選挙権裁判について楠本さんからのメッセージ

友人のみなさんへ

1023日の判決期日には出廷できそうにないので、1023日の判決の構造について私が分かる範囲でみなさんに説明します。間違っていたらすいません(笑)。

憲法153項は「公務員の選挙については成年者による普通選挙を保障」しています。Mさんは2007年の統一地方選、参議院選で萩之茶屋投票所まで赴き投票を求めましたが、選管職員らに投票を拒否されてしまいました。その結果Mさんは重大な精神的苦痛を受けました。

憲法17条は「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる」と規定しています。憲法17条がいう法律である国賠法はその1条で「国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずる」と規定しています。Mさんは投票を拒否したことによって生じた精神的苦痛の賠償(1万円)を求めて、国、大阪府、大阪市を提訴しました。私は、Mさんが投票を拒否されたことにより自身も精神的苦痛を負ったとして提訴しました()

まずここで問題になることは投票を拒否されて生じる精神的苦痛が国賠法1条にいう「損害」になるのかということですが、この点について判例上争いがなく損害として認められており、最高裁ではその損害額を5000円と認定しています。(Mさんは2回拒否されたので10000円を請求しました)。自衛隊のイラク出兵により平和的生存権が侵害され精神的苦痛を受けたことの賠償を求めた国賠事件において、多くの裁判所はその精神的苦痛を「損害」とは認めずにイラク出兵の違憲・違法性ついての判断を避けていたように思います。

次に問題になることは、日本国籍を有し,成年者であったMさんがなぜ投票を拒否されたか、ということです。それは地方選挙における選挙人の資格を想定した公選法9条2項、選挙人名簿への登録資格を規定した公選法21条1項が住所を有することを投票の要件としていたからです。したがって、貧困ゆえ住居を維持できず住所を有していなかったMさんの投票を拒否した選管職員の職務執行は正当であり違法がありません。

つぎにMさんに住所を与えなかった(住民票を職権消除した)大阪市職員の職務執行に違法がなかったのかが問題になるのですが、この点につき、大阪地裁、大阪高裁は違法ではないと判断しています。

ここまで進み、ようやくMさんの選挙権の行使を制限した法律の規定自体が憲法に違反しているのではないかということが問題になります。

まず、貧困ゆえ住居を維持できないMさんに対して公選法が投票の要件とする住所を与えない住基法の規定の違法性が問題になるわけですが、みなさんもご存知のとおり最高裁はその点に関する住基法の規定は違憲ではないと判断しています(扇町公園住所裁判)。

そうであるならば、問題は、投票を住所を有する者に限定する公選法の規定の違憲性に問題が絞られることになります。この点につき、最高裁は、選挙の公平さを確保できない止むを得ない事由がないにもかかわらず選挙権の行使を制限する事は違憲であると判断しています。

したがって、Mさんに対する選挙権の行使の制限が合憲なのか、違憲なのかは釜ヶ崎に定住しながら貧困のゆえに住居を維持できなかったMさんが萩之茶屋投票所で投票すれば、選挙の公正さが確保できなかったのかが、唯一の争点となります。

この点については長くなるので省略しますが裁判所は選挙の公正さは確保できたと判断するはずであり、よって1023日の判決にはMさんに対する選挙権の行使の制限は違憲であると書かれているはずです。現在の国会の情勢では。一審の地方裁判所が違憲判決を書くだけで、貧困のゆえに住居を維持できない者であっても投票が可能となるよう法改正されると私は思います。

野宿者を畳に上げることが国の方針であり、そのために国は自立支援センターや生活保護制度を用意していると国が主張して論点をずらせば、裁判所は国の立法政策に裁判所が関与すべきではないとして、違憲、合憲の判断を避ける可能性がありましたが、頭の固い総務省官僚どもは、最後まで選挙の公正が確保できないと主張し続けました。アホですねえ~~。

ただ、問題はここで終わるわけではありません。国賠法1条はあくまで公務員が「その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたことに限定して損害の賠償を求めています。Mさんが憲法違反して不当に選挙権を行使できなかった理由は、憲法に違反して不当に選挙権の行使を制限する公選法の規定を唯一の立法機関である国会(国会議員)が違法に改正しなかったからです。

ここで問題になることは、国会議員が公選法の規定を違憲と知っていたのか、知っていたとすればいつからか、ということです。判例では、法律の規定が原因となり国民の基本的人権が不当に制限されていることを国会議員が知りながら、10年程度その法律を改正しなかった場合に、その国会議員の不作為は国賠法1条にいう過失にあたると認定されます。

この判例を基準とするのであれば、残念ながら本件の場合は、国会議員の過失までも認定させることはしんどいと思います(2018年ごろに提訴すればできたと思うのですが)。ただ、国会議員が住所を有する者だけに投票を限定する公選法の規定が違憲であることを知らなかった理由は、大阪市職員らが本来であれば住所を有することができないMさんのような者を、長年に亘って違法に住民登録してきたからであり、大阪府職員らが大阪市職員らの監督責任を怠ったからです。そこらへんを裁判所がどのように判断するかは全くの不明です。

また。憲法81条は「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」と規定しています。裁判所が公選法の規定の違憲性だけを認定して国会議員の過失を認定せずにMさんの請求を斥け、そしてMさんが控訴しなければ、地方裁判所の判断だけで、法律の規定の違憲性が確定してしまい、憲法81条の規定が形骸化してしまいます。

貧困ゆえに住居を維持できない者に対する選挙権の行使の制限が違憲なのか、合憲なのか、のみの判断を裁判所に求めるのであれば、貧困ゆえに住居を維持できない者であっても選挙権を行使できる地位にいることの確認を求める訴訟を提起すればよかったのかもしれませんが、その訴訟の原告はあくまで貧困ゆえに住居を維持できない者という地位を訴訟が終結するまで継続しなければならず原告に多大な負担がかかるので、やはり、貧困ゆえに住居を維持できない者に対する選挙権の行使の制限の違憲性について確認を求めるには事後的に選挙権の行使を制限されたことを問題にして損害賠償を請求することがベストだったと考えています。

というわけで、最終的にどのような判決になるのか私にはさっぱり分かりません。判決期日には笹沼先生も傍聴されるということなので、判決の詳細については判決言い渡し終了後に笹沼先生から説明があると思います。どちらにせよ、一万円を払うか、払わないかについて、ここまでケンケンガクガクした裁判も珍しいと思うので、是非みなさんも傍聴してください。

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住民票削除選挙権裁判の判決言い渡しは

10月23日(金)午後1時15分から、大阪地裁1010号法廷。