前書き
 
お正月企画、あたしからのお年玉です。推理小説が出てくるとは、驚かれた方もいらっしゃるでしょう。あたしも書くのは初めてです。ですが、格差社会やテロを反映させた社会派の作品としていますw
『世界を救う夏休み』『コンテンポなアーティックフレーム』から世界観を借用しております。
 
構想:1時間
配役:使い回し
舞台:秘境の温泉
 
原稿十枚程度で三回ぐらいの掌編でお届けします。(保証は出来ない)
心を込めて書きますので、どうぞお楽しみ下さい。(おとそ気分だし、原稿の直しはしない方針だと言うことだ)
 
★★★
 
染みいる冷たさが指をかじかます。もう一度ぞうきんを絞って飾り棚を拭き上げる。
今日のお客様は特別だとおかみさんがおっしゃっていた。だからというわけでもないけど、毎日の日課として和室を綺麗に磨き上げて、フランソワーズ・デュルヴィルはガラス戸から庭を見渡した。
寒椿がひとつ真っ白に覆われた庭に落ちていた。
あとで、あれも取り除いておかなければと思う。掃除は完璧でないといけない。母ひとりの家は貧しく、六歳から丁稚奉公に出ていて、はじめはロンドンの公爵家で床掃除をし、つぎはアメリカのICT企業会長邸で、庭掃除を主な仕事として過した。厳しいご主人に夜昼なく働かされるのがつらくて、ハローワークで紹介されたのが、この宿だった。
明治から続く由緒正しい宿はわずかな客しか取らない。三つの湯本から送られてくる掛け流しの露天風呂が通には知られていた。
2020年の東京オリンピックに向けて仲居もグローバル化したいと言うのが、採用理由だった。おかみさんにそれまで務めなさいよと念押しされた。
日本には、アニメで興味があった。疲れて引きずるように部屋へ戻って癒やしてくれるのはONE PIECEやNARUTOだった。
お給料はあまり良くはなかったけど、日本語も教えてくれる。すぐさまカリフォルニアの家を辞し、フランソワーズは秋から働き始めた。
同じように佐藤ローラというハーフの子も丁稚奉公で働いていて、言葉は通じなかったが境遇が似ていることもあり、ふたりは助け合って仕事をしていた。
「よぉ、精が出るな」フランソワーズが廊下をぞうきん掛けしていると後ろかから声がした。
「こんにちは」フランソワーズは仏語で答えた。
料理見習いのブルーノ・アレンだった。この温泉宿は料理にもこだわっており、和洋中のコックが揃っていた。フランスの3つ星レストランから招いたシェフの手伝いとしてブルーノはじゃがいもをむいたり、ニンジンを切るのが仕事だった。シェフの仕事ぶりを目に焼き付けながら夜中の誰もいない厨房で、その料理を試してみたりしていた。
いい味に仕上がったときには、フランソワーズとローラに分け与えていた。日頃、一汁三菜のまかないしかないふたりには、柔らかい牛肉やクリームソースがかかった舌平目は、唯一の至福だった。
だから、フランソワーズもローラも恋とは言えない微かな思いをブルーノに抱いていた。
「今日のお客様はイスラム教徒だそうだぜ、ハラールで禁じられた食材は隠し味にも使えないから親方は頭が痛いなぁと、こぼしていたよ」
「イスラムですか?」
どんな服を着ていらっしゃるのかしらとフランソワーズは想像してみた。
アフガニスタンのテロリスト、あるいは、シリアで戦闘している人、ニュースで見るのは、そんな人々だった。
きっとライフルとか持って、戦闘服ねと思う。その方がおかみさんの言う特別なお客様なんだろうか。ひょっとしたら、逃亡中のテロリストなんだろうか。テロリストとはよく知らないけど、民族の平和のために戦っているらしい。フランソワーズのように極貧の階層を救うために、お金持ちから富を分配しているらしい。ブルーノから教わった知識だった。
もし、お部屋の担当になったら精一杯に務めさせて頂くとフランソワーズはふすまに耳をそばだてる。
雪降る音は枯れていた。
 
二機のヘリが争うようにヘリポートに次々と降りてきた。一機からはセーラ服とブレザーを着た高校生。もう一機からは見るからに高価なアラブの民族衣装を着た男子と和服を着こなした女子だった。
「こんな田舎なの?」ヘリポートを雪かきして出来た壁しか見えなかった。上空から見た景色も無彩色に枯れ木が風に揺れているぐらいだった。
「みたいだな」鏑木夏凪の落胆した声に、華奢な体つきの物理学博士は言った。
A高校の制服を着ていたが、夏凪は最近売り出してきた若手女優に似た美人だった。物理学博士は天才と言われるのが正しい驚異的な頭脳を持っており、小学校三年でスタンフォード大学に入学し、すでに学位を持っていた。それを物語るかのように、目は異様に鋭い才気を放っている。
夏凪と知り合ったのは夏のカリフォルニアで開催されたヨットレースを観に行ったときだった。一目惚れ、そう言われても致し方がない。優勝カップをかざした夏凪の爽やかな笑顔とスピーチにぞっこんになってしまった。
多くのファンがいた。遠く手は届かないあきらめかけたが、物理学博士は閃いた。夏凪の通うA高校に入学すればいい!
進学校のA高校は、ノーベル賞を受賞したスタンフォード大学の教授が書いた推薦状を持ってやって来た物理学博士の入学を、少子化で先細りする入学希望者に対しての絶好のPRになると即座に在籍するのを認めた。
日系三世で家庭内では日本語を使っていたと言うことで、クラスでも問題はなかった。教授は注意事項を書いた便箋を入れており、条件の一つとして鏑木という子と同じクラスにすることと書かれていたので、校長はその通りにした。カリフォルニアで少し縁がやったらしい。
物理と数学の授業は、先生よりも詳しいので、物理学博士はひたすら小説を読んだりネットで研究をチャットして続けていた。
夏凪は変った彼に少しだけ興味を持った。帰り道が一緒の方向だとも知って、たまに物理学博士と帰るようになった。
金曜日の授業が終ると、夏凪は制服のまま羽田か成田に向って、ヨットの世界大会に向うためにフライトする。
いくつかのレースに物理学博士は応援しに来てくれた。それがふたりの間を急速に縮めるた。
何度かのデートを重ね、この温泉旅行はふたりの初旅行だった。夏凪はここで彼の女になってもいい、それが自分の幸せになると初めての恋愛に浸っていた。
ヘリポートに迎えのマイクロバスがやってくる。小汚いバスで、バンパーにはいくつもの凹みがあり、所々ペンキもはげていた。
「これ、本当に二泊百万円なの?」夏凪は物理学博士へ疑わしい目を向けた。
「ぼられたんだろうか」不安そうに答えた。このために特許を一つ売った。正確に言うとライセンスを韓国の半導体企業に供与した。
毎年五百万円のライセンス料が入ってくる。そのお金は夏凪のために全部使おうと、クリスマスにはサファイアとダイヤモンドのネックレスを贈ったばかりだった。
あの時、夏凪の濡れた瞳は忘れられない。一生大事にしたいと考えて大手の旅行代理店に依頼した温泉旅行だった。
 
「うひゃあ、凝ってるなぁ。さすがに、おもてなしの国だ」中東の産油国ナジュド国の第一王子のアミール・バースィル・ビン・サルマーン・アブドルアジーズはヘリから降りる香奈を支えて言った。
ナジュド国の王家は年齢に関係なく結婚ができる。十七歳の香奈を一人目の妻にめとったのは二週間前だった。ナジュド国で三日間続く祝典をすまして新婚旅行として、世界十六か国を巡る行程を組んでいた。
お正月は日本の伝統に従って、香奈の両親へ挨拶に行く予定にしていたが、その前に秘境にある温泉へ行きたいと執事に命じて用意されたのが寒月荘という旅館だった。
レトロにセットしたのが素晴らしいと執事からはブリーフィングを受けていた。
「あの車は三菱自動車の最新型です。わざわざ、壊れたようにリメイクしているのですね」香奈はバースィルの腰に刺さった宝剣とは反対に寄り添い腕を組む。十八歳の王子と結婚できたのが、いまだに信じられなかった。毎晩の夜伽が最初は苦痛だったけれど、終った後に優しく、バースィルは抱きしめてくれる。
あたしみたいな女の子をどうして愛してくれるのか、いまでもわからないと香奈はバスへ向った。
バスの運転手がマイクロバスの前で深々とお辞儀をしてくる。
制服も所々にすり切れさせているが、その服は高級ブランドだと、香奈は見やってバースィルに告げた。
「お待ちしておました」真田幸司とネームプレートに刻まれた三十半ばの男はマイクロバスへ二組のカップルを招き入れる。
寒さに凍え始めていた身体がバスの暖房で暖まっていく。
バスがアイスバーンの坂道へ登ると同時に、二機のチャーターヘリはバタバタと音を立てて上昇していく。
がつがつと揺れて、つづら折りの道をゆっくりとしたスピードで上がっていく。途中、木製の橋が架かっていた。
「いまどき、このような昔風の橋をわざわざ残しているのですね」香奈はバースィルと漆がはげたようなたたずまいを見せる木肌を見やった。
「これも演出なんだな」昂奮した声でバースィルは応じた。
日本の秘境、道の横には小川が流れている。針葉樹に積もった雪がバサッと音を立てて水面へ落ちる。
砂漠ではけっして見られない景色だった。
バースィルはビデオを回し始める。まず、香奈を写す。親指を立てた笑顔が愛らしい。
結婚するのなら日本女性が良いとすすめたのは父である国王だった。何を言うんだろうと取り合わなかったが、日本の石油会社のパーティーで香奈と出会った。
近くの席にされたのは、意図的だと思っている。だけど、恋をした。
卵形の顔をして二重まぶたがくっきりとして、唇は見事な曲線だった。日本では十六歳でも親の了解があれば結婚できると執事が説明してきた。
ナジュド国では養うことが可能なら四人まで妻をめとれる。
最初の妻は処女にしなさいと言う母の勧めもあった。もちろん母もそうだったのであろう。
翌週、執事は石油会社に依頼して、系列の劇場で行われているオペラのロイヤルシートを押えさせた。
目をくるくるさせて驚いている香奈はかわいらしく清楚な魅力に心を鷲掴みにされた。
妻は四人までめとれると言う割り切りも心の隅にはあったが、この子がどういう大人になっていくのかは自分次第だと、香奈に結婚を申し出た。
両親に支度金として一億円を振り込むと即座に娘の将来をお願いしますと返事があった。
香奈が結婚を報告するとA高校の先生は狼狽したと言う。学校創立以来の主婦学生の誕生だ。
それもかっこいいじゃないかとバースィルは香奈を抱き寄せる。
香奈がキスをせがんでくる。
「バースィル、愛してる」アラブの衣装に包まれた厚い胸板に指を這わす。
「俺こそ、愛してる」香奈の和服から覗いたうなじを撫でる。
唇を重ねる。
「この天気は、荒れるかも知れませんね」ミラー越しにラブラブな二組の高校生をみやって、なんだ此奴らと腹立たしく思いながら運転手の真田は独りごちた。
つづら折りを抜けると広場だった。
板張りの塀に囲まれた古ぼけた温泉宿が目の前に現れる。大きな建物の園庭からは温泉の湯気が立ちこめていた。
 
〆^つづく^/
 
 
1回目は登場人物紹介で終ってしまいましたw