『更新プログラムを構成しています。電源を切らないでください』
突然、キッチンに立っていたお母さんが言った。そんな無機質な声は今までお母さんの口から聞いたことはなくて、まるで合成音声のように聞こえた。
僕は食べかけのドーナッツをお皿に戻して椅子から立ち上がった。
「お母さん? どうしたの?」
話しかけてもお母さんはじっと固まったように動かない。空中に浮いている見えない何かを見つめているみたいだ。
「ねえ、お母さん……」
お母さんの腕に触れようとしたら、ビリッと電気が走った。思わず手を握りこんだけど、しばらくビリビリとしびれが残った。
恐い。何がおきたのかわからない。
お母さんは変わらず空中を見上げている。ふと、その目の中に何かが見えた。お母さんに触れないように注意しながらそっと近付いた。僕より背が高いお母さんの目を、背伸びしてのぞきこんだ。
瞳がチカチカ光っている。まるでコンピュータのディスプレイの文字をスクロールしているみたいに。
そこに映っているのは小さな記号と数字で、なにか意味があるのか僕にはわからない。ただ、お母さんに大変な事が起こっていることだけは確かだった。
しばらくおろおろとお母さんを見ているだけだった僕は、やっとすべきことに気付いた。お父さんに知らせなくちゃ。
お父さんの携帯電話にかけると留守番電話につながった。
「お父さん、大変なんだ! お母さんが変なんだ! すぐ帰ってきてよ!」
何度も電話をかけるけど、お父さんは全然出てくれない。お父さんにも何か起きたのだろうか。どうしよう。
ふと、隣の岡田さんの所へ行こうと思い付いた。岡田さんはお母さんと仲良しで、うちにも何度も来たことがある。
玄関から外へ駆け出して、でも僕の足は止まった。家の前の道に、岡田さんが立っていた。買い物袋を腕にさげて足を踏み出したままピタリと固まって動かない。
「岡田さん?」
そっと近づいて岡田さんの目をのぞいてみると、お母さんの目と同じような記号や数字が見えた。
道には他にも人がいた。犬の散歩をしてる人、ウォーキングしている人、みんな蝋人形のように立っている。目の中には何か分からない記号と数字。僕は怖くなって叫んだ。わあわあと意味のない言葉を叫び続けた。
突然、体が動かなくなった。叫んだ形のまま開いた口から僕のものではない無機質な声が出てきた。
『更新プログラムの構成に失敗しました。強制的に再起動します』
ぶつん、と真っ暗になった。
「のぞむ、早く起きなさい」
お母さんが僕の頭をぽんぽんと叩いて部屋から出ていった。
ここはどこだろう? 僕は何をしていたんだっけ?
体を起こしてカーテンを開けてみた。外はぴかぴかに晴れていた。
キッチンに行くとお母さんが朝ごはんを作っている途中だった。
「お母さん」
「なあに」
「僕、何をしていたんだっけ?」
「何を言ってるの? 寝ぼけちゃった? さっきまでぐーぐー寝ていたわよ」
そっか、何か夢を見ていたんだな。そう思ったけど、なんだかもやもやが残った。何かとっても怖いものを見たような……。
「のぞむ」
顔を上げるとお母さんが僕の額に手を伸ばした。
「もう一度、再起動したほうがいいみたいだわ」
お母さんが僕の額をおし
ぶつん
突然、キッチンに立っていたお母さんが言った。そんな無機質な声は今までお母さんの口から聞いたことはなくて、まるで合成音声のように聞こえた。
僕は食べかけのドーナッツをお皿に戻して椅子から立ち上がった。
「お母さん? どうしたの?」
話しかけてもお母さんはじっと固まったように動かない。空中に浮いている見えない何かを見つめているみたいだ。
「ねえ、お母さん……」
お母さんの腕に触れようとしたら、ビリッと電気が走った。思わず手を握りこんだけど、しばらくビリビリとしびれが残った。
恐い。何がおきたのかわからない。
お母さんは変わらず空中を見上げている。ふと、その目の中に何かが見えた。お母さんに触れないように注意しながらそっと近付いた。僕より背が高いお母さんの目を、背伸びしてのぞきこんだ。
瞳がチカチカ光っている。まるでコンピュータのディスプレイの文字をスクロールしているみたいに。
そこに映っているのは小さな記号と数字で、なにか意味があるのか僕にはわからない。ただ、お母さんに大変な事が起こっていることだけは確かだった。
しばらくおろおろとお母さんを見ているだけだった僕は、やっとすべきことに気付いた。お父さんに知らせなくちゃ。
お父さんの携帯電話にかけると留守番電話につながった。
「お父さん、大変なんだ! お母さんが変なんだ! すぐ帰ってきてよ!」
何度も電話をかけるけど、お父さんは全然出てくれない。お父さんにも何か起きたのだろうか。どうしよう。
ふと、隣の岡田さんの所へ行こうと思い付いた。岡田さんはお母さんと仲良しで、うちにも何度も来たことがある。
玄関から外へ駆け出して、でも僕の足は止まった。家の前の道に、岡田さんが立っていた。買い物袋を腕にさげて足を踏み出したままピタリと固まって動かない。
「岡田さん?」
そっと近づいて岡田さんの目をのぞいてみると、お母さんの目と同じような記号や数字が見えた。
道には他にも人がいた。犬の散歩をしてる人、ウォーキングしている人、みんな蝋人形のように立っている。目の中には何か分からない記号と数字。僕は怖くなって叫んだ。わあわあと意味のない言葉を叫び続けた。
突然、体が動かなくなった。叫んだ形のまま開いた口から僕のものではない無機質な声が出てきた。
『更新プログラムの構成に失敗しました。強制的に再起動します』
ぶつん、と真っ暗になった。
「のぞむ、早く起きなさい」
お母さんが僕の頭をぽんぽんと叩いて部屋から出ていった。
ここはどこだろう? 僕は何をしていたんだっけ?
体を起こしてカーテンを開けてみた。外はぴかぴかに晴れていた。
キッチンに行くとお母さんが朝ごはんを作っている途中だった。
「お母さん」
「なあに」
「僕、何をしていたんだっけ?」
「何を言ってるの? 寝ぼけちゃった? さっきまでぐーぐー寝ていたわよ」
そっか、何か夢を見ていたんだな。そう思ったけど、なんだかもやもやが残った。何かとっても怖いものを見たような……。
「のぞむ」
顔を上げるとお母さんが僕の額に手を伸ばした。
「もう一度、再起動したほうがいいみたいだわ」
お母さんが僕の額をおし
ぶつん