〈44〉撮影者はどうなったのか
テーマ:ブログ展示されている1枚の写真が気になった。ビキニでの原爆実験現場の写真であって、目の前の海中から巨大な水柱が上がり、その上にキノコ雲が形成されつつある場面だ。手前にヤシの木や粗末な小屋、桟橋などがあり、水柱の周辺には船がたくさん浮かんでいるところを見ると、爆風や津波はまだ届いていないのか。望遠レンズを使っているとしても、いかにも近くからの撮影だ。カメラマンはどのような防護態勢で撮影に臨んだのだろう。米国ネバダの核実験見学ツァーのような、日食観測に似た黒眼鏡だけでは不足だろう。リモコンだとしても、機材は被爆する。
1994年に美術出版社から刊行された原子雲写真集『アトムの時代』に、同じ写真が収録されていた。上山明博さんの解説によれば、第五福竜丸の被災に先立つ1946年7月25日の公開原爆海中実験の写真だ。米国はただ1回の核実験ののち広島・長崎に原爆を投下し、11か月の空白期間の後、7月1日、25日と続けて核実験を行ったのだった。敗戦国ドイツと日本の軍艦を近くに並べ、その甲板にはブタ・ヤギ・ネズミが乗せられている、というショーだった。見学者は4万人を超えたという。
広島・長崎は言うまでもなく、世界の核実験場で多数の被爆者が出た。核問題はまず被爆者の目で見たいと思う。しかし国威発揚のため、核実験現場で記録写真を撮影したカメラマンたちは、その後どうなったのだろうか。私が注目した写真のクレジットは「Bettmann/PPS」になっているが、もとは米軍からのプレスリリースだろう。(2009年11月6日)
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