町てえのは浅草とか下谷とか深川とかをいうの」とか、勝手なことを言っている。

まあ、本気で本格的な差別をするわけではないでしょうけど。


例えば、内福な家と縁談があって、その住所が足立区だったといって相手にしないなんてことはないと思う。

港区のマンションだと高級だと思うとか、(まあ実際に地価が高くて億の値段だけど)、渋谷や目黒の高級住宅地というのはあります。そうした土地の値段のランクってあるけど、そうではなくて、土地にまつわる差別感というのはあることだね、という話をしようとしている。ただ、東京の中の細かな場所感覚を言いだしていると、せっかく立てた偉そうなタイトルからがんがん離れるので、結論を急ぎます。




つまり、ある土地を柄が悪いとか格落ちだとか低く見るとか偏見をもってみるということはあるのだけど、「部落差別」といわれる社会現象は、そうした土地柄への差別感とは違うでしょうね、ということです。

では、血筋とか血統観念のものかというと、そうでもあるような、ないような。差別の表れが、破談とか通婚拒否とかいうものだと、なんらか血統観念と関係するような気もします。でも、今は血筋だの家の格だのと言いつのる人って少なくなっているでしょ。そんなに明確な血統観念があるのかなあ、とも思う。


も、根拠がなくても差別感を持つことはいくらもある。港区は足立区より偉いことはないんだけど、いい土地柄だと思われる。それは地価が違うというのが根拠なのかなあと思うと、そうでもないんじゃないか。
どうも身近ではなくて「部落差別」という観念がつかめないんですが、その特有の「実体」があるのではないか。でも、それって何だろう。

「穢れ」の観念っていうけど、でも「穢れた人」と満員電車に乗り合わせるかもしれないって心配することはありませんよね。そもそも穢れってなんじゃろう。


そんなわけで、あれこれ考えても、よくわからない。
現にあるけど、杳としてつかめない。部落差別観念とはそれ「大和魂」のようなものか? と苦沙弥先生なら書きつけるかしら。

2009-11-14 20:22:55

森繁久弥の訃報の準備

テーマ:ニュースとかの感想

 昔、業界人(テレビ業界で働いていたフリー)の人といききがありました。90年代前半のことです。

 その人のいうには、「森繁さんの訃報が流れたら、すぐ特別番組が流せるよう、各局、資料映像をスタンバイしていますよ」

 森繁氏が文化勲章をもらった後のことだと思う。老優は歳相応によぼよぼしていたような気がする。森光子とは違って。


 その文化勲章について、その頃、ある人が「コメディアンが文化勲章貰っておさまりかえっていいのか?」といって、そういう気分はなんとなくわかる。でも、コメディアンに文化勲章を与える程度に、日本の文化度も上がったと考えれば、森繁氏の功績に感心してもいいようにも思えました。


 ともかく、その頃から、「大物」として扱うという世間相場が出来上がったのだと思う。

 それに、子ども向けではないにしても、東宝の社長シリーズなら東映の任侠映画よりは「お茶の間」向きでしょうから、もてはやすのに遠慮がいらない。

 「知床旅情」なんて歌もあり、ミュージカルで舞台も踏み、経歴も波乱に富んでいるし、チャリティにも熱心で人間味も語れるし…、と素材としての条件がそろっております。


 映画黄金時代の大スターだと、その後、ホームドラマで若い人に覚えられていることがないけど、森繁氏はずっと表舞台にいたし。

 

 大報道は10年以上前から予定されていたことなのでしょう。

 それでも今は、バラバラ殺人だとか婚活殺人だとか、逃亡犯逮捕だとか三面記事ネタが多いので、センセーショナルな事件が少ない時よりは、森繁氏の訃報の扱いは地味なのかもしれません。

 ご本人、人知れず含み笑いをして、「いい塩梅に目だたなかったよ」といっているかしらん。

 

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