$幻蝶 妖艶の悪戯 ~官能の調べ~-錆び付き


 錆び付いたような関係だった。
 惰性で抱き合い、飽きたようにホテルを出る。
 建物の古びた配管が見えた。
 いつまでこんな関係を続けているのだろうと女は思った。
 年齢も三十を過ぎて次々と親友が幸せそうな結婚をしているのを見ると時折妬ましい気持ちになり、自分の感情の不純さに衝撃を受けていた。
 醜い女だと思いたくはないが、今付き合ってる男にさえ憎しみを向けそうで怖かった。

 退社時間に携帯電話にメールが入っている。
「今晩時間ある?」
 簡単な一行メール。
 普段何一つ連絡をくれないが、女を抱きたい時だけメールが来る。
 体や環境への気遣いなどおかまいなしに、ただ「目的」だけ明確に感じられる男の感情に女は苛立ちさえ感じていた。
 自分は性処理の道具じゃない。
 携帯電話を握る手に力が入る。
 しかし互いに知った体に多少の安心感がある。
 今更知らない男に体を預ける勇気もなく、重い足を待ち合わせ場所へ運ばせる。

 抱かれる場所は段々と安っぽくなってくる。
 一番安いホテルに入る。
「シャワー……」
「いいよ」
 女は汗臭い体に押し倒され慣れた臭いを鼻の奥に溜め込みながら、脱がされ服を方々へ散らされる。
 下着に手をかけられ、そのまま挿入されそうになる男の胸を両手で押し返しながら、
「ちょっと。ゴムくらいつけて」
 と微かな抵抗をする体の奥へ「我慢できないんだよ。今日だけいいだろ」と入ってくる。
――ああ、何故、こんなことになっているのか。
 深々と慣れた肉が子宮の入り口を突くと同時に頭をかすめる女の思い。
 未来のない関係に終わりを告げられぬ意気地なさに涙が一粒流れ落ち、安いスプリングで軋む壊れそうなベッドの音が耳の奥に何度も届いた。

 部屋に帰りシャワーを浴びる。
 ホテルでは努めて感じようとしていたが体が乗りきらずに冷え切ったままだった。
 ベッドに入り寝苦しい夏の夜の中、一人で体を慰める。
 いつから一人でするほうが感じるようになってしまったのか。
 それでも男の肉を欲してしまう理屈に出来ない欲求に女の性を嫌でも意識させられる。
 女はベッドに転がりながら手帳を見る。
 生理が来なくなって二ヶ月近くになろうとしていた。
 もし妊娠していたら彼に一言だけ告げて産もう。
 彼は反対するかもしれないし、自分のエゴだと言われようと、彼から離れられなかったことが私の罪なんだ。
――こんな感情でも、彼を愛していたと言えるのだろうか。
 ふと考えて浮かんだ言葉をつぶやいた。
「錆び付いた愛だよね。こんなの」
 それでも「愛」とつくことに、女はいささかのぬくもりを感じていた。