「さよなら三角、またきて四角。四角はとうふ、とうふは白い、白いはウサギ、ウサギは跳ねる、跳ねるは蛙、蛙はあおい……」

 いつもの境内で八千代が独りで歌っていると神社の奥から白い着物を着たおじいさんが出てきた。八千代はギクリと動きを止めた。

「お嬢ちゃん、お歌が上手だね。もっと聞かせておくれよ」

 おじいさんは笑っていたが有無を言わせぬ迫力があった。八千代は今すぐ走って逃げたかったが足を動かすことができずに、おじいさんを見ていた。

「さあ、聞かせておくれ」

 八千代は逆らうことができず恐々と歌の続きを歌った。

「跳ねるはカエル、カエルは青い、青いは柳、柳は揺れる、
揺れるは幽霊、幽霊は消える……」

「今、なんと言ったかな」

 突然おじいさんが大声をあげた。八千代はびくっと震えて黙ってしまった。

「今のところだよ。柳は揺れるの後だよ」

「……揺れるは幽霊」

「その次は」

「幽霊は消える」

「そうだとも。幽霊は消えるのだよ」

 もしかしたらおじいさんは幽霊なのだろうか。目の前で消えてしまうのだろうか。八千代は恐ろしくて目をつぶった。八千代の頭の上でバサリバサリと音がした。驚いて顔をあげると、おじいさんが幣を振っていた。八千代はまったく動けなくなった。

「カケマクモカシコキイザナギノオオカミ……」

 おじいさんが祝詞をあげるごとに八千代の体は透けていく。

「ハラヘタマヒキヨメタマヘトマヲスコト……」

八千代の体から力が抜けていく。重たくてずっとここから動けなかったのが嘘のようだ。今にも空に飛んで行けそうだ。

「カシコミカシコミモマヲス」

 おじいさんが口を閉じたときには八千代はどこにもいなかった。どこに行ったのかおじいさんには分からない。ただ、迷っている霊を神社の境内に放っておくことは神主のおじいさんがしてはならないことだった。ただ、消えてしまったとしても霊が安らかにあるようにといつも祈っていた。

「さよなら三角また来て四角……」

 古い遊び歌を八千代のために歌いながら、おじいさんは幣をおさめた。