私が介護士になった理由


それは、このブログでも以前書いたとおり、前職を解雇になったからです


リーマンショックの影響で会社が閉鎖されることになり、路頭に迷った7年前


10年間働いた会社は、素晴らしい仲間たちもいたし、仕事も大変だったけど好きだったし、このまま定年まで働くつもりでした


それがまさかの大量解雇


当時、リーマンショックの影響で人生を変えられた人はかなりいたと思います


私は、高校を卒業してデパートで6年間働きました


結婚して子どもが生まれるまで販売の仕事を2年間


離婚してパートで働いた水産加工


その後、6年間の事務員を経て、働いた10年間


やればできる


頑張る


そう思っていた当時45歳の私


しかし現実は厳しく、仕事はありませんでした


前の年、けっこういいところに就職できた長男たちと違い、求人激減した後輩くんたち


若い子たちが仕事がないのに、無資格の45歳のおばちゃんに仕事があるわけもなく…


ハローワークは人で溢れかえり…


なんの仕事に就いたらいいのかもわからなかった私…


前職の仕事内容は特殊で、10年の経験を活かす求人もありませんでした


ハローワークがすすめたのは介護職でした


同僚の中には、当時のヘルパー2級の講座に通って介護職に就いた人も何人もいました


介護職ねぇ…オムツ交換がイヤ


無理


絶対にできない


迷う私に、ハローワークの人が適正診断みたいなのをしてくれました


結果は、介護職などが向いていると…


私は父の影響で、ボランティアとして障害者や高齢者の方々と関わりがありました


介護職しかないなら頑張ってみよう!


腹をくくったら揺るがない私


さっそくハローワークで介護職の職業訓練を申し込みました


一般常識のテストと面接がありました


一般常識の本を買って必死に勉強しました


もともと数学が苦手だった私はチンプンカンプン


数学大好き旦那に教えてもらうも、何回言ったらわかるんだい?状態


旦那が仕事で教えてもらえないときは、実家の母に教えてもらう有様


試験当日、たくさんの老若男女


かなりの倍率


絶対に合格したい!


無事、合格し、3カ月間、電車通学しました


取得できた資格は、


福祉環境コーディネーター3級


ホームヘルパー2級(現・介護職員初任者研修)


行動援護従業者(特に知的障害・精神障害を持つ者の行動援護業務に従事する


パソコン検定3級


です


介護事務は受験しませんでした


たった3カ月の職業訓練でしたが、当時の仲間とは今でも時々集まって近況を報告したり、励ましあっています


職業訓練修了した翌日にハローワークに行き、いま働いている社会福祉法人の面接を受けました


負けず嫌いな私


どうせやるなら!と思い、施設勤務を希望しました


何様?根拠のない自信?


いま思うと無謀でした


こんなに出来ないか?というくらい打ちのめされました


人殺し、給料泥棒、更年期だから仕方ない


当時の主任に散々罵られました


悔しいやら情けないやら


歯を食いしばって頑張りました


辞めたい


何度も思いました


だけど次男は当時小学生


働かなければならない


必死でした


そんな私が、頑張れたのは厳しくも優しく指導してくれた元副主任


「あなた大好き」「ありがとう」と言ってくださる入居者様


それだけが支えでした


あんなにイヤだと思ったオムツ交換


すぐに慣れました


案外、苦手だったのは口腔ケアでした


入れ歯を外したときに思わず嘔気が…


これも慣れました


介護職と人に言うと、「大変ね」「あんな仕事よくできるね」「私なら絶対やらない」と、良いように言われることはほとんどないです


実際に、車椅子に移乗したり、食事介助をしたり、オムツ交換をしたり、お風呂に入れたりするのは大変です


入居者の中には、自分勝手な人、認知症状で暴言や暴力、徘徊など、対応が大変なこともあります


家族との関係も気を使います


でも、その大変さ以上に、学ぶことも多く、人のために働く喜びを感じることができる介護職に就いて良かったと心から思います


私は3年間働いたのち、介護福祉士の国家試験を受験して取得しました


丸7年働いて年収は350万くらいです


大事な命をお預かりする仕事にしては薄給です


明日も早出です


5時起きです


頑張ります



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