ニュースを漕ぐ | 放送作家カメ吉TV  ナレーション?ヒゲが伸びるんですよ。

ニュースを漕ぐ


男がプレジャーボートを盗んだ。

盗んだボートは海上を漂っているところを発見され、

船室から出てきた男が逮捕された。

ただそれだけのニュース。


http://kkt.co.jp/news/nnn/news89025170.html


私が読んだNNNの記事は名前が出る前のもので

「自称・茨城県の45歳」とあった。

自称プロデューサーなんていう自称ナンタラはよく聞くけれど、

自称・茨城はなんだか珍しい。

そこにちょこっと違和感を抱えつつも、

「ボートのオーナーさん、船が無事で良かったねぇ」なんて。

呑気に思っていた昨日。



だけど。



ある船乗りから話を聞いた。


「え、この間、あそこでこの人と話したよ。

茨城の人で震災で住むところもなくなって…って言ってた。

俺の船で寝ればって言ってあげれば、

こんなことにならなかったかも…」



それを聞いたら、三浦半島の小さなローカルニュースが

私の中で、日本全体を描きだす大きなニュースに変わってしまった。



遅れる復興からこぼれていくひと。



盗んだボートでどこへ行き、何をするつもりだったのか。

どこへ行くつもりも、何をするつもりも、なかったのかもしれない。

行く場所も生き場所も失くしてしまった彼は

ただ、捕まる瞬間を待っていたのかもしれない。

それとも…。

海にいるのは生きようとする人ばかりじゃない。

かつて、叔父であるキャプテンが話してくれた

最後の場所を求めてやってきた船乗りの物語から

私はそれを知っている。



それでも。


罪を犯した彼はまだいいのかもしれない。

高齢者刑務所に入りたがる人たちと同じ流れで、

国の監視下に入ることでとりあえず、

今、食べる物と雨風をしのげる屋根が見つかったのだから。


だけど。


彼は彼ひとりだけなのか。


私には見えるような気がする。

彼の後ろに、復興からこぼれそうになっているひとたちが。

「ひと」として正しくあるために罪を犯さず、

でも、彼のものとなにひとつ変わらない痛みと重みに

ただじっと耐えているひとたちの姿が。


復興からこぼれ落ちようとしているひとたちに気づかないふりをして

この国は、私たちは、どこまで走っていけるんだろう。

彼が私で、彼らが私たちであったかもしれないのに。



私は冬がイヤ。

冬は弱ったひとを極限まで追い詰めるから。

今年ばかりは本当に来ないでくれたらいいのにと思う。

明日目覚めたら、夏だったらいいのに。

目覚めたら、実りの季節に向けた力強い盛夏の陽射しが

全てのひとに勢いよく降り注いでいればいいのに。


でも、冬は来る。

上着を着こみながら、思った。

私は怒っている。