木の仏さま (余談:ヒノキのこと) | == 肖蟲軒雑記 ==

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ツボに籠もっているタコが、「知っていても知らなくてもどっちでも良いけど、どちからというと知っていてもしょうもないこと」を書き散らすブログです

【お詫びと訂正】




 最初の記事「木の仏さま(1)」は、『日本書紀』にあるスサノオノミコトの神話から入った。自分自身ではオリジナルのつもりでいたのだが、木の話をもう少し深めるべく以前に読んだ「古代日本の超技術 改訂新版 あっと驚くご先祖様の智慧」(志村史夫著、講談社BLUE BACKS)を読み返したところ、その第二章の出だしそのものであったことに気付いた。意識しないうちに、当たり前のこととして認識し、自分のオリジナルと錯覚していたのかもしれない。剽窃の出発点はこういうところにもあるという戒めして、お詫び申し上げたい。

 

【ヒノキのこと】




 さて、上記第二章は、「日本古来の木造加工技術」という題であるが、スサノオノミコトのプレゼントである4種類の木とその用途について述べられている。中でも詳しいのがヒノキである。スサノオノミコトは何故「ヒノキは宮の材にもってこい」と言ったのだろうか。

 実際、古くから残っている大きな建造物は原則としてヒノキが主な材料である。その理由として、ヒノキの森林が多くあり、大きな建造物の材料になるほどの巨木が得やすかったこと、真っ直ぐ伸びる性質のため、建築材として適していたことは、もちろんである。

それに加えて、材料としての大きな利点があるのだそうだ。




加工のしやすさ:

 伐採した木から角材・板材を得るには縦方向に切り分けなくてはならない。今日であれば、大きな縦挽きのこぎり(大鋸) を使うところであるが、この大工道具は室町時代にならないと登場しない(注1)。それまでは、打ち割り法 といって、木の切り口に鑿(のみ)と槌で穴をあけ、そこに割鑿あるいは楔(くさび)を打ち込んで木目に沿って割るという方法がとられていた。この方法を採るとなると、木目が真っ直ぐな木しか使えない。ヒノキはこれに該当する樹木だったのである。




(注1)もちろん現代なら電動工具だろう。

 

耐久性の高さ:

 動物の体と異なり、植物の体(特に木、幹や枝の部分)はその生命が終わってからも腐ったりせずに丈夫で長持ちである。これは、植物細胞には動物細胞にはない細胞壁という構造が回りを取り囲んでいて、細胞が死んだあとも残るからである。そしてこの細胞壁は、とても丈夫で分解されにくいセルロース微繊維というものから出来ている。ヒノキは他の材木とは異なり、このセルロース微繊維の状態に特徴があるようなのだ。

 

【セルロース微繊維】



 セルロースは、ブドウ糖が何千・何万とつながった鎖状の分子である。ご存知のように、ブドウ糖(下図)は生物の基本的なエネルギー源。酸素のない状態で、酵母がこれをエサにしてエネルギーを得ようとする生体内の反応がアルコール発酵だ。


ブドウ糖


米などの主成分であるデンプン(の主成分であるアミロース)が、このブドウ糖がつながった鎖状の分子である(下図)。中学校の理科で習うように、私たちが(ご飯やパンなどを食べて)デンプンを摂取すると、唾液の中にあるアミラーゼという酵素の働きでアミロースは(その基本単位である)ブドウ糖へと分解される。こうして出来たブドウ糖は、(ここからは高校の生物学だが)エネルギーを得る代謝系へと受け渡される。


アミロース



 

 このようにデンプンがすぐにエネルギー源として利用可能な状態(構造、つくり)になっているのに対して、セルロースはそれができない。同じブドウ糖が幾つも直線的につながっているのだが、繋がり方が僅かに違うのである(下図)。見慣れていないとその違いはわからないぐらいなのだが、おわかりだろうか。


セルロース



 

 だが、このわずかな違いが二つの生体分子の決定的な違いを生み出している。セルロースはこのような繋がり方をしているため、長い鎖が側面同士でぴったりとくっつき合う性質が出てくる。このくっつき方はとても強く、いかなる物も中に入り込めないぐらいの「結晶」になる。

 上記、志村の著作中では、半導体と対比させるためにセルロースを小さな粒で描いている。これでも理解の妨げにはならないが正確ではない。実際の植物の中では細長いものが束になって強くなっているのだ。さながら「毛利元就の三本の矢」というところだろう。

 

 さて、セルロースは結晶になったおかげで、分解酵素は内部に入ることができなくなり、消化には不向きの物質になる。また、セルロース自体が化学的にも安定で様々な化学薬品に対して強い抵抗性も持つ分子でもある。そんなものをエネルギー源にするのは労力のムダなので、結果、カビや細菌類などが持つセルラーゼというセルロース専門の消化酵素を持つ動物はほとんどいない(注2)

 

(注2)シロアリやゴキブリは腸内にセルラーゼを持つ微生物を共生させているので「木を食べる」ことができる。また、ウシやヒツジ、ウマなどの草食動物も消化管内にセルラーゼを持つ微生物を共生させているため、草だけでもエネルギー源になる。

 

 セルロース微繊維は、このような鎖状のセルロース分子がくっつき合うことで、生物学的にも化学的にも安定な結晶が束になって出来上がった、物理的に強い素材なのである。だが残念ながら、微繊維全体は完全な結晶ではなく、一部ほぐれている部分(非結晶部分)がある(下図)



セルロース微繊維



 

 木が伐採されて中の細胞が死んでしまっても、セルロース微繊維を主成分とした細胞壁は安定に残るのだが、カビなどが分泌するセルラーゼは、非結晶部分をまずターゲットにして壊していく。木が決して永久的に残るものではなく朽ちていくのはこのためである。

 

【ヒノキとケヤキ】




 「日本古来の木造加工技術」の話に戻ろう。大鋸が使われるようになった室町後期以降、建造物の材料としてはケヤキも使われるようになった。打ち割り方によらなくても、縦に木を切りさえすれば大きな角材・板材を得ることが出来るようになったからである。ケヤキ材は城郭建築、特に桃山期以降のものに多く用いられているそうである。この二つの木材の伐採直後の強度を比べると、ケヤキ材の方が、圧縮に対しても曲げに対しても2倍ぐらい強い。ケヤキはヒノキ以上に強い建築材と思われる。




 ところが、その強度の経年変化を比べると、別のことがわかる。圧縮に対する強度も曲げに対する強度も、ケヤキの場合1000年の時間経過とともに大きく下がるのである。特に曲げ強度は1/3以下になる。これに対してヒノキはどうだろうか。どちらの強度も伐採後しばらくの間は僅かに増え、その後ほとんど変化しないのだ。1000年経っても伐採時とほとんど同じなのである。結果、曲げ強度は、ケヤキの2倍となる。志村はこれをセルロース結晶の存在状態が違うのではないかと考察している。恐らくそうなのであろう。

 

 以下は私の推論(根拠がないので妄想ともいう)なのだが、おそらく、セルロース量自体はケヤキの方が多いのだと思う。しかし、セルロースの鎖は全体的に短いのではないだろうか。ヒノキの場合、長いセルロースなので、最初は部分的に非結晶のところであっても、伐採後「熟成」されるうちにくっつき合って結晶になる部分が増え、(それがカビなどの分解を上回るので)強度が少しだけ増加する。この長い結晶があるお陰で、その後のカビの攻撃に耐えるのである。

 一方、短いセルロースしか持たないケヤキでは、重なって結晶になる部分がどうしても短くなってしまい、カビの攻撃から十分に守られることがないため、分解が早く進む。その結果、1000年経って比べると、強度の逆転が起きるほど弱くなってしまうのではないだろうか。

 

 スサノオノミコトは、このような材料工学や植物生化学の知識を持っていたからこそ、「ヒノキで宮を造る」ことを我々の先祖たちに勧めたというわけではないだろうが、極めて理にかなった「適材適所」だということができる。

 

ヒノキはもう少し後の時代になって仏像を造る主要な素材になる。飛鳥の時代からは、まだ300年も先のことである。

 

(続く)

 

【参考文献】


志村史夫 「古代日本の超技術 改訂新版 あっと驚くご先祖様の智慧」 講談社BLUE BACKS (B-1797)

 

テイツ・ザイガー編 「植物生理学 第3版」西谷和彦、島崎研一郎 監訳 培風館 15


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