「赤い実が揺れているよ」
男が開かれた太ももの奥を優しく指先で撫で回すと女は声を上げた。
「恥ずかしい。もう止めて」
顔を両手で押さえながら股を閉じることはなかった。
男は湿り気を帯びてきた女の様子に愛情を感じていたが、裏腹に不安なこともあった。
キスをさせてくれない。
何度も唇に触れるが、あまり口を柔らかに女が開いたことはない。
常に硬く、ぎこちないキス。
時として顔をそっと背けられることすらあった。
「キスは、苦手なの。許して」
女の言葉を信じていた男だが、情事の最中はほとんど目を合わせることはない。
顔を手で覆っていたりはぐらかされたりなどし、手をどけようとしようものなら極度に嫌がる。
男は極度の恥ずかしがり屋なのだろうと感じていた。
女の脳裏には十年ほど前のファーストキスの記憶が強く残っていた。
過去を上回るものなどありはしないと何度かキスを重ねて女は確信していた。
男にとって赤い唇が遠い。それは硬く閉じられた女の心だとも思っていた。
――キスぐらい、なんだ。だが……
男が深く血のたぎった肉を女の股の奥へと挿入すると女はいつものように喘いだが、どこか通じ合えていない溝を感じていた。
女心は難しい。もしかしたらトラウマがあるのかもしれない。男に慣れていないのかもしれない。様々な憶測が積極的な行為を躊躇させ心を惑わせた。
熱と熱が重なり合うごとに埋められない溝の不確かさを感じる。
まるで上唇と下唇の間にある谷底にも見える大きな闇だった。その赤の隙間の奥に何があるのか男は知らない。
女は日々広がっていく、どうしようもないぎこちなさにこれ以上耐えきえれそうもないと感じていた。
そうして女は次へ次へと想い出を引きずり歩いていたが、どこにも心を満たすものはなかった。
――また、さようならを言わなきゃいけないの?
人と別れるのは楽なことではなかった。別れるときの辛さを思うと涙がこぼれた。
男は女が涙をこぼすごとに拭う。女が泣くことは理由がわからないことも含めて安らぎを奪っていった。
熱と熱の溝。実る実と実った実との間。
女はいっそのこと理由を告白しようと何度も思ったが怒るだろうか、嫌うだろうかと不安だった。
別れるにしても自分はよいイメージのまま別れたいという思いがある。
終わった後、女の顔色を見ながら男は切り出した。
「別れようか。もうこれっきりにしたい」
虚しかった。これを恋愛と呼ぶのだろうか。まるで体は重なり合っていても心は遠かった。
「どうして」
気が動転し、いざ別れるとなると寂しさに耐え切れそうもなく、また悲しみがあふれた。
「もういいよ」
男は口数少なく去った。こんな酷い別れ方があるだろうか。もっと場所や時間や言い方を考えるべきなのに。
女は男の悪口を言いふらした。自分がいかに悪くないかを友人に言ってまわった。気が済むと新しい男を見つけ、新しい恋を始めた。
赤い実は熟す前に死んだ。もう一つは熟しすぎてアスファルトの上に落ちた。
どちらの実も芽を出すことはなかった。