kaname
 
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2009-11-07 13:15:56

〈44〉撮影者はどうなったのか

テーマ:ブログ
久し振りに東京・夢の島の第五福竜丸展示館を見学した。少し前に長崎原爆資料館の雑踏・喧噪を経験したところだったので、静謐がありがたかった。職員によれば「少し前まで小学生の団体がおられて、賑やかでした」とのことだが。ビキニ被災50年を過ぎて、展示がかなり充実したように思われた。あらためて思うのは、1954年当時、22歳の船長をはじめとして23人の乗組員がみな若いことだ。18歳から39歳まで、平均年齢25。60歳超が半数という現在の漁業者ならみな慨嘆するところだ。その若者たちが、懸命に航海技術を学んだノートを残し、航海日誌、病床日誌を残している。

展示されている1枚の写真が気になった。ビキニでの原爆実験現場の写真であって、目の前の海中から巨大な水柱が上がり、その上にキノコ雲が形成されつつある場面だ。手前にヤシの木や粗末な小屋、桟橋などがあり、水柱の周辺には船がたくさん浮かんでいるところを見ると、爆風や津波はまだ届いていないのか。望遠レンズを使っているとしても、いかにも近くからの撮影だ。カメラマンはどのような防護態勢で撮影に臨んだのだろう。米国ネバダの核実験見学ツァーのような、日食観測に似た黒眼鏡だけでは不足だろう。リモコンだとしても、機材は被爆する。

1994年に美術出版社から刊行された原子雲写真集『アトムの時代』に、同じ写真が収録されていた。上山明博さんの解説によれば、第五福竜丸の被災に先立つ1946年7月25日の公開原爆海中実験の写真だ。米国はただ1回の核実験ののち広島・長崎に原爆を投下し、11か月の空白期間の後、7月1日、25日と続けて核実験を行ったのだった。敗戦国ドイツと日本の軍艦を近くに並べ、その甲板にはブタ・ヤギ・ネズミが乗せられている、というショーだった。見学者は4万人を超えたという。

広島・長崎は言うまでもなく、世界の核実験場で多数の被爆者が出た。核問題はまず被爆者の目で見たいと思う。しかし国威発揚のため、核実験現場で記録写真を撮影したカメラマンたちは、その後どうなったのだろうか。私が注目した写真のクレジットは「Bettmann/PPS」になっているが、もとは米軍からのプレスリリースだろう。(2009年11月6日)

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2009-10-07 09:16:07

〈43〉ミンシュラン

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左翼系というよりはアナーキーな反体制系の出版社、第三書館から『民主党WHO'S WHO ミンシュラン[全議員版]』という本が出たので、さっそく購入した。編者は「ミンシュランリタイヤ(シンクタンク)」。むろん、ミシュランタイヤの『ミシュランガイド』のパロディですね。衆参417人の民主党議員についての基礎データを一覧、人物評価を政策構想力・情報発信力・人気収束力について★印で採点している。最高は三つ星。主にネット情報で編集しているようなので、細かな話をするには個々のデータを検証しなければならないが、傾向を知るうえでは便利な本だ。


★印はともかく、この本のデータをもとに、民主党議員の出自をカウントしてみる。もと自民党が49人。党名をいちいち挙げているときりがないが、もと保守系諸党が61人。もと社会党(社民党を含む)が22人。もと民社党が13人。もと公明党が2人。あとは民主党プロパーだ。自民党が派閥連合で保守勢力をまとめていた時代が完全に終わったことを、この数字は良く示している。そして、旧社会党の主流はいまや民主党にいる。自社「対立」を主軸とした55年体制は、90年代の自民党溶解、村山政権、「自民党をぶっ壊す」小泉政権を経て、確実に終わった。


別なくくり方をしてみる。もと地方自治体の首長・議員経験者が102人。2世議員がけっこう多いとしても、ちゃんとドブ板を経験している人がたくさんいるのだ。庶民の期待を担っている以上、新自由主義改革をさらに進めることはもはやできにくい。労組出身者が31人。総評労働運動の解体をよく表現しているのだろうか。もと官僚が27人。これだけいれば、官僚の思考回路が分からなくて困ることはない。もとジャーナリスト(広い意味で)が32人。権力をチェックすることを辞めて権力になる人の感性を、私は理解できない。


しかしまあ。このようにトータルに見て、やはり小沢一郎さんの権力奪取の信念のすごみを改めて感じる。小沢一郎政治塾をシコシコと続けてきたのが、いま実ったわけですね。さて、遠からず行われる小鳩政権の所信表明演説を、まずは聞かせていただきましょう。(2009年10月6日)


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2009-09-07 09:01:53

〈42〉長谷川正安 vs 鳩山由紀夫

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日本で「マルクス主義法学者」を自称する人は、この人で最後だったのかもしれない。名古屋大学名誉教授の長谷川正安先生が8月13日に亡くなった。戦後日本には互いに矛盾する憲法と安保との2つの法体系がある、という主張に初めて接した学生時代には、文字通り目ウロコだった。晩年に憲法について書かれたものから、いくつか引用しておきたい。


「自民党は野党になることによって、はじめてその基本的政策を実現したという皮肉な展開になる。なぜそうなるのか。私たちは、政権交代によって少しも変化しない日米安保体制と『二つの法体系』から、昭和憲法をふりかえったとき、はじめてその真因を理解することができるであろう。」これは1994年の岩波新書『日本の憲法』第3版の末尾。細川・羽田政権下で小選挙区制・コメ自由化・消費税引き上げ等が行われたことを挙げて、安保条約がある限り憲法は実現されない、と言っているわけだ。


「私はこんなことを言ったような気がする。そもそも憲法を尊重せず、守ろうとしない政党や議員が、たとい憲法を改正して新しい憲法を作ったとしても、憲法を尊重し、守る気などはじめからないのだから、折角の改正も無駄ということになる。現在改正に反対している議員や政党の方が、憲法が改正されたら、それを尊重し、守るようになるかもしれない。」これは2000年3月に衆議院憲法調査会に参考人として出席したときの話で、2002年の新日本新書『憲法とはなにか』の冒頭近くに出てくる。


9月16日に首相に就任することが確実視されている鳩山由紀夫さんは、改憲をめざす「新憲法制定議員同盟」の顧問でもある。憲法99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と定めている。このあたりを曖昧にした小泉・安倍・福田の各内閣と峻別したければ、まずは鳩山さんは新憲法制定議員同盟の顧問を辞すべきではないか。長谷川先生なら、必ずそう言われたと思う。(2009年9月6日)


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